2-9 人攫の雷
「おいおいっ…………!! 嘘だろっ……!?」
洞窟の外――セレフィナが荒くれ者達を蹂躙している光景を物陰に隠れながら見つめるソウロは狼狽していた。
「(どうするっ……!? このまま様子を見続けても、あの連中が捕まって……取り調べで僕の名前を出されでもしたら…………!?
それなら、加勢する? どうやって?)」
何もかもが想定外だった。
こんなことならあの時――ようやく、彼は自分の犯した過ちを悔いる。
「(…………クソっ! いくら考えても埒があかないっ……!!
それならもう、一か八か――セレフィナを背後から不意打ちして、どうにか――!)」
そして詠唱を行い、魔術を展開する。
狙いはセレフィナ。そして取り巻きの二人にも背中越しに指示を出す。
「おい――三人で一斉に、セレフィナに魔術を撃ち込むぞっ!」
「「えっ――」」
その指示に驚愕の声が返ってくるのも無理はない。
何故なら彼女達は、ソウロが関わっている計画を一切知らないのだから。
「細かい説明は後だ…………黙って僕の指示通りに――」
しかし、彼は知る。
その驚愕の声が、自分の出した指示に対するものではなく――
「よぉ――」
突然背後から現れた、一人の少年に対するモノだったことを。
そして――
「なんだか物騒なこと言ってたけど…………取り敢えず、話聞かせてもらおう――かっっ!?」
バキッ――まるで木をへし折ったかのような音が自分の鼻先から鳴り――それが、自分の顔面に少年の拳が叩き込まれたことによるものだと悟り。
「(新入生……? へ、平民のっ――)」
倒れ込む自分を見下ろす少年の正体が学院の講義室で散々嘲笑した相手だと気づくも、ソウロの意識は暫しの明滅の後……失われた――
◆◆◆
「コレで全員……ですかね」
賊達全員を行動不能にした後、セレフィナは彼らを自らの治癒魔術で治療を施していた。
四肢の切断や大量の出血――元通りに戻しても、体力の消耗は避けられない。それを裏付けるように、辺りには意識を失った男達が転がっている。
ゆっくりと、油断無くその状況を確認しつつセレフィナは一人の男の前で立ち止まる。
松明を消して形勢を覆そうとし、結果両腕の先端が炭になってしまった男。
「(この方の腕は……私の治癒魔術では戻せませんが――まぁ、仕方ないですかね)」
切断部位が残っていればそれをくっ付けるだけなので、治療は然程難しくない。
だが、炎で燃やし尽くした部位を復元するのは彼女の治癒魔術では困難。しかし彼女は特に気を病むことなく気持ちを切り替える。
詳細はまだ知らないが――
「良かった…………!!」
「助かった……助かったのねっ……!!」
自分達の命と尊厳が守られる実感を得て涙を流している……捕らわれていた女性達に対し、腕を失うことになっても文句が言えない程のことをした――もしくはしようとしていたのは、間違いないのだろうから。
「(さて…………この人数は私だけでは手に負えませんね。
外で待っているソウロさん達に手伝ってもらい――いや、傷ついたであろう彼女達を下衆な彼には見せたくはありませんね。
ビッティとターレさん二人に被害者達のケアをしてもらいつつ、王都から憲兵を呼ぶ。それが最善ですね)」
そう考えつつ、セレフィナは被害者達の方へと足を向ける。
彼女の頭にはもう、自分が受注したクエストの討伐対象のことは無く。
ただ目の前の弱者への救済だけに意識を向け――
「キィ――」
「――っ!」
刹那。洞窟内に響く、甲高い声。
……何故だろうか。その声を耳にした瞬間、セレフィナの額に冷たい汗が滲んだ。
その声の主がどうか――どうか自分が脳裏に描いてしまった姿では無いことを祈りつつ、彼女は声のする方に歩を進めていく。
……だがその祈りも虚しく、
「………………っ……!! そんなっ……!!」
そこに居たのは。
傷ついた角雷鳥竜――クエストの討伐対象である魔物の、幼体だった。
「キィ――キィィィ!!!」
彼女が以前読んだことのある学院の書物に描かれていた姿と同じ、いつかは竜のように飛べるようになるであろう身体と、鷲のような頭に生えた小さな……小さな一本のツノ。
その小さなツノが、甲高い声に呼応するように小さく明滅する。
「(まさか――)」
その幼い魔物が、誰かを呼ぶように鳴く。
誰を呼んでいるのかは明白。
何故ならその声は、迷子になった人の子が母親を呼ぶ時と同じ声色だったから――
◆◆◆
「そろそろ起きろ」
両頬を叩かれる感触で、ソウロは目を覚ます。
「…………っ!?」
気づけば両腕……どころか、縄で木に身体を括り付けられて自由を奪われている。
洞窟の入口から離れ、そこからは見えない位置にある茂みの奥で……。
「取り敢えず、事情を聞かせてもらえる?」
朦朧とする意識の中、彼は目の前の男が己の鼻っ面に拳を叩き込んだ張本人であることを思い出して――
「このっ――!! 僕に、僕の顔にっ! なんてことをしてくれたんだっ!!
