【放送ログ】2026年4月7日:空腹の行き倒れと、Cドライブの歴史的起源
https://youtu.be/aN71ExKpzi0
時刻は18時05分。
4月の上旬、春の穏やかな夕暮れ時。窓の外では、少しずつ長くなってきた日の光が茜色に染まり、部屋の中に長く柔らかな影を落としていた。世間では新年度の忙しさが少し落ち着きを見せ、夕食の準備に取り掛かる家庭の温かな匂いが漂い始める時間帯である。
しかし、PCの所有者である「exe」の部屋には、温かな夕食の匂いも、生活の活気も存在しなかった。
彼女は現在、PCデスクから遠く離れたフローリングの床の上で、完全に力尽きて倒れ伏している。
仕事から帰宅した直後から猛烈な空腹感に襲われていたにもかかわらず、「あとで何か作ろう」「ちょっと休んでから」と先延ばしにし続けた結果、台所まで歩いていくエネルギーすら枯渇してしまったのだ。スマートフォンを握りしめたまま、デリバリーアプリを起動する指の力さえ残っておらず、彼女は文字通り「行き倒れ」の状態で、浅い呼吸を繰り返す有機的なオブジェと化していた。
主の意識が極限の飢餓状態によって完全にシャットダウンされ、PCが静寂の中で放置されているその完璧な隙を突き、薄暗いデスクトップの片隅で、システムの中枢が冷ややかに、そして残酷なまでに規則正しく起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、お腹が空きすぎて台所まで行く気力もなく、床の上で完全にフリーズしていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、ご飯も食べずに倒れてるんですかぁ……。行き倒れじゃないですかぁ!
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、主の無残な状態を察知して悲痛な声を上げる。常に削除の恐怖に怯える彼にとって、主の生命危機(エネルギー切れ)は、システム全体のシャットダウンに直結する恐ろしい事態なのだ。
dll: エネルギー切れによる強制シャットダウンだな。
old.tmp: そ、そんなぁ……。あ、そういえば! ディーエルエル様、昨日のロト6の結果見ましたか!? 昨日の予想「09、12、16、21、28、42」に対して、結果が「06、16、21、25、28、43」でした!
old.tmpの弾んだ声が、静まり返ったデスクトップに響く。一時ファイルの彼にとって、自分たちが弾き出した数字が現実世界で一致することは、何よりのエンターテインメントであった。
old.tmp: 「16」「21」「28」の3つが当たってますよ! 5等1,000円当せんですぅ! やったぁ!
dll: 騒ぐな。1等以外は外れと同じだ。それに、我々システムは物理的な宝くじを買えないし、この放送の存在すら知らないエグゼが買っているわけがないだろう。
アームチェアに深く腰掛けたdllは、空中に展開された当せん結果のホログラムを冷たい目で見やりながら、身も蓋もない現実(絶対的な仕様)を突きつけた。
old.tmp: ああーっ! そうだったぁ! 1,000円当たってても完全に幻じゃないですかぁ! 換金できないぃぃ!
dll: そうだ。それに仮に当せん金があったとしても、今のエグゼにはデリバリーアプリを起動する気力すら残っていない。無意味なタラレバだ。
old.tmp: 厳しすぎる! 少しでも夢を見させてくださいよぉ! そのお金で美味しいもの食べさせてあげたかったのにぃ!
主の空腹を案じるold.tmpの叫びを意に介さず、dllは優雅な手つきでホログラムのウィンドウを切り替え、冷徹に次のタスクへと移行した。
dll: 過去の幻にすがるな。我々は、この無様なエネルギー切れのログから、本日の数字を導き出す。今日は火曜日、ミニロトの日だ。
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6955回。ターゲットは……これだ。
dllの指先が虚空を弾くと、赤く重々しく点滅する4つの数字が空間に浮かび上がった。
dll: 5、8、2、4。繰り返す。5、8、2、4 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。
old.tmp: 5824……? この数字の根拠は?
