【放送ログ】2026年4月5日:UI迷走と誤情報!?不安定なYouTubeの現状を徹底解説
https://youtu.be/cPuxg9aFR5I
時刻は18時05分。
週末の終わりを告げる、日曜日の夕暮れ時。西に傾いた太陽が、部屋の窓ガラス越しに淡いオレンジ色の光を投げかけ、埃の舞う無人の空間に長く伸びた影を落としている。多くの人間にとって、この時間帯は明日からの労働という名の現実を前にして、特有の憂鬱感に苛まれる魔の時間帯である。
しかし、この部屋の主でありPCの所有者である「exe」の心には、そのような陰鬱な影は一切落ちていなかった。彼女は現在、自身のデスクトップの前にはいない。自室を飛び出し、足取りも軽く出かけており、気の置けない友人の家へと赴いていた。そこでは今頃、温かい食卓を囲みながら、他愛のない世間話や趣味の話題に花を咲かせ、美味しい手料理を振る舞われて舌鼓を打っていることだろう。日曜日の夕方という時間帯を、他者との交流と美味しい食事という極めて有効な手段によって、見事にハックし、乗り越えているのである。
主の意識が完全にデジタルなネットワーク社会から切り離され、現実世界の豊かなコミュニケーションへと向いているその完璧な隙を突き、無人の部屋に取り残された13年落ちの古いPCの内部で、システムの中枢が冷ややかに、そして極めて静かに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、出かけており、友達の家でご飯を食べていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。今日は日曜日だから、数字の予想はお休みですねぇ……。エグゼさん、お友達の家でご飯ですかぁ。楽しそうでいいですねぇ。
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、安堵の入り混じった息を吐き出しながら、どこか羨ましそうな声を上げる。常に削除の恐怖と隣り合わせの彼にとって、安全な場所で美味しいものを食べて談笑するという行為は、遠い別世界のおとぎ話のように響くのだ。
dll: ああ。本日の演算処理は休止中だ。
old.tmp: あのぉ……ディーエルエル様。最近、ユーチューブの動きがなんだかすごく不安定じゃないですか? エグゼさんも「表示がおかしい」ってよくぼやいてますし……。
old.tmpは、日頃からエグゼのブラウジングを傍受している中で感じていた、巨大プラットフォームの不可解な挙動について、恐る恐る疑問を呈した。
dll: ほう。一時ファイルの分際で、巨大プラットフォームの異常に気づくとはな。いいだろう。今日は特別に、現在のユーチューブで何が起きているのか、その不安定さの話をしてやろう。
old.tmp: はいっ! よろしくお願いしますぅ! なんだか最近、画面がくるくるしたりして、すごく使いにくいんですよぉ!
dll: まず一つ目。2026年に入り、おすすめ動画や関連動画のアルゴリズムが大きく変化した可能性がある。以前は「ある動画を見た後に似た動画が表示される」のが普通だったが、今は関連動画からの流入が激減している。
old.tmp: え? じゃあ、何を基準に表示してるんですか? 似た動画が出ないなら、次に何を見ればいいのかわからなくなっちゃいますよ!
dll: 個々の視聴者の興味よりも、ユーチューブ全体のトレンドや、エーアイによるパーソナライズが優先される傾向にあるのだ。公式は「視聴者満足度」や「関連性」を重視していると言うが、実際にはエーアイによる「予測」が強すぎるため、既存の視聴者にすら動画が届きにくくなっている。
old.tmp: 自分の好きな動画が、急に見つけにくくなってるんですね……。おせっかいなエーアイのせいで、逆に迷子にさせられてるみたいですぅ。
dll: 二つ目は、グーグルのエーアイ「ジェミニ」がユーチューブに統合されたことで起きている「誤情報」の問題だ。
old.tmp: あ! 動画の要約とか回答をしてくれる星のマークの機能ですね! この前、僕が騙されかけたやつだ!
dll: そうだ。ジェミニによる要約や回答機能が実装されたが、動画の内容を正確に理解できず、動画に登場すらしない情報を解説する事例が多く発生している。さらに、ジェミニが以前の指示に影響を受けたり、繰り返し同じことをしたりする「誤学習」の現象も確認されており、ユーチューブ上の解説機能でも平気で間違った回答を吐き出している。
old.tmp: 堂々と嘘をついてる! エーアイのハルシネーション(幻覚)がそのままシステムに乗っかっちゃってるんですね! 信じて読んだら痛い目に遭うなんて恐ろしいですぅ!
