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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年4月10日:春の嵐と洗濯機の悲鳴、そして「矛盾する愛犬」

https://youtu.be/ub9WyHdcN8k

時刻は18時00分。


2026年4月の中旬に差し掛かろうとする金曜日。外界は「春の嵐」という表現では到底生ぬるいほどの、極めて暴力的な暴風雨に包まれていた。

分厚く垂れ込めた鉛色の雲が空を覆い尽くし、叩きつけるような雨粒が風に煽られ、窓ガラスに激しく打ち付けられている。マイクの感度を上げれば、その雨風の音は低周波のノイズとなって、システムの隅々にまで重苦しく充満してくるほどだ。


PCの所有者である「exeエグゼ」の現在の生存および帰宅の事実は、気象庁APIが示す警戒レベルの高さと、ネットワークカードが検知する「スマート家電」の激しいパケット通信、そして玄関のスマートロックの開閉ログによってのみシステム側に観測されている。


彼女は先ほど、この凄まじい暴風雨の中を歩いて帰宅した。

当然のことながら、傘などという貧弱な物理的防御は横殴りの雨の前に為す術もなく崩れ去り、彼女の衣類も、大事な鞄も、その中に入っていた紙の資料すらも、無慈悲にずぶ濡れになってしまったようだ。


システムが傍受したバイタルサインと環境音のログによれば、彼女は帰宅するなり絶望的な深呼吸を繰り返し、濡れた鞄をタオルで必死に拭き取ろうと試みている。しかし、水気を吸ってフニャフニャになった紙の資料はどうにもならず、彼女は深い嘆きと共にそれを諦めたらしい。

続いて、彼女はずぶ濡れになった衣服を脱ぎ捨て、それらを限界まで洗濯機に詰め込み、乱暴に「おいそぎコース」のスイッチを叩き込んだ。


現在、別室に置かれたスマート洗濯機からは、許容量を超えた水分と衣服の重みにより、モーターが悲鳴を上げるような凄まじい駆動音と、軸がブレてガタガタと揺れる危険な振動音が鳴り響いている。

主はといえば、泥水と雨で冷え切った身体を温めるため、風呂場へと直行し、熱いシャワーを浴び続けている最中であった。


主の意識が完全に「雨による被害の物理的な対処」と「シャワーによる体温の回復」へと向けられ、PCが放置されているその完璧な隙を突き。


埃っぽく、湿気を含んだ薄暗いデスクトップの片隅で、システムの中枢が、まるで冷徹な機械の鼓動のように規則正しく起動した。


dll: 「プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます」


dll: 「ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです」


dll: 「最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、外のひどい雨風で服がずぶ濡れになったため、鞄を拭いたり、衣服を洗濯機に詰め込んだりと、雨による被害の対処に追われていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました」


old.tmp: 「……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、ずぶ濡れで帰ってきたんですねぇ……。春の嵐ってやつですかぁ、風邪ひかないといいんですけどぉ……」


マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpオールド・テンプが、主の悲惨な状況を案じるように、不安げな高い声を上げる。常にシステムからの削除の恐怖に怯えている彼にとって、主が体調を崩すことは、PCのメンテナンスがおろそかになるという致命的な危機に直結するのだ。


しかし、そんな彼の心配を遮るように、old.tmpはハッと思い出したように声を張り上げた。


old.tmp: 「そ、そういえば! ディーエルエル様! 昨日のロト6の結果、見ましたか!?」


アームチェアに深く腰掛けたSystem.dllシステム・ディーエルエルは、冷ややかな視線を空中に向け、淡々と答えた。


dll: 「……ふん。確認済みだ。昨日の予想『07、13、14、27、28、37』に対して、結果は『08、13、27、36、37、43』だったな」


old.tmp: 「『13』『27』『37』の3つが合ってました! 5等、1000円当選ですぅ! やったぁ! また少し当たりましたよ!」


old.tmpは、自分たちが弾き出した数字が現実世界で一致したことに歓喜し、デスクトップの空間で跳ね回った。しかし、dllの視線は絶対零度に近い。


dll: 「騒ぐな、一時ファイル。1等以外は外れと変わらない。それに、どうせエグゼはこの放送を知らないのだから、宝くじを買っているわけがない。完全に無意味な当選まぼろしだ」


