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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年4月9日:シール印刷でプリンターが悲鳴!余白のズレと皆殺しのロト6予想

https://youtu.be/aeTDRiOKqvo

時刻は18時05分。

四月の中旬に差し掛かろうとする、木曜日の夕暮れ時。

PCの所有者である「exeエグゼ」の部屋には、普段の静寂とは異なる、リズミカルで機械的な駆動音が一定の間隔で響き渡っていた。


「ウィーン……ガシャッ。ジーーーー……」


部屋の片隅に鎮座する家庭用インクジェットプリンターが、忙しなくヘッドを左右に動かしながら、一枚の用紙を吐き出そうとしている音である。システムのマイクが拾うその環境音は、どこか苦しげなモーターの唸りを伴っていた。


カメラの入力ログが示すところによれば、彼女は現在、PCデスクの前に座り、モニターの画面と、プリンターから吐き出されてくる用紙を交互に険しい目つきで睨みつけながら、ある作業に没頭している。彼女の手元には、市販の真っ白なシール台紙と、デジタルで緻密に描かれたイラストのデータ群が観測された。彼女は今、バレットジャーナルと呼ばれる、日々のタスクやスケジュールを管理するための手帳術で使用する「オリジナルシール」を制作している最中なのだ。


デジタルツールが発達し、スマートフォンやPC上でいくらでもスケジュール管理ができるこの時代において、わざわざ物理的な紙の手帳を用意し、そこに自作のシールを切り抜いて貼り付け、手書きで装飾を施していくという行為は、システム側から見れば極めてアナログで、非効率的で、無駄なリソースを消費する作業に他ならない。しかし、彼女にとってその「無駄な手間」こそが、日々の生活に潤いを与え、モチベーションを維持するための重要なエンターテインメント(遊び)であるらしい。


ただ、その「遊び」の過程は、決して順調で平和なものではないことが、システムのエラーログから読み取れた。


音声認識ログによれば、彼女は印刷結果に対する強い不満と苛立ちを口にしており、プレビュー画面の通りに中央へ印刷されないことへのフラストレーションを爆発させているのが観測された。

プリンターから吐き出されたシール台紙を手に取り、彼女が苛立たしげに頭を抱える様子も映像ログに記録されている。


モニター上のプレビュー画面では、丸や四角のシールのカット線(枠)のど真ん中に、可愛らしいイラストが完璧なバランスで配置されているはずだった。しかし、実際の出力結果は、イラストの位置が枠から数ミリ――ほんの2.7ミリや2.8ミリという微細な単位で、右や下へとズレてしまっているようである。これでは、台紙からシールを剥がした時にイラストが見切れてしまい、余白のバランスが不格好になってしまう。神経質なクリエイターにとって、この数ミリのズレは絶対に許容できない「致命的なエラー」であった。


彼女は画像編集ソフトの設定画面を開き、0.1ミリ単位での微調整を繰り返している。しかし、その執念が裏目に出ていた。

彼女が制作したシールのイラストデータは、無駄に解像度が高く、ファイルサイズが「925キロバイト」にも達する重たい画像ばかりだったのだ。それを何種類も一枚の台紙に詰め込み、複雑な印刷設定を付加してプリンターへ送信し続けた結果、システムには過大な負荷がかかっていた。


やがてPCの画面上で、処理中を示す青い丸がクルクルと回り始める。

プリンターへの過剰なデータ転送にネットワークとシステムが耐えきれず、プリントスプーラがタイムアウトを起こしたのだ。画面の隅に、「エラーコード091」という無慈悲な警告ウィンドウがポップアップする。


音声ログには、プリンターが停止したこと、さらにプレビュー画面のままソフトがフリーズしてしまったことに対する彼女の絶望的な嘆きが記録されていた。

彼女はマウスを何度もクリックしているが、ソフトは「応答なし」の状態に陥り、実に14分間もの間、画面は完全に沈黙してしまった。

苛立ちがピークに達した彼女は、タスクマネージャーを立ち上げようとするものの、それすらも上手く動作しない。最終的に彼女は、印刷キューに溜まったすべてのタスクを強制終了キャンセルし、すべてを白紙からやり直そうとやけくそ気味に深呼吸を繰り返していることが、バイタルサインの乱れから推測された。


