2-8 咎問えぬ凶刃
ラキアから“小さなツノの心当たり”を聞いたヨハンは、騎獣に乗って森を駆けていた。
「――ってことは、やっぱりこの状況って……」
悪路も構わず先を急ぐ。
強い振動で舌を噛まないように気をつけながら、ヨハンは背にしがみつく少女に問う。
「あぁ。十中八九人間の仕業だろうね。
…………目的は、分からないが」
最初に調べたゴブリンの巣を出てから西へ向かいつつ数カ所の巣を調べたが、どれも同じような状況だった。
雷属性の魔術で一撃で仕留められたと思われるゴブリン達。そしてそこには必ず小さな一本のツノが落ちていて。
「………………ロクでもない企みだろうさ、きっと」
落ちていたツノを回収し、その数は既に十本に届く程。
新入生とはいえ、彼も冒険者として経験を積んだ男――嫌な予感を覚えるには十分過ぎる状況だった。
「とにかく……このまま西に向かえば村がある。
その村からまた西に向かった場所にある巣――そこで、この辺りのゴブリンの巣は最後だ」
ヨハンの背にしがみつつ、彼が地図を確認できるように広げたラキアが指示を出す。
騎獣を操る手綱にチカラを込めつつ、ヨハンはつい溜息を漏らしてしまった。
「ったく…………入学して最初のクエストだっていうのに……とんでもないことに巻き込まれたんじゃないのか……?」
◆◆◆
「…………」
薄暗い洞窟の中、荒くれ者を束ねる男は手元の懐中時計を確認する。
昔行商を襲って手に入れたお気に入りの品。肌見放さず身につけていたその時計は、男にとって意識を向ければ気持ちを落ち着けさせることが出来る、言わばお守りのような存在だった。
しかし、今回はそのお守りを見ても気持ちは落ち着かず、むしろ心がざわついてしまう。
「(妙だな……? そろそろ“事が”起きてもおかしくない時間だろ?
最後の現場になる筈の村の近く――ゴブリン共の巣だった場所で待機しているというのに……一向に、音が聞こえてこない)」
その時計が示すのは、己の計画が順調に進んでいないということ。
秒針が、分針が進むごとに、彼の心臓は不安でその鼓動の速度を上げていく。
「(まさか……“お坊っちゃま”が裏切って? いや…………腑抜けの御曹司は、そんな事ができるほど肝は座ってねぇはずだ。だが――)」
そして時計の速度を心臓の鼓動が追い越した辺りで、彼は不安に耐えきれず、
「おいっ! 村に様子を見に行ってこい――!」
近くの部下に指示を出した。
しかし――
「なるほど――大体状況は理解しましたわ」
返ってきたのは、この場に最もふさわしくないであろう凛とした美声。
その声が洞窟で反響し、その場に居る者の耳を心地よさで支配する。それは、花すら咲かない不毛な掃き溜めに奇跡の一輪が咲いたかのようで。
「だ……誰だ――テメェはっっ!?」
……が故に、その言葉を口にするのが遅れた。
彼女が余裕を持って、敵の位置と救出するべき者の位置を確認する猶予を与えてしまう程度に。
「私は王立魔術学院のトップ、学院序列第一位――」
三下の問いに悠然と応えるは、
「セレフィナ・ユキ・ラグトゥール――覚えて頂かなくても結構ですよ」
エリート中のエリート、天才かつ最強の魔導士――
◆◆◆
「『風精の導き』――」
名乗りを上げたセレフィナが詠唱を行うと、
「――!」
フワリ――どこか穏やかな風が洞窟内に吹き込み、セレフィナの身体が宙に浮く。
そして荒くれ者達の視線を“敢えて”集めるように……ゆっくりと宙に浮きながら、その中心へと着地する。
髪を、服を、優雅にたなびかせながら、静かに。その光景は演劇の演出を思わせた。
「私の名前を覚えても……獄中では何の役にも立ちませんからね」
わかりやすい挑発。
それを皮切りに、
「舐めんじゃねぇぞ!」
一人、また一人……懐に持つ武器を取り出す。
短剣から手斧――多種多様な得物。
だがそれでも、彼らの表情には緩みが消えなかった。
「…………へへっ……」
相手が優秀な魔導士であることは理解していた。
だが人間は主に資格から情報を得る生き物。彼らが大勢でそれも武器を手にしているのに対し、相対しているのは丸腰の“女”。
それも……極上の身体を持つ美少女。
あまりにも絶世な美女を前にして、愚かな彼らは早くも自分達が勝利した際に得られるであろう報酬――最高の生娘を汚し、慰みものにした時の快感を脳裏に描いてしまっていた。
そんな愚者の想像を掻き消すように、
「『無垢なる雪夜 氷輪の大罪 融けゆき欺け』――」
セレフィナの、流麗なる詠唱が木霊する。
「――『咎問えぬ凶刃』」
彼女の手中に顕現せしは、氷の刃。
セレフィナの背ほどある長い氷槍は、冷気をその身に閉じ込めるように凝縮──並の刃を優に超える切れ味を誇る。
それこそ、賊の肉を裂くには十分過ぎる程の。
そして何より、
「ひっ…………!」
氷で生み出された刃──それは即ち、溶けてしまえば殺人の痕跡を残さぬ凶器。
自分達は相手を倒す事だけ考えているのに対し。
目の前の相手は自分達を殺す、殺せることは前提に……その後の──後始末まで考えていて……?