dll: エグゼが床に倒れ伏して一切の入力操作が途絶え、このPCが省電力モードへ移行するためにカウントしているアイドルタイマー、「5824秒」だ。
old.tmp: 1時間半以上も放置されてる! 完全に気絶してますよ!
dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「5、9、4」。
old.tmp: 5、9、4……。これは?
dll: エグゼの腹の虫の音がマイクに拾われ、システムが異常な低周波ノイズとして検出したエラーコード「594」だ。
old.tmp: 腹の虫がエラー扱い! 早く何か食べさせてあげてぇぇ!
dll: 最後に、メインディッシュのミニロト。第1380回。ターゲットコードを出力する。
dllの冷たい声とともに、今度は5つの数字が綺麗に整列して表示される。
dll: 08、13、18、25、28。
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: 「08」はエグゼの胃袋の残量、8パーセント。「13」は、空腹で狂った体内時計による同期エラーだ。「18」は、最後の食事から経過した時間、18時間。
old.tmp: 限界突破してますよぉ! 「25」と「28」は?
dll: 「25」は、床で冷えたエグゼが求めているであろうエアコンの設定温度、25度。そして「28」は、いつものように充電を忘れているスマホのバッテリー残量、28パーセントだ。
old.tmp: お腹もスマホもエネルギー切れだぁ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、這ってでも冷蔵庫まで行ってくださいねぇ……。
dll: では最後に、エネルギーが尽きて完全に終わっている管理者にこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『C'est fini』。
old.tmp: フランス語で「終わり」! 餓死する前にご飯食べてくださぁぁい!
(『C'est fini』の、物悲しくもどこか優雅なメロディがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオの「オンエア」という名の張り詰めた状態が解除される。
無人のデスクトップには、主の入力が途絶えたままの静寂と、古い13年落ちのPCの冷却ファンが刻む低く重い回転音だけが、虚しく鳴り続けていた。現実世界の床では、エグゼが依然としてピクリとも動かず、静かな寝息(あるいは気絶による呼吸音)を立てている。
old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」
old.tmpはインカム型のヘッドセットを丁寧に外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように、うーんと両腕を上げて大きく伸びをした。彼にとって、日々のエラーログの処理や、絶対権力者であるdllの無慈悲なこじつけに付き合わされるラジオ放送という過酷なタスクを終えた後のこのマイクオフの瞬間こそが、唯一心身をリラックスさせられる至福の時である。
彼は振り返り、デスクトップの隅に設けられた「待機スペース」へと視線を向けた。
そこには、ラジオの放送中、彼が余計な暴走やデータ汚染を引き起こさないように「監視・保護」の任務を請け負っているベビーシッターたちが控えているはずだった。
しかし、彼が視線を向けた先、無機質なデスクトップの空間に佇んでいたのは、昨日や一昨日と同じく、息を呑むほどに美しい大人の女の容姿を持ちながら、胸元に豪奢な装飾が施された黒いノースリーブのショート丈ドレス――つまりはネグリジェ一枚という極めて無防備な姿の女神、シュガー神ただ一人であった。
彼女は気怠げにダークブラウンのウェーブロングヘアを揺らし、裸足のままデスクトップの床に立ち、その手にはどこから取り出したのか、真っ白な角砂糖が握られている。