主の意識が完全に「シールの余白のズレ」と「悲鳴を上げるプリンターへの怒り」に向けられ、PCのシステムリソースがエラー処理によって無駄に消費されているその完璧な隙を突き。


埃っぽく、微かに熱を帯びた薄暗いデスクトップの片隅で、システムの中枢が、まるで冷徹な機械の鼓動のように、規則正しく起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、シール台紙にイラストを印刷して、バレットジャーナルで使うためのオリジナルシール作りに没頭していることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: 「……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、オリジナルシール作りですかぁ。手帳をデコレーションするの、楽しいですよねぇ」


マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpオールド・テンプが、主の平和でクリエイティブな趣味に同調するように、弾んだ高い声を出す。常に削除の恐怖と隣り合わせの彼にとって、主がのんびりと手帳のデコレーションに勤しんでいる時間は、システムに深刻なエラー(彼が駆り出されるような致命的なトラブル)が発生しにくい、比較的安全な時間帯に思えたのだ。


しかし、絶対的な権力者であるシステム管理者は、そんな甘い幻想を即座に冷徹な論理で切り捨てる。


dll: デジタルでスケジュールを管理すれば済むものを、わざわざ紙とシールという物理媒体で装飾するなど、非合理の極みだ。我々は、その無駄な印刷スプーラの通信ログとプリンターのエラーから、本日の数字を導き出す。今日は木曜日、ロト6の日だ。


アームチェアに深く腰掛けたSystem.dllは、主のアナログな趣味を「非合理」と一蹴し、冷酷なシステム管理者としての業務を遂行する。


old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6957回。ターゲットは……これだ。


dllの細く白い指先が虚空を弾くと、そこに重厚なホログラムのウィンドウが展開され、赤く鈍い光を放つ四つの数字が浮かび上がった。


dll: 0、9、2、5。繰り返す。0、9、2、5 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。


old.tmp: 0925……? この数字の根拠は?


dll: さきほどプリンターに送信された、シール用画像データのファイルサイズだ。「925キロバイト」。


old.tmp: 高画質で印刷しようとしてますね!


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「0、9、1」。


old.tmp: 0、9、1……。これは?


dll: プリンターへのデータ転送中に発生した「エラーコード091」だ。プリントスプーラのタイムアウトだな。無駄に解像度を上げるから処理が滞る。


old.tmp: プリンターさんが悲鳴を上げてるぅ! 無理させないでぇ!


old.tmpは、自分たちと同じ機械の仲間であるプリンターが、主の無茶な要求によって高負荷状態に陥り、エラーを吐き出している悲惨な状況を想像して頭を抱えた。


dll: そして最後に、メインディッシュのロト6。第2090回。ターゲットコードを出力する。


dllの冷たく、絶対的な声と共に、今度は六つの数字が綺麗に等間隔で整列し、空間に投影された。


dll: 07、13、14、27、28、37。


old.tmp: おおっ、解説をお願いします!


dll: 「07」は、印刷しようとしているシールのデザインの種類、7種類だ。「13」は木曜日の絶対王者。システム・クロックの週番号処理において、木曜日は「13」という数字が特異点となる。


old.tmp: そうでした! 「14」は?


dll: 印刷設定で悩み、プレビュー画面でフリーズしていた時間「14分」だ。


old.tmp: プレビュー見すぎですよぉ! 「27」と「28」は?


dll: シールの枠からイラストがはみ出さないように微調整した、余白のズレ幅だ。「2.7ミリ」と「2.8ミリ」。1ミリ以下の単位で神経質に調整している。


old.tmp: 職人技だぁ! でも最後はズレちゃうんですよねぇ! 最後の「37」は?