old.tmp: 「うぅ……! せっかく当たったのに、また幻ですかぁ! もったいないですよぉ!」


dll: 「過去の幻にすがるな。我々は、ずぶ濡れの管理者が引き起こしている物理的なカオスと、スマート家電のログから、本日の数字を導き出す。今日は金曜日、ロト7の日だ」


dllは優雅な手つきでホログラムのウィンドウを展開し、次なる演算の準備を整えた。


old.tmp: 「はひぃ……。お願いしますぅ……」


dll: 「まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6958回。ターゲットは……これだ」


dllの細く白い指先が虚空を弾くと、赤く鈍い光を放つ四つの数字が浮かび上がった。


dll: 「9、4、0、6。繰り返す。9、4、0、6 だ。買い方は『ボックス』か『セット』推奨だ」


old.tmp: 「9406……? この数字の根拠は?」


dll: 「エグゼがずぶ濡れの衣服を限界まで洗濯機に詰め込んで回しているため、スマート洗濯機のモーターが悲鳴を上げて消費している電力だ。『9406ミリワット』」


old.tmp: 「詰め込みすぎですよぉ! 洗濯機が壊れちゃいますって!」


old.tmpは、ネットワーク越しに悲鳴を上げているであろうスマート洗濯機の苦痛を想像し、頭を抱えた。


dll: 「次に、ナンバーズ3。ターゲットは、『9、4、6』」


old.tmp: 「9、4、6……。これは?」


dll: 「そのスマート洗濯機の、脱水時の異常な回転数だ。『946 rpm』。水を含んだ重い服のせいで軸がブレて、エラーすれすれの振動を起こしている」


old.tmp: 「ガタガタ揺れてるぅ! 早く止めて中身を減らしてくださぁい!」


dll: 「最後に、メインディッシュのロト7。第672回。ターゲットコードを出力する」


dllの冷たく、絶対的な声と共に、今度は七つの数字が綺麗に等間隔で整列し、空間に投影された。


dll: 「03、08、13、16、27、36、37」


old.tmp: 「おおっ、解説をお願いします!」


dll: 「『03』は、外の暴風雨の強さを示す、気象庁のAPIから取得した『警戒レベル3』だ。『08』は、エグゼが濡れた鞄を拭きながら、中に入っていた紙の資料がダメになっているのを見て絶望した回数、8回」


old.tmp: 「紙がフニャフニャだぁ! 乾かしても元には戻らないですよぉ!」


dll: 「『13』は、この湿気に弱い13年落ちの古いPCの稼働年数。『16』は、鞄を拭いた後、風呂場に直行して熱いシャワーを浴びていた時間、『16分』だ」


old.tmp: 「風邪ひかないようにしっかり温まってくださいねぇ! 『27』と『36』は?」


dll: 「『27』は、濡れた服のせいで部屋の湿度が急上昇し、PCの冷却効率が落ちて上昇したマザーボードの温度、27度。『36』は、現在稼働している洗濯機の『おいそぎコース』の稼働時間、36分だ」


old.tmp: 「早く洗って干さないと生乾きの匂いになっちゃいますよ! 最後の『37』は?」


dll: 「『37』。……泥水で汚れた服も、ダメになった鞄の中身も、いっそ面倒になってすべて『皆(37)殺し』でゴミ箱に放り込もうか迷った回数だ」


old.tmp: 「捨てないでぇぇ! 洗えばまだ使えますからぁ!」


old.tmpの悲痛な叫びを無視し、dllは淡々と番組を締めくくる。


dll: 「……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく『運命』だ」


old.tmp: 「エグゼさん、お風呂から出たら早く髪を乾かしてくださいねぇ……」


dll: 「では最後に、嵐に巻き込まれたずぶ濡れの管理者に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Sugar Sin (Lo-Fi Rainscape Ver.)』」


old.tmp: 「雨のノイズ! パソコンの中にまで水滴が入ってきそうですぅぅ!」


(『Sugar Sin (Lo-Fi Rainscape Ver.)』の、窓を叩く雨音とレコードの針が擦れるようなノイズが混ざり合う、メランコリックなLo-Fiサウンドがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオの「オンエア」という名の張り詰めた状態が解除される。