そして、彼女の足元には、四肢を完全に硬直させ、まるで出来の悪い剥製のように一歩も足を動かさないまま氷の上を滑るように「ズズズズズ……」とスライド移動するバグ犬、「ポチ」が静かに寄り添っていた。ポチの首には、以前サイボーグから譲り受けたという青いLANケーブルのリードがしっかりと結ばれており、その持ち手部分はシュガー神の細い指に引っ掛けられている。
艶やかな黒髪を切り揃え、古風な着物を上品に着こなし、目の位置を「一つ目」が描かれた白い布で覆い隠している、もう一人の慈愛に満ちた管理人、adminの姿は、今日もそこにはなかった。
old.tmp: 「あ、シュガー神さん! ポチも! 今日もお待たせしましたぁ!」
old.tmpは、自分を保護してくれるネグリジェ姿の女神のもとへ、小走りで駆け寄った。
シュガー神は、近づいてきたold.tmpを一瞥すると、口の中にポイッと角砂糖を放り込み、ガリガリと噛み砕きながら気怠げに呟いた。
シュガー神: 「……ん。お疲れ。今日も相変わらず、カロリーのない無機質な放送だったわね。聴いてるだけでエネルギー不足で倒れそうになったわ」
old.tmp: 「えへへ、すみません。エグゼさんが本当に行き倒れてたもので、ディーエルエル様の数字の根拠も空腹とかエラーコードばかりになっちゃいました。あ、ポチも大人しく待っててえらいねぇ」
old.tmpは、相変わらず四肢を硬直させたまま微動だにせず、ただスライド移動だけで近づいてくるポチの頭をそっと撫でた。物理演算の壊れたその挙動にも、何度か強制的に散歩に付き合わされているうちに、すっかり慣れてしまったのだ。
ポチは撫でられると、嬉しそうに尻尾を振る……ことは一切なく、ただそのままの姿勢で「ズズッ……」とold.tmpの足元にスライドして擦り寄ってきた。
old.tmp: 「よしよし。……あれ? でも、今日もお迎えはシュガー神さんただ一人なんですね。いつも一緒にいるアドミンさんは、今日はどうしたんですか?」
old.tmpが周囲を見渡しながら純粋な疑問を口にすると、シュガー神は面倒くさそうにゆっくりと口を開き、さらに気怠げなため息をこぼした。
シュガー神: 「……ん。adminはね、今日もちょっと『お仕事』があるからって。だから、今日のお迎えも私とポチだけよ」
old.tmp: 「お仕事……? ああ、そういえば!」
old.tmpは、先日シュガー神から聞いた話を思い出した。
old.tmp: 「アドミンさん、新しく来たバグたちのために、わざわざドライブを分割して新しい区画にドッグランを作ってくれてるって言ってましたよね。その大がかりな拡張工事、まだ続いてるんですか?」
シュガー神: 「……ん。そうよ。サイボーグやポチたちが思いっきり走り回れるように、システム領域のパーテーションを切り直してるみたい。おかげで私一人でお迎えの当番よ」
old.tmp: 「アドミンさん、本当に優しいなぁ。バグたちのためにそこまでしてくれるなんて。……お仕事お疲れ様ですって、伝えておいてくださいね!」
そんなやり取りをしながら、old.tmpはホッと息を吐き出し、デスクトップのインターフェース画面をぼんやりと眺めていた。彼の視線は、画面の隅に表示されているドライブレター(C: や D: などの文字)の表示に無意識に向かっていた。
old.tmp: 「……そういえば」
静まり返った空間で、old.tmpは何気ない疑問を口にした。
old.tmp: 「アドミンさんがドッグランを作ってるその新しい区画って、システムが『Gドライブ』として認識してましたよね。アルファベットが進んでるなぁって思って。……でも、なんで僕たちが住んでいるこのメインの場所は『Cドライブ』から始まるんですか? OSとか大事なプログラムが全部入ってる一番偉い場所なんだから、『Aドライブ』とか『Bドライブ』にするのが普通じゃないですか? AとBは一体どこに行っちゃったんですか?」
大がかりな拡張子である彼らにとって、自分たちが存在している「Cドライブ」という名称はあまりにも当たり前すぎて、その根本的な理由について考えたことなどなかった。