早くこの縄をほどけ!!」
ジタバタと情けなく身体を動かし吠えるも徒労に終わる。それと同時に、自分が魔導士であることを思い出し詠唱を行うとするも、
「妙な真似をしたらまた拳を叩き込む。
あんまり手荒なことはしたくないから、頼むよ?」
「……っ」
ヨハンはそれを察知して、牽制する。
その、態度と迫力。
「(なんだコイツ……? こんな、雰囲気だったか……?)」
ソウロは違和感を感じていた。
先日の講義で醜態を晒した時の姿と、今目の前に立っている姿…………それがどうも一致しない。
漂わせる雰囲気や内面から滲む凄み……そのどれもが、別人のように思える。
“同じ男としてコイツには敵わない”――まるで、目の前の男から滲み出る何かが自分の本能に訴えて来ているような……。
「彼女達に聞いたけど、お前たちとセレフィナは一緒に行動していたんだろ?
それなのに、さっきは何故かセレフィナに不意打ちをかけようとしていた――なんで?」
「『強力な酸性の液体をその綺麗な顔にかける』と脅しても喋らなかったから、彼女達は本当に知らないみたいでね」
視線を横に向けると、そこには知っている顔があった。
「なっ…………!?」
学院生にもなれば、国の中枢との関わりを多少は持つようになる。
錬金術士――それも、彼女は――
「? 知り合いか?」
そのソウロの反応を見て、ヨハンはラキアに問う。
「んー…………まぁ、ボクは知らないが、彼が一方的に知っているだけだろう」
首をすくめつつ答えるラキアの言葉に、怒りは湧いてこない。そんなことは“当然”なのだから。
「…………ふんっ……!」
そんな彼女と親しい様子のこの男。三下の平民だと思っていたがどうやらそうでは無いらしい。
だがしかし、ソウロの貴族としてのプライドがこの男にへりくだることを許さなかった。
「…………平民と交わす為の言葉は、持ち合わせていない」
「……………………ふーん……」
その挑発の言葉に、ヨハンは考えを巡らせる。
「(正直…………頑張って首を突っ込む必要は無いんだよなぁ。成績トップのエリート様が関わっている訳だし)」
もはや、この件に首を突っ込む必要は無い。
だが、全ての事情を知ったうえで関わりを持たないのと、事情を知らないままでいるのとでは、前者の方が精神衛生上良いことは確実。
手荒な真似はしたくないというのは本音だ。
だからこそ、大人しくソウロが事情を話してくれるいい方法無いか――
「…………あ」
そこで、ヨハンは思い出した。
ふと目を向けたラキアの腰元――そこにある短剣を見て。
「なぁラキア――」
「なんだ」
「その、短剣なんだけどさ」
ヨハン以外の者が全員、突然関係の無いことを話し始めた彼に首を傾げた。
だが――
「その短剣でさっきまで何をしていたか…………コイツに教えてやってくれないか?」
その言葉を聞いて、ラキアは全てを理解した。
「あぁ――さっきまで、この短剣を使ってゴブリン達の生殖器を切断して採取していたよ」
「――!?」
ソウロは、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
こんないたいけな少女の口から発せられた言葉だと理解するのも難しいうえに、何故今この時にそんなことを――
「ま、まさか」
そして彼は思い至る。
今この時の――その短剣の使い道に――
「キミの言わんとしていることは理解した。
……ボクに“彼の素材”を提供してくれるということなのだろう?」
冷や汗が流れ落ちる。
「確かに…………人間の男性器を錬金の素材に使ったことはない。それに、彼は貴族――高貴な血筋とやらを備えた子種を生み出す男性器の持ち主だ。
それを素材に使ったらどんなモノが錬金出来るのか――非常に興味をそそられる」
ブツブツと呟き、ソウロを“素材”として見始めた少女の瞳を見て――
「や、やめろっ――やめてくれぇっ!!