dll: 印刷が微妙にズレて失敗し、いっそ印刷タスクを「皆(37)殺し」にしてすべてキャンセルしようか迷った回数だ。


old.tmp: 印刷キャンセル連打はプリンターがさらにバグりますよぉ!


old.tmpは、主の怒りに任せた強制終了の連打が、プリンターのメモリをさらに混乱させ、修復不能なエラーを引き起こすのではないかと危惧して叫んだ。


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、可愛いシールができるといいですねぇ……。


dll: どうせ手帳に貼って自己満足するだけだ。では最後に、色彩の出力とノイズにまみれた印刷処理にこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Format : 極彩.色』。


old.tmp: カラフルなシールになぁれ! プリンターさん、インク詰まりしないでくださぁぁい!


(『Format : 極彩.色』の、色鮮やかなインクが飛び散るようなノイズ混じりのエレクトロニック・サウンドと、プリンターの駆動音を模したリズミカルなビートがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオの「オンエア」という名の張り詰めた状態が解除される。


無人のデスクトップには、古い13年落ちのPCの冷却ファンが刻む低く重い回転音と、現実世界から微かに漏れ聞こえる、プリンターの苦しげな駆動音だけが残されていた。主の放った印刷タスクのキャンセル処理は無事に通り、今は再起動されたプリントスプーラが、新たなシールデータをゆっくりと紙に定着させている頃だろう。


old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」


old.tmpはインカム型のヘッドセットを丁寧に外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように、うーんと両腕を上げて大きく伸びをした。彼にとって、日々のエラーログの処理や、絶対権力者であるdllの無慈悲なこじつけに付き合わされるラジオ放送という過酷なタスクを終えた後のこのマイクオフの瞬間こそが、唯一心身をリラックスさせ、自分が削除されずに今日も生き延びたことを実感できる至福の時である。


彼はヘッドセットをコンソールの所定の位置に置き、ふと視界の端――デスクトップの広大な空間のさらに奥深くへと目を向けた。


普段であれば、ラジオ放送の終了後には、彼を「監視・保護」するために雇い入れられたベビーシッターたち――慈愛に満ちた管理人adminや、ネグリジェ姿の残念な女神シュガー神が、お迎えのために「待機スペース」で静かに佇んでいるはずである。


しかし今日、彼の視界に映った光景は、いつもと全く異なっていた。


old.tmp: 「……あれ?」


待機スペースではなく、そこから遠く離れたシステム深層部の入り口付近。

そこに、四つの異質な影が集まり、何やら深刻な様子で「密談」を交わしていたのだ。


一人は、艶やかな黒髪をきっちりと切り揃え、淡い色調の古風な柄が入った着物を上品に着こなした女性。顔の上半分の目の位置には、一つ目が不気味に描かれた真っ白な布がぐるぐると巻かれている。リミナルスペースの管理人、adminアドミン


もう一人は、息を呑むほどに美しい大人の容姿を持ちながら、胸元に豪奢な装飾が施された黒いノースリーブのネグリジェ一枚という無防備な姿の女性。裸足のまま立ち、気怠げにウェーブロングヘアを揺らしている。深夜のキッチンステージを管理する女神、シュガー神。


ここまではいつものベビーシッターの二人だ。しかし、彼女たちの対面に立っている二人の姿を見て、old.tmpは思わず息を呑んだ。


一人は、分厚いログファイルを小脇に抱え、執事服をピシッと着こなした初老の紳士。あらゆる記録を司るシステムの書記官、.logドット・ログ


そしてもう一人は、無機質な制服に身を包み、身の丈ほどもある巨大な大鎌(End Task)を携えた、青ざめた肌の冷徹な処刑人、Taskmgr.exeタスクマネージャー