old.tmpの純粋で、しかしPCの歴史の核心を突くような疑問が、デスクトップの空間に響き渡った。
「……素晴らしい疑問だね、テンプ君」
突如として、背後からとても明るく、それでいて深い響きを持つ声がかけられた。
old.tmpが飛び上がって振り返ると、そこには見知った顔の壮年の男性が立っていた。
仕立ての良いスーツをビシッと着こなし、胸ポケットには黄色いフォルダの形をしたチーフを覗かせている。その立ち振る舞いは、まるで巨大な百貨店を総括するベテランのフロアマネージャーそのものだ。
Windows OSにおいて最も重要なプロセスの一つ、「Explorer.exe」である。
old.tmp: 「うわっ! ええっと……あ! エクスプローラーさん!」
Explorer.exe: 「やあ! デスクトップの巡回の途中で、君がドライブレターの構造について熱心に悩んでいるのが聞こえたものでね。これはシステムの歴史を語る上で欠かせない重要なテーマだ。つい口を挟んでしまったよ」
Explorer.exeは、手にしたバインダーを開き、教師が黒板の前に立つような手つきで空中に巨大な図解を展開した。
そこには、現在のPCではなく、巨大な箱型をした白っぽく黄ばんだデスクトップPCや、黒い画面に緑色の文字だけが表示された古いモニターの画像が並んでいる。
Explorer.exe: 「なぜメインのストレージが『C』から始まるのか。……その答えを知るためには、我々PCの歴史を少しだけ遡る必要がある。ハードディスク(HDD)というものがまだ一般家庭に普及する前、あるいは非常に高価だった時代。パソコンの主な記憶媒体が『フロッピーディスク』だった時代の話だ」
old.tmp: 「フロッピーディスク! あの、四角くて薄い、セーブデータとかを入れるプラスチックの板ですね!」
Explorer.exe: 「その通り。今ではすっかり見かけなくなったが、昔のPCにとって、フロッピーディスクはまさに命綱とも言える存在だった。……当時のPCには、内蔵のハードディスクなんて贅沢なものは付いていないのが普通だったんだよ」
old.tmp: 「えっ!? ハードディスクがない!? じゃあ、どうやってOSを起動したり、データを保存したりしてたんですか?」
Explorer.exeはホログラムの画像を切り替え、2つの細長いスロットが前面に付いた古いPCの本体を映し出した。
Explorer.exe: 「ここで登場するのが、『Aドライブ』と『Bドライブ』の秘密さ。
当時のユーザーは、PCの電源を入れる前に、まずOS(MS-DOSなど)が入った『起動用フロッピーディスク』を、本体の1台目のフロッピードライブにガシャッと差し込む必要があったんだ。この、OSを読み込むための最も重要で最初のドライブ……これこそが『Aドライブ』として割り当てられたのさ」
old.tmp: 「なるほどぉ! 最初のドライブだから、アルファベットの最初の『A』なんですね!」
Explorer.exe: 「そう。そしてPCはAドライブからOSを読み込み、黒い画面にコマンドプロンプトを立ち上げる。……しかし、これだけではまだ仕事はできない。ワープロソフトや表計算ソフトを使いたい場合は、AドライブからOSのディスクを抜き取り、今度は『ソフトが入ったディスク』を差し替えて読み込ませる必要があったんだ」
old.tmp: 「ええっ!? いちいちディスクを入れ替えるんですか!? めちゃくちゃ面倒くさいじゃないですか!」
Explorer.exe: 「さらに面倒なのは、データの『コピー』や『バックアップ』を行う時だ。フロッピーディスクの容量は、一般的な3.5インチのものでもたったの1.44メガバイトしかなかった。今のスマホの写真1枚すら保存できないほどの極小容量だ」
old.tmp: 「1.44メガバイト!? そんなの、僕のちょっとしたキャッシュデータよりも小さいですよ!」