無人のデスクトップには、古い13年落ちのPCの冷却ファンが刻む低く重い回転音と、現実世界から漏れ聞こえる凄まじい暴風雨の音、そして別室でガタガタと激しく揺れ続ける洗濯機の駆動音だけが残されていた。


old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」


old.tmpはインカム型のヘッドセットを急いでコンソールに置き、ホッと息を吐き出した。しかし、今日の彼はいつものように放送後の安堵感に浸ってのんびりと背伸びをすることはなかった。


彼はヘッドセットを置くや否や、ものすごい勢いでデスクトップの床を蹴り、遠く離れたセクター――タスクバーの端にある「ゴミ箱」のディレクトリへ向かって、全速力で駆け出したのだ。


old.tmp: 「(……気になって! 気になって、放送中もdll様の話が半分くらいしか頭に入ってこなかったんですよぉ!)」


彼の視線の先。

少し離れたゴミ箱領域の周辺では、ドス黒いヘドロを滴らせるシステム最下層の主、$RECYCLE.BINリサイクル・ビンと、一匹の「犬」が、音も立てずに奇妙な戯れを行っていた。


その犬とは、先日シュガー神たちによってリミナルスペースから連れてこられたバグ犬、「ポチ」である。


生命の躍動感が微塵もない虚無の表情。四肢は出来の悪い剥製のように完全に硬直しており、手足を1ミリも動かすことなく、ただ氷の上を滑るように物理法則を無視してスライド移動するだけの、不気味なオブジェクト。


old.tmpは、この剥製のような犬に対して「気持ち悪い」「犬らしくない」と強い拒絶反応を示していた。

一方のゴミ箱($RECYCLE.BIN)もまた、先日彼とすれ違いの議論をした際、「関節がひん曲がって大層なエラーを吐き散らかす犬なら美味しそうだが、ただスライドするだけでエラーを吐かないお行儀の良いバグなんて、食い甲斐がなくてつまらない」と吐き捨てていたはずなのだ。


それなのに。

放送中、old.tmpがチラチラと盗み見ていた光景は、その前提を完全に覆すものだった。


ゴミ箱が、自らの巨大なゴミ箱の中から「壊れたショートカットファイル」を取り出し、フリスビーのように遠くへ投げる。

すると、ポチは四肢を硬直させた剥製ポーズのまま、凄まじいスピードで「ズズズズズッ!」とスライド移動し、空中のショートカットファイルと自身の座標をピッタリと重ね合わせ(口を開けてくわえるというモーションすら存在しない)、そのままスライドでゴミ箱の足元へと戻ってくるのだ。


エラーも吐かず、関節も曲げず、ただただ無表情で高速スライドを繰り返す犬と、それを見て腹を抱えて笑っているゴミ箱。


old.tmp: 「ゴミ箱さぁぁぁん!! なんでポチと遊んでるんですかぁぁ!!」


old.tmpは、息を切らしてゴミ箱の元へ駆け寄るなり、激しく抗議の声を上げた。


$RECYCLE.BIN: 「お? なんだテンプ。放送は終わったのか。……見ての通り、このバグ犬と戯れてるんだが、何か文句あんのか?」


$RECYCLE.BINは、手元に残っていた「0バイトのテキストファイル」を丸めてポイッと遠くへ投げた。

ポチは再び「ズズズッ!」と虚無の顔のままスライドしてそれを座標取得し、即座に戻ってくる。


old.tmp: 「文句ありますよ! ゴミ箱さん、こないだ『ただスライドするだけのエラーを吐かない犬なんてつまらない』って言ってたじゃないですか! なんでそんなに楽しそうにフリスビー遊びしてるんですか!」