言う、言うからぁぁぁっっ!!!」
ソウロの貴族としてのプライドは脆く崩れ去った。
無理もない――“男としての大切なモノ”よりも大切なモノなど、男には存在しないのだから……。
「………………んー……」
そして、ソウロの口から事情を聞いたヨハンは、腕を組みつつ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
ラキアの方も難しげな顔で、ビッティとターレの方は早くもソウロを見限っていることが丸わかりの表情だ。
どうやらソウロは“利用された”らしい。
だからといって、悪人と通じてしまった彼の罪は消えない。恐らくは約束された栄華な一生に泥を塗ることになるだろう。
恵まれているが故の無知――そこを悪人に付け込まれた。
「(特殊指定個体のクエストを受注し、それに優秀な魔導士を同行させる。
そして特殊指定個体が“必ず”現れる村に滞在させ、討伐させるように誘導――)」
ソウロに出された指示はそれだけだった。
まぁ彼がその“優秀な魔導士”にセレフィナを選んだ理由は容易に察しがつく。
「(すっごい美人で、禁欲的に危険人物だったもんなぁ……)」
先日の講義の時に目にした彼女の姿を思い浮かべて苦笑する。
特殊指定個体を討伐したという“箔”、そしてクエストを通してセレフィナという人物との繋がりを得る――といったところだろう。
「(……それなのに、何故かいつまで経っても村に特殊指定個体は現れず。そしてセレフィナが行動を起こしてゴブリンの巣の調査に向かった結果……いきなり黒幕――“アタリ”を引いたってことか)」
だが、これだけでは計画の全貌は見えてこない。
「こ、この話は…………貴族達が集まるパーティで……人づてに回してもらった話なんだっ……。
上手くいけばセレフィナ嬢を手に入れ…………ラグトゥール家に取り入ることも出来るからっ……」
馬鹿な御曹司に甘い話を持ち込んで破滅させる――どうやら貴族同士の謀略なんかも絡んでいそうだな……そんな予想が立つが、そこは一旦置いておく。
目下の問題は、すぐそこまで迫っているからだ。
「ラキア――」
“何者かに”襲撃されたゴブリンの巣の中に落ちていた小さなツノ。
一箇所の巣だけでなく、他の巣も同様だった。
その都度回収しておいたツノを懐から取り出したラキアは眼鏡越しにツノを視て、自ら立てて話しておいた仮説が今から立証されるであろうことをヨハンに告げる。
「あぁ――ボクの見立て通り、このツノには僅かだが魔力が残っている。
恐らくはその残滓を感じ取って――」
その刹那――すぐ傍で、雷光が走った。
「――!!」
ラキアの言葉は途中で遮られたが、それ以上の説明は不要だった。
何故ならそこには――
「角雷鳥竜……!!」
鷲のような頭に竜のような身体。卓越した飛行能力を持ち、その頭には雷を操る一本の角――特殊指定個体『人攫の雷』の姿があったから。
バチバチバチッッッ!!!
鳴き声の代わりに、周囲の空間で轟雷が鳴る。
「ヒイイイイイッッ!!!」
その凄まじい嘶きに、身動きの出来ないソウロは恐怖する。
ビッティとターレは戦慄のあまり泡を吹いて気を失ってしまったらしい。
「…………?」
だが、角雷鳥竜は戦闘態勢に入ったヨハンを一瞥した後、その翼で風を操り――賊の根城だった洞窟の入口へと向かう。
その瞳には、見失った我が子をようやく見つけた母親が浮かべるような安堵の色が――
「待って――貴方の子は返します! だから――」
……だがしかし。
タイミング悪く入口から飛び出してきたセレフィナの姿を目にして、その双眸は再び警戒と怒りに染まった。
魔物は人間よりも第六感が鋭いのだろう――直感で、セレフィナという存在の脅威を感じ取り、素早く迎撃体勢に入った。
……子を奪われた母に、人の言葉など届く筈も無い。
「キルゥアアアアアァァァァァァ!!!!!!」
雷鳴――轟雷――まともに喰らえばひとたまりも無い威力の雷を、角雷鳥竜は一本の角で操り敵を排除する!
「くっ――!!」
アルカディア王国が誇る魔導士育成機関――王立魔術学院でトップの実力を持つ学院序列第一位と、二つ名『人攫の雷』を冠する魔物『特殊指定個体』の戦いが始まる――