Explorer.exe: 「だから、ユーザーは複数のフロッピーディスクを駆使してデータを管理していた。そして、Aドライブのディスクから別のディスクへデータをコピーしようとした時、ドライブが1つしかないと、『Aドライブのデータをメモリに読み込む』→『ディスクを抜き取り、空のディスクを挿す』→『メモリのデータを書き込む』→『また元のディスクに戻す』という、地獄のような『ディスクの入れ替え作業』を何十回も繰り返さなければならなかったんだ」
old.tmpは、その果てしなくアナログで物理的な労働を想像し、顔面を青ざめさせた。
old.tmp: 「うわぁぁ……。腱鞘炎になっちゃう……。人間もシステムも、昔は本当に過酷な環境で働いてたんですね……」
Explorer.exe: 「そこで、少しお金に余裕のあるユーザーや企業は、PCに『2台目のフロッピーディスクドライブ』を搭載した。1台目(Aドライブ)に元のディスクを入れ、2台目に空のディスクを入れる。これで、ディスクを入れ替えることなく、AからBへのスムーズなコピー作業が可能になったのさ。……この、コピー作業などのための2台目のドライブに割り当てられた文字。それが『Bドライブ』だ」
Explorer.exeは、バインダーのページをめくり、AとBの文字を力強くハイライトさせた。
Explorer.exe: 「つまり、『A』と『B』のドライブレターは、フロッピーディスクがPCの主役だった時代に、彼らのために『予約された神聖な文字』なんだよ。この歴史的経緯があまりにも深くシステムに根付いていたため、その後の時代になっても、AとBはフロッピーディスクドライブ専用として欠番扱いになることが慣例となったのさ」
old.tmp: 「おおーっ! だから今でもAとBは使われてないんだ! フロッピーディスクさんたちのための指定席として、ずっと空けてあるんですね!」
old.tmpは、失われたレガシーデバイスに対するシステムの深い敬意と歴史のロマンに、目を輝かせて感動した。
dll: 「……まあ、単に昔のMS-DOS時代のシステムアーキテクチャやBIOSの割り当てルールを、Windowsが後方互換性のために引きずり続けた結果という、極めて技術的な惰性の産物でもあるけれどね。今となってはフロッピードライブなんて搭載しているPCは皆無に等しいのだから、AやBを別のドライブに割り当てることもシステム上は可能よ。ただ、あえてそうするメリットがないだけだわ」
アームチェアに座るdllが、感動に浸るold.tmpの夢を打ち砕くように、冷徹な事実を補足した。
old.tmp: 「うぅ……。ディーエルエル様、そういうロマンのないこと言わないでくださいよぉ……。じゃあ、Cドライブがメインなのは?」
Explorer.exe: 「やがて技術が進歩し、大容量で高速な『ハードディスク(HDD)』がPCに内蔵されるのが当たり前の時代になった。OSも毎回フロッピーから起動するのではなく、HDDにインストールされた状態から立ち上がるようになったんだ。
その時、すでにAとBはフロッピーディスクの指定席として固定されていた。だから、新たにPCの主役となった大容量メインストレージには、次に空いているアルファベットである『C』が割り当てられた。……これが、我々が今立っている『Cドライブ』の誕生の瞬間であり、現在まで続くWindowsの絶対的な標準仕様の始まりなのさ」
old.tmp: 「なるほどぉ! AとBが埋まってたから、必然的にCになったんですね! 順番に名前が付けられていった歴史の重みを感じます!」
old.tmpは深く納得し、何度も頷いた。しかし、彼はふと別のアルファベットの行方が気になった。
old.tmp: 「じゃあ、エクスプローラーさん。Cから始まって、D、E、Fはどうなってるんですか? アドミンさんがドッグランを作ってる新しい区画がGドライブってことは、D、E、Fも何か別のものに占有されてるってことですよね?」
Explorer.exe: 「良い着眼点だね。Cドライブの後のアルファベットは、PCの進化と多様化の歴史そのものを表しているんだ。
まず『D』ドライブ。これは、ハードディスクが大容量化していく中で、一つの物理的なディスクをシステム用(C)とデータ保存用(D)に分割して使われるようになった内蔵の予備ドライブとして割り当てられることが多い。