もはや数の優位等は意味をなさない。
彼らには、セレフィナと自分達の間にある力量の差が目に見えるようだった。
「(大規模な魔術で一撃で決められれば楽だったのですが……捕らわれている人達を巻き込んでしまう恐れがあるのでそれは無理。
…………ならば規模の小さい魔術で一人ずつ、時間をかけずに仕留めるまで)」
無論、セレフィナに殺人の証拠を残さない――なんて罪人特有の意識は無かった。
だが彼らが彼女の行動以上の意味を見出してしまったことで生まれた“あからさまな隙”を、有能な魔導士が見逃す筈もない。
「そこっ――『兵士の風剛弓 二矢』!!」
手に持った氷の長槍を構えたまま、別の魔術――弓矢の中級魔術を詠唱。
射出点を設定し、矢の向きを決めて放つ。
その狙いは、
「ぐあああっっ!!!」
セレフィナから一番遠い位置に居た、彼らの中で一番安全であったはずの男。
「あっ、あっ……う、腕がっ」
矢の直撃を受けた彼は、己の両腕――肘から先が失われていることに気づき、発狂する。
その切断面はズタズタに引き裂かれ、見るだけで痛覚が生じてしまう程。
「あまり綺麗に切れてませんから…………急いで投降しないと、元通りにはならないかもしれませんよ?」
その凶悪な裂傷性――風属性を付与した矢特有の効果は、荒くれ者達を恐慌に陥れるには十分過ぎた。
「う…………おおおおおおおおっっっ!!!!」
距離を取っても意味は無い――急いで距離を詰めて仕留めなければ――冷静さを失って向かってくる男達の姿は、セレフィナにとって狙い通り。
「はっ――!」
向かってくる男に対し、その長いリーチを誇る氷槍で攻撃を仕掛ける。
男の得物は短剣――結果は明らかだ。
「ぎゃっ……!」
美しく基本に忠実な槍術を以てして、男の肩、腿、その両方を突き抜いて行動不能にする。
ブシュリと、果実を潰したような音が鼓膜を揺らす。
「このっ――!」
そして仲間がやられている隙に背後に回った男が、手斧をセレフィナの背中めがけて振り下ろす。
しかしそれもセレフィナは看過しており、
「ああっ!?」
振り返りながら手斧を躱し、その勢いで振り回した氷槍で男の手首を一閃。
“敢えて”切断せずに、手首の動脈だけを傷つけて大量の出血を促す。
とどめなく溢れる血――その量に、荒事に慣れているはずの男もパニックを起こす。その隙に素早く男の背後に周り、ザシュッ――両足首の腱を切り裂いた。
足の力を失った男はその場に伏せるように倒れ込む。
「ゴボッ――ハッ…………ゴハッ――」
己の手首から流れ出て生まれた血の海に飛び込む形となったその男は、その鮮血だまりで溺れてしまわぬよう懸命に身体を捩って呼吸を確保する。
そのあまりに無惨な光景は、まだ五体満足な男達の心を折っていく。
「来ないのなら…………コチラから」
小気味よい音を奏でながら、次々と男達の活動を奪っていく氷の刃。
彼らの得物と刃を交えれば、男の得物ごと簡単に切り裂き――盾までも貫き――罪人の肉を捌いていく。
「くっ…………!!」
部下達がいとも簡単に戦闘不能にされていく光景に、賊達の頭は歯噛みする。
何か……何か打開策は――
「(そうだっ……!!)」
実力も何もかもが劣勢。
だが唯一、彼らが優勢な材料がこの場にはあった。
男の視線の先は、壁にかけた一本の松明。
自分達はこの洞窟に暫く身を置いていた。対するこの少女は、つい先程来たばかり。この洞窟の地形は、自分達の方が“知っている”――!
「(視界を奪う……!!)」
男は松明に手を伸ばす。明かりを消して、この場を闇で支配してしまえば。
存在する力量の差。それを地理的な優位を以てして覆そうとした企みは――
「『兵士の炎剛弓 一矢』!!」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
その企みを実行しようとした両腕――それを薪へと変換され失敗する。
炎焼効果が付与された矢が、彼の腕を炭へと変えていく。肉の焦げた臭いが鼻を付いて……それが己の肉だという恐怖と、焼け付くような激痛が脳髄を支配し、彼を無様にのたうち回させる。
「あぁ!! あっぁぁ!! ~~~~ぃぃぁあああっっ!!!」
そこに荒くれ者をまとめ上げていた威厳は存在しない。
……だがそうだとしても、何の問題も無かった。
「これで……片付きましたね」
彼に畏怖を向けていた者達は皆、既に地に伏せていたのだから。
「(ちくしょう…………ちくしょうっ……!!)」
自分が築き上げてきた地位も、そして夢も潰えたことをその目に映した後、男はその意識を失うのだった――