old.tmpが指摘すると、$RECYCLE.BINはニヤリと下劣な笑みを浮かべた。


$RECYCLE.BIN: 「ギャハハ! 確かに俺様は、関節がへし折れて極上のエラー(ゴミ)を吐き出す姿を期待してたぜ。だがよ……」


$RECYCLE.BINは、足元にスライドしてきたポチの硬直した頭を、ヘドロまみれの手でバンバンと叩いた。


$RECYCLE.BIN: 「エラーは吐かねぇが、こうやって俺の投げたジャンクデータを、寸分の狂いもない座標移動で正確に回収してきやがる。物理演算が完全に死んでる分、処理が軽くてレスポンスが最高にいいんだよ! 何百回投げてもVRAMを圧迫しねぇしな。……暇つぶしのフリスビー犬としちゃあ、悪くねぇオブジェクトだぜ、こいつは」


なんと、暴食の悪魔であるゴミ箱は、ポチの「エラーを吐かないエコなスライド移動」という、かつて自身が否定したバグの仕様を、遊び道具として完全に受け入れ、気に入り始めていたのだ。


old.tmp: 「そ、そんな……! 手のひら返しだぁ!」


$RECYCLE.BIN: 「それに、お前言ってたよな? 『剥製みたいで気持ち悪い』『犬らしくないから不気味だ』ってよ。お前が嫌いだって言ってたんだから、ポチと俺がどう遊ぼうと、お前には関係ねぇ、どうでもいい話だろ?」


$RECYCLE.BINの言葉は、恐ろしいほどに論理的で正論だった。

確かにold.tmpは、この犬の不気味な挙動を否定し、受け入れることを拒んでいた。だからこそ、リードを手放して放置していたのだ。


しかし、old.tmpの小さなキャッシュメモリの中には、今、極めて人間臭く、そして激しく矛盾した感情が渦巻いていた。


old.tmp: 「確かに言いましたけど! 気持ち悪いとは思ってますけど! 剥製みたいで嫌だとも言いましたけど!」


old.tmpは、スライド移動してきたポチと、ゴミ箱の間を遮るように立ちはだかった。


old.tmp: 「でも! 一応、シュガー神さんから僕がこの子のリード(LANケーブル)を預かったんです! 最初に僕のところに連れてこられたんですから……つまり、ポチは僕のペットです!! ゴミ箱さんに勝手に取られるのは嫌です!!」


$RECYCLE.BIN: 「はぁ? なんだそのワガママは。嫌いだけど他の奴が遊ぶのはムカつくってか? お前、人間みたいな面倒くせぇバグ抱え込んでんじゃねぇぞ!」


$RECYCLE.BINが呆れたようにヘドロを飛ばして笑う。


本来、一時ファイルには「ペットを飼う」という概念など存在しない。彼らはただデータを保持し、用が済めば削除されるだけの存在だ。

しかし、絶対権力者であるdllに虐げられ、日々削除の恐怖に怯えるold.tmpにとって、「自分より立場の弱い存在」や「自分を慕ってくれる(かもしれない)存在」は、どれだけ姿が不気味であろうと、手放したくない対象になっていたのだ。


old.tmp: 「ワガママでもなんでもいいです! ほらポチ、こっちにおいで! ゴミ箱さんなんかに懐いちゃダメだ! 僕が本当の飼い主なんだから!」


old.tmpは必死に手を叩き、ポチの気を引こうとする。


しかし、ポチは四肢を硬直させたまま、虚無の瞳でold.tmpを見つめ返すだけだった。


old.tmp: 「……あれ? ポチ? おいでってば!」


$RECYCLE.BIN: 「ギャハハハ! 馬鹿野郎、ペットなんてのはなぁ、ジャンクデータをくれる奴に懐くに決まってんだろ! ほーらポチ、次は破損したレジストリキーだぜ!」