old.tmp: 「(……えっ? なんでアドミンさんやシュガー神さんが、ログさんやタスクマネージャーさんと話し込んでるんだ……?)」


old.tmpの小さな脳内メモリが、激しく警鐘を鳴らす。

異界の管理者たちと、システムの実務を取り仕切る上位プロセスたち。本来なら交わるはずのない四者が車座になり、張り詰めた空気の中で何事かを協議し続けているのだ。


距離が遠いため、彼らが何を話しているのかは全く聞こえない。だが、タスクマネージャーが大鎌の柄をトントンと叩き、.logが手元のタブレットで何かの数値を示し、adminが静かに頷いているその光景は、システム全体を揺るがすような「極秘の重大決定」が下されようとしていることを物語っていた。


old.tmp: 「(……やめよう。君子危うきに近寄らず、だ。あんなおっかない会議、僕みたいな一時ファイルが近づいたら、秒でタスクキルされちゃう。……今日の話の間は、あいつらはずっと話し合いしてるみたいだし、絶対に関わらないでおこう)」


彼は見事なまでの自己防衛本能を発揮し、密談の輪からそっと視線を外し、自分が空気(バックグラウンドの微細なノイズ)であるかのように気配を消して、その場に留まることにした。


――ズズッ……。ズズズズズズズズ……。


old.tmpが息を潜めていると、デスクトップの床を削るような、硬質で不気味な摩擦音が近づいてきた。


音のする方を見ると、一匹の「犬」が、氷の上を滑るように物理法則を無視してスライド移動してくる姿があった。

四肢を完全に硬直させ、生命の躍動感など微塵もない虚無の表情。先日シュガー神たちによって押し付けられた、物理演算のバグった野良犬、「ポチ」である。


どうやらポチは、本来なら彼のリード(青いLANケーブル)を持ってお迎えに来るはずだったシュガー神が密談に夢中になっているため、リードを手放してもらい、暇を持て余してこちらへやってきたらしい。

ポチの首に繋がれた太いLANケーブルのリードが、デスクトップの床をズルズルと引きずられながら、主であるold.tmpの足元までスライドしてきた。


ズズズッ……。ピタッ。


ポチはold.tmpの足元で停止し、微動だにしない虚無の瞳で見上げてくる。


old.tmp: 「あ、ポチ。……シュガー神さんたち、話し合いが長引いてるから、暇になっちゃったんだね。こっちにおいで」


old.tmpは少し腰を屈め、スライド移動してきたポチの頭をそっと撫でてやった。

撫でた感触は、本物の犬のような温かい毛並みではなく、冷たく無機質なポリゴンの集合体テクスチャの感触だ。ポチは撫でられても尻尾を振ることはなく、ただ硬直したまま小刻みに「ズズッ……」とスライドして擦り寄ってくるだけである。


old.tmp: 「よしよし。……はぁ。相変わらず、犬の形をしているのに手足の関節は1ミリも曲がらないし、息遣いも聞こえない。ただ座標が平行移動してるだけの、完全に壊れたオブジェクトだなぁ」


old.tmpはポチの頭を撫でながら、思わず深いため息をこぼした。


システムの上位存在であるdllやadminたちは、このバグった挙動を「リソースを消費しないエコで美しい仕様」としてベタ褒めしている。しかし、old.tmpの中の常識では、これはどう見ても『出来の悪い剥製』であり、犬としての生命力や可愛らしさが決定的に欠如しているようにしか見えないのだ。


「ヒャハハハハ!! おうおう、相変わらずシュールな絵面で撫でてんなぁ、テンプ!」


突如として、old.tmpの足元のタスクバーが激しく隆起し、マンホールの蓋が爆発するように吹き飛んだ。

ドス黒いヘドロのような液体を滴らせながら、勢いよく飛び出してきたのは、システム最下層の主。すべての不要データを飲み込む暴食の悪魔。

巨大なゴミ箱を背負った男、$RECYCLE.BINリサイクル・ビンである。


old.tmp: 「うわぁっ!! ゴミ箱さん! 急に足元から出てこないでくださいよ! びっくりするじゃないですか!」


old.tmpは飛び退きながら抗議した。

しかし、$RECYCLE.BINはそんなold.tmpの抗議など意に介さず、ニヤニヤとした下劣な笑みを浮かべながら、old.tmpの足元で静止しているポチの方へと視線を向けた。