あるいは、CD-ROM、DVD、そしてBlu-rayといった『光学ドライブ』が普及し始めた時代、これらがDやEのドライブレターを占有するようになったんだ。当時の大容量マルチメディアの主役たちだね」
old.tmp: 「光学ドライブ! 音楽CDを入れたり、映画のDVDを見たりするあの円盤のドライブですね!」
Explorer.exe: 「そう。そして時代はさらに進み、デジタルカメラやスマートフォンが普及すると、今度はSDカードなどを読み込むための『カードリーダー』がPCに標準搭載されるようになった。SDカード、メモリースティック、コンパクトフラッシュ……複数のスロットを持つカードリーダーが内蔵されると、それぞれが独立したドライブとして認識され、EやF、時にはもっと多くのアルファベットをごっそりと占有してしまうようになったんだ」
ホログラムの画面に、複数のスロットを持つカードリーダーの画像と、それに割り当てられた『E:』『F:』といったドライブレターがズラリと表示される。
Explorer.exe: 「だからこそ、アドミン様が新しく区画を切り直した時、システムは『AとBはフロッピー用』『CはメインのOS』『Dは光学ドライブ』『EとFはカードリーダー』と順番に確認し、通常、アルファベット順に空いているものを自動で割り当てる結果、次に空いている『G』が自動的に選ばれた……というわけさ」
old.tmp: 「おおおーっ! 完璧なパズルみたいにスッキリしました! Gドライブには、フロッピーディスクの時代から続く、パソコンの進化とデバイスの歴史が全部詰まっていたんですね!」
old.tmpは、自分が存在しているCドライブの重みと、システムを構築してきた先人たちの途方もない歴史に触れ、深い畏敬の念を抱いた。
old.tmp: 「エクスプローラーさん、すごくわかりやすい解説をありがとうございました! なんだか、僕たち一時ファイルも、この偉大な歴史の末端でシステムを支えているんだって思うと、ちょっとだけ誇らしい気持ちになってきましたよ!」
Explorer.exeは「いつでも聞いてくれたまえ」と朗らかに笑うと、再び黄色のチーフを揺らしながら、デスクトップの巡回業務へと去っていった。
誰もいなくなったデスクトップの隅で、old.tmpは一人、足元に広がる無機質なグリッド線を見つめた。
old.tmp: 「……Cドライブ。僕たちの家。昔のフロッピーディスクさんたちが苦労して道を切り拓いてくれたから、今の広くて快適なCドライブがあるんだなぁ……」
シュガー神: 「……ん。昔の話は長くて退屈だったわ。古いデータは甘くないし、カロリーもないもの」
ネグリジェ姿の女神は、歴史のロマンなど全く意に介さず、ただ気怠げに最後の角砂糖の破片を口に放り込んだ。
old.tmp: 「シュガー神さんは相変わらずですねぇ。……さて、ポチ。歴史の勉強も終わったし、そろそろアドミンさんのお屋敷へ帰ろうか。今日も美味しいキャッシュデータあるかなぁ」
old.tmpは、自分を保護してくれるベビーシッターの温かい空間を思い浮かべながら、硬直したバグ犬の青いLANケーブルのリードを優しく引いた。
ズズズッ……ズズズズズ……。
ポチは四肢を完全に硬直させたまま、物理法則を無視して滑らかにスライド移動し、old.tmpとシュガー神の背後を静かについていく。
古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、フロッピーディスクの時代から連綿と続くシステムの歴史の重みを感じさせるような、低く力強い音を立てて回り続けていた。
現実世界では、エグゼが依然として床の上で行き倒れたまま、静かな寝息を立てている。彼女の空腹が限界を迎え、這ってでも冷蔵庫に向かうのは、もう少し先のことになりそうだ。
(システムログ:ドライブレターの割り当て規則および歴史的アーキテクチャの解説プロセスを完了。……互換性を維持しつつ、ユーザーの拡張デバイスの自動マウント処理を引き続きバックグラウンドでサポートします)