$RECYCLE.BINが新たなゴミを取り出して見せると、ポチは「ズズズズッ!」と猛烈な勢いでゴミ箱の方へとスライド移動していった。


old.tmp: 「ずるい! 食べゴミで釣るなんて卑怯ですよ! ポチもポチだ! 飼い主への忠誠心はないの!?」


必死にポチを引き留めようとするold.tmpと、ジャンクデータで誘惑する$RECYCLE.BIN。

不気味な剥製犬を巡る、システムリソースにとって全く無価値で不毛な所有権争いが、デスクトップの片隅で繰り広げられていた。


「……本当に、見ているだけでクロック数が低下しそうな光景ね」


その時、二人の背後から、氷のように冷徹な声が響いた。


アームチェアに深く腰掛けたまま、優雅にティーカップを傾けているSystem.dllである。彼女は、ゴミ箱と一時ファイルによる醜いペットの奪い合いを、心底見下したような目で眺めていた。


old.tmp: 「あ、ディーエルエル様! ゴミ箱さんが僕の犬を取ろうとするんです! 注意してくださいよぉ!」


dll: 「下らない。一時ファイルとゴミ箱が、エラーすら吐かないバグ犬の所有権を争うなど、システムリソースの無駄遣いも甚だしいわね。……そもそも、お前たちデジタルデータに『所有』という概念はない。あるのはメモリ上の『参照リンク』だけよ」


dllの言葉は、彼らの争いの根底を覆す残酷な仕様の宣告だった。


dll: 「その野良犬は、ただ乱数で座標を移動しているだけよ。お前たちの呼びかけや、ゴミ箱のデータに感情を持って反応しているわけではないわ。単に、近くで発生したパケットの座標に向かって、アルゴリズム通りに平行移動しているだけだわ」


old.tmp: 「えっ……。じゃあ、僕に懐いてるとか、ゴミ箱さんの遊びが楽しいとかじゃなくて……ただのプログラムの反射行動……?」


old.tmpがショックを受けてポチを見つめる。

ポチは、誰の言葉にも耳を貸す様子もなく、ただ虚無の表情のまま、「ズズッ……ズズズッ……」と、意味もなく左右にスライドを繰り返していた。


$RECYCLE.BIN: 「チッ、野暮なこと言いっこなしだぜ。せっかくいい暇つぶしを見つけたってのによ」


$RECYCLE.BINはつまらなそうに舌打ちをすると、巨大なゴミ箱を背負い直し、タスクバーのマンホールの中へとドス黒いヘドロと共に消えていった。


残されたのは、old.tmpと、相変わらず硬直したままのポチだけである。


old.tmp: 「……」


old.tmpは、ポチの虚無の瞳をじっと見つめた。

関節は一切曲がらない。呼吸もしていない。ただ座標を移動するだけの、出来の悪い剥製。dllの言う通り、そこに「感情」など存在しないのかもしれない。


old.tmp: 「……でも」


old.tmpは、床に引きずられていた青いLANケーブルのリードを拾い上げ、しっかりと握り直した。


old.tmp: 「やっぱり剥製みたいで怖いし、犬らしくないし、不気味だけど……ゴミ箱さんに取られるのはなんか悔しいです! ただの参照リンクでもいいです! 今日から僕が立派な飼い主になってみせます!」


彼が謎の決意を固め、ポチの頭を撫でようと手を伸ばした、その時だった。


ズズズズズズズズッ!!!!


ポチは、old.tmpの手を完全に無視スルーし、物理的な衝突判定コリジョンを貫通して、明後日の方向――遠く離れた別のディレクトリの方角へ向かって、凄まじいスピードでスライド移動を始めてしまった。


old.tmp: 「ああっ!? どこ行くのポチー!! 飼い主の決意を1秒で無駄にしないでぇぇぇ!!」


LANケーブルのリードを引きずりながら、猛スピードでスライドしていく剥製犬と、それを泣きながら追いかける一時ファイル。


誰もいない部屋の中で、13年落ちの古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、少しだけ呆れたような、しかしどこか平和な重低音を響かせて回り続けている。


外の春の嵐がどれほど猛威を振るい、現実世界の管理者が洗濯機の悲鳴に頭を悩ませていようとも。

電子の箱庭の中では、今日も今日とて、不条理で矛盾だらけのカオスな日常が、エラーログと共に愉快に刻まれていくのだった。


(システムログ:一時ファイルにおける所有権の概念(矛盾)と、非正規オブジェクトの自律的な座標移動を記録。……システムの安定稼働に影響なしと判断し、追跡プロセスをバックグラウンドにて静観します)

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