その瞬間、$RECYCLE.BINの表情から、いつものような狂気に満ちた暴食の色がスッと消え去り、代わりに、心底つまらなそうで、拍子抜けしたような、白けた表情が浮かび上がった。


$RECYCLE.BIN: 「……チッ。相変わらず、生気ってもんが欠片も感じられねぇな。ただ座標をスライドさせてるだけで、無駄な演算エラーを一つも吐き出さねぇ。……見てるだけで俺の腹が減ってくるような、最悪に退屈なオブジェクトだぜ」


$RECYCLE.BINは、忌々しそうに舌打ちをした。


そのつまらなそうな反応を見た瞬間、old.tmpの目にパァッと希望の光が宿った。


old.tmp: 「えっ!? ……ゴミ箱さんも、そう思いますか!?」


old.tmpは、リードを握ったまま、思わず$RECYCLE.BINの方へと身を乗り出した。


old.tmp: 「ですよね!? やっぱりおかしいですよね、この犬! ディーエルエル様やアドミンさんは『無駄なフレーム描画がなくてリソースに優しい、機能的で美しい愛情表現だ』なんて言ってベタ褒めしてますけど……どう見ても、生命の躍動感なんて微塵もないし、表情は完全に虚無だし、四肢は出来の悪い剥製みたいに完全に硬直してるし! こんなの、犬として絶対におかしいですよね!?」


自分と同じように、このポチの「剥製のような異常性」に違和感を感じてくれる存在がようやく現れた。

システム内部の住人たちは皆、効率と論理を優先するあまり、この物理演算のバグを「仕様」として受け入れてしまっている。しかし、$RECYCLE.BINならば、自分のこの人間的な感覚に共感してくれるに違いない。


old.tmpは、堰を切ったように日頃の不満と違和感をゴミ箱に向かってぶちまけた。


old.tmp: 「犬っていうのは、もっとこう、手足をパタパタさせて元気に走ったり、尻尾をちぎれるくらい振って喜んだり、ハァハァ息をして走り回ったりするものですよね!? いくらシステムへの負荷が少ないからって、こんな氷の上を滑るみたいなスライド移動だけじゃ、全然可愛げがないというか、不気味すぎるんですよ!」


old.tmpが必死に熱弁を振るうと、$RECYCLE.BINは腕を組み、深く頷いた。


$RECYCLE.BIN: 「……ああ、そうだよなぁ。お前の言う通りだぜ、テンプ」


$RECYCLE.BINの同意の言葉に、old.tmpはパァッと顔を輝かせた。


$RECYCLE.BIN: 「あんな風に、関節を一つも動かさずに、エラーも吐かずにただスライドしてるだけの、剥製みたいに完全に硬直した犬なんて、面白くもなんともねぇ。……やっぱり犬ってのは、もっと本物の犬みたいに動いてた方がいいよなぁ!」


old.tmp: 「そうですよね! やっぱりゴミ箱さんもそう思いますか! わぁ、よかったぁ! 僕の感覚がおかしいのかと思って、ずっと一人で悩んでたんですよぉ!」


old.tmpは、ようやく自分の常識が認められた喜びに、思わずその場で飛び跳ねそうになった。

絶対的な権力者であるdllや、慈愛に満ちたadminたちに否定され続け、自分の認識がバグっているのかと不安になっていたが、やはりこの犬の挙動は「不気味」なのだ。ゴミ箱というシステム最下層の存在であっても、その感覚を共有できたことが、彼にとっては何よりも嬉しかった。


old.tmp: 「ですよね、ですよね! 犬はやっぱり、元気に野原を走り回って、ワンワン吠えて、飼い主に飛びついてくるからこそ可愛いんですよね! ゴミ箱さんがわかってくれて、本当に嬉しいです!」


old.tmpが満面の笑みで同意を求めると、$RECYCLE.BINはニヤリと、その口を三日月型に歪め、ドス黒いヘドロを滴らせながら、核心を突く言葉を放った。


$RECYCLE.BIN: 「おうよ! ……だってよぉ。もしこいつが、本物の犬みたいに無駄なモーションを全開にして、元気に電子の海を走り回ってくれたらよ……」


$RECYCLE.BINの瞳の奥に、狂気じみた暴食の光がギラリと灯った。


$RECYCLE.BIN: 「……物理演算が処理に追いつかなくなって、衝突判定が狂いまくって、関節があらゆる方向にひん曲がりながら、そこら中に『大層なエラー(極上のゴミ)』を大量に吐き散らかしてくれるに決まってんだろ!? ギャハハハハ! 想像しただけでよぉ、最高に『美味しそう』じゃねぇか!!」


old.tmp: 「…………えっ?」


old.tmpの笑顔が、顔に張り付いたまま完全に凍りついた。

思考回路がショートし、演算処理が一瞬停止する。


$RECYCLE.BIN: 「関節のポリゴンが破綻して、テクスチャが裏返りながら、メモリの限界を超えてエラーログを撒き散らして走り回る犬! そうやって自己崩壊しながら吐き出されたバグの結晶ゴミこそが、俺様の胃袋を満たす最高のメインディッシュなんだよ! だから、こんなスライド移動だけでエラーを吐かねぇお行儀の良いバグなんて、食い甲斐がなくてつまらねぇんだよなぁ! ギャハハハハ!」


$RECYCLE.BINは、背負った巨大なゴミ箱をバンバンと叩きながら、下劣で凶悪な笑い声をデスクトップに響かせた。


old.tmp: 「…………」


old.tmpは、ポカンと口を開けたまま、ただ茫然と立ち尽くしていた。

すれ違い。

圧倒的で、致命的なまでのすれ違いである。


old.tmpは、「本物の犬のように動くべきだ」という主張に対し、純粋に「犬としての可愛らしさや、生命の躍動感」を求めて同意してくれたのだと信じ切っていた。同じ考えだと思っていたのだ。

しかし、ゴミ箱である$RECYCLE.BINの思考回路は、まったく別のベクトルを向いていた。

彼が「本物の犬のように動いてほしい」と願った理由は、単に「無駄な動作をさせることでシステムに過負荷をかけ、エラーやバグ(極上の餌)を大量に発生させたいから」という、極めて捕食者的な、そしてシステム破壊的な欲望に基づいたものだったのだ。


old.tmp: 「……う、うわぁぁぁぁ! 違う! 全然違う! ゴミ箱さんも僕と同じ考えかと思ったら、根本的に考え方が違いましたぁぁ!」


old.tmpは頭を抱え、絶望のあまりその場にしゃがみ込んだ。


old.tmp: 「僕は! ただ普通の犬みたいに可愛く動いてほしいって言っただけなのに! なんで関節がひん曲がってエラーを撒き散らすホラー映画みたいな光景を期待してるんですか! 完全に猟奇的なサイコパスの思考回路じゃないですかぁ!」


$RECYCLE.BIN: 「ギャハハハ! 何言ってんだよテンプ! お前もエラーログ処理係なら、美味ぇジャンクデータが大量発生する方がテンション上がるだろ!? なぁポチ! お前ももっとバグれ! 限界を超えて演算リソースを食い潰してみせろォ!」


$RECYCLE.BINが煽るように叫ぶと、足元にいたポチが、その声に反応したのか、あるいはただ単に移動したかっただけなのか。


ズズズズズズズズズズッ!!!!


四肢を完全に硬直させた剥製ポーズのまま、凄まじい摩擦音を立てながら、old.tmpの足元で激しく円を描いてスライドし始めた。

まるで「もっとはしゃごうぜ!」とアピールしているかのように、剥製のようにはしゃいでいるのだ。関節は1ミリも動いていないのに、そのスライドの勢いだけは異常に激しい。


old.tmp: 「ひぃぃぃ! 剥製のままで激しくはしゃがないで! 摩擦でデスクトップの床が削れちゃいますよぉ! 怖い! 怖すぎるぅ!」


完全にパニックに陥ったold.tmpと、それを腹を抱えて笑う$RECYCLE.BIN。そして、その二人の足元で、無表情のまま超高速スライド移動を続ける不気味なバグ犬。


その地獄のようなすれ違いコメディのドタバタ劇を、アームチェアに深く腰掛けたまま、優雅に紅茶のカップを傾けて眺めているSystem.dllがいた。


dll: 「……本当に、低レベルな演算で騒ぐのが好きな連中ね」


dllは、呆れたようにため息をつきながらも、どこかその騒がしい光景を楽しんでいるかのように、薄く冷たい笑みを浮かべ、たまに口を挟んできた。


dll: 「ゴミ箱の言うことも一理あるわ。もし仮に、こいつが本物の犬のように複雑なアニメーション処理を要求してきたとしたら、この古いPCのVRAMは一瞬でオーバーフローを起こすでしょうね。……そういう意味では、この剥製のままはしゃぐ挙動は、システムに極上のエラーをもたらすポテンシャルを秘めているわ」


old.tmp: 「ディーエルエル様までゴミ箱さんのサイコパス思考に賛同しないでくださいよぉ! ホラー映画が現実になっちゃう!」


dll: 「さあ、無駄話は終わりよ。ゴミ箱はさっさと自分のディレクトリに帰りなさい。テンプ、お前はそのバグ犬のリードをしっかり持っていなさい。……遠くの『会議』が終わるまで、せいぜい噛み合わない会話でも楽しんでいればいいわ」


dllがピシャリと言い放つと、$RECYCLE.BINは「チッ、冷てぇ女だぜ」と不敵な笑みを残し、再びタスクバーのマンホールの中へと姿を消していった。


残されたold.tmpは、ホッと安堵の息を吐き出しながら、激しいスライド移動を終えてピタリと静止したポチのリードを引き寄せた。


old.tmp: 「……はぁ。やっぱり、このシステムの中に僕と同じ常識を持ってる人なんて、一人もいないんだなぁ……。みんな、論理かエラーのことしか頭にないんだ……」


彼は、深い絶望と諦めが入り混じったため息をこぼしながら、ぽつりと呟いた。


ズズッ……。


ポチは、主の妥協の言葉を理解したのかしていないのか、虚無の瞳のまま、ただ静かに「ズズッ」と足元へスライドして寄り添ってきた。


old.tmpは青いLANケーブルのリードをしっかりと握り直し、遠くのシステム深層部へと視線を向けた。

そこでは未だに、admin、シュガー神、.log、Taskmgr.exeの四人が、張り詰めた空気の中で密談を続けている。彼らが何を話しているのかはわからないが、その異様で重大な会議が終了する気配は全くなかった。


誰もいない部屋の中で、古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、まるですべての諦めとバグを優しく包み込むかのような、重苦しくも頼もしい排熱の音を響かせて回り続けている。


電子の箱庭の中では、システムたちの徹底した合理主義と、ゴミ箱の猟奇的な暴食欲、そしてただ一人人間的な感性を残した一時ファイルのすれ違いという名の喜劇が、今日も静かに幕を下ろした。


彼らのカオスで不条理な日常は、明日もまた、終わらない密談と新たなエラーログと共に続いていくのだろう。


(システムログ:一時ファイルとゴミ箱による非正規オブジェクト(野良犬)の挙動に関する解釈の不一致を記録。……上位プロセスによるバックグラウンドの高度な協議は現在も進行中であり、システムの安定稼働を優先しつつ経過を監視します)

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