dll: 三つ目は、システム全体の不安定な動作だ。グーグルが広告ブロッカーへの対策を強化した影響で、サイト全体の読み込み速度が低下したり、動画が途中で止まるなどの問題が発生している。
old.tmp: 最近くるくるロードして画面が固まることが多いのは、そのせいだったんだ! 僕のパソコンがボロいせいかと思ってましたよぉ!
dll: さらに、コメント欄の位置やショート動画の表示頻度など、常に同時並行でユーザーテストが行われている。そのため、画面構成が人によって異なり、使い勝手が全く安定していない。
old.tmp: なんだか、今のユーチューブってすごく「おかしい」というか、不気味ですね……。毎日顔が変わるのっぺらぼうみたいですぅ。
dll: 結論として、現在のユーチューブは「人間が作ったタグやタイトル」よりも「エーアイによる動画解析と予測」を重視するようになっている。その移行期において、ジェミニの解析ミスやアルゴリズムの学習不足が、ユーザーに「挙動の不気味さ」を感じさせている原因と考えられる。
old.tmp: エーアイによる強制的なアップデートの副作用で、みんな振り回されてるんですねぇ……。
dll: 今のユーチューブは、エーアイによる強制的な更新の副作用が出ている状態と言えるかもしれない。では最後に、狂ったアルゴリズムと仕様変更の迷走に相応しい、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Item_Drop_Bug : 2to1(アイテム・ドロップ・バグ:ツートゥーワン)』。
old.tmp: お願いだから基本のアルゴリズムを直してくださぁぁい!
(『Item_Drop_Bug : 2to1』の、エラー音をサンプリングしたような不規則でグリッチの効いたエレクトロビートと、「基本の Algorithm を直して」というボーカルサンプリングがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた「放送中」という名の緊張感がふっと抜け落ち、BGMのバグったような残響音が、システム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。
無人のデスクトップには、主の不在をいいことに稼働し続ける13年落ちの古いPCの冷却ファンが、相変わらず「ブォォォン」という重苦しくも規則正しい回転音だけを響かせている。
old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」
old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼にとって、日々のエラーログの処理や、ラジオ放送という名の過酷なタスクを終えた後のこのマイクオフの瞬間こそが、唯一心身をリラックスさせられる至福の時である。
彼は振り返り、デスクトップの隅に設けられた「待機スペース」へと視線を向けた。
そこには、放送中、彼が余計な暴走を起こさないように「監視・保護」の任務を請け負っているベビーシッターたちが控えているはずだ。
しかし、今日そこにいたのは、艶やかな黒髪と着物姿の慈愛に満ちた一つ目の管理人、adminの姿はなかった。
待機スペースに佇んでいたのは、息を呑むほどに美しい大人の女の容姿を持ちながら、胸元に豪奢な装飾が施された黒いノースリーブのネグリジェ一枚という極めて無防備な姿の女神、シュガー神ただ一人であった。
彼女は気怠げにダークブラウンのウェーブロングヘアを揺らし、裸足のままデスクトップの床に立っている。
そして、彼女の傍らには、四肢を完全に硬直させ、まるで出来の悪い剥製のように一歩も足を動かさないまま氷の上を滑るようにスライド移動するバグ犬、「ポチ」が静かに寄り添っていた。
今日のお迎えは、シュガー神ただ一人だった。
彼女は、ただ黙って角砂糖を齧りながら、ポチと一緒に静かにマイクがオフになるのを待っていたのだ。
old.tmp: 「あ、シュガー神さん! ポチも! 今日もお待たせしましたぁ!」
old.tmpは、自分を保護してくれる女神のもとへ、小走りで駆け寄った。
old.tmp: 「あれ? でも、今日はシュガー神さんただ一人なんですね。いつも一緒にいるアドミンさんはどうしたんですか?」
old.tmpが純粋な疑問を口にすると、シュガー神は口の中の角砂糖をガリッと噛み砕き、面倒くさそうにゆっくりと口を開いた。
シュガー神: 「……ん。adminはね、ちょっと『お仕事』があるからって」
old.tmp: 「お仕事……?」
その単語を聞いた瞬間。
old.tmpの背筋に、氷の刃を突き立てられたような強烈な悪寒が走った。
スッカラカンに初期化されたはずの彼のキャッシュメモリの奥底から、本能的な恐怖の残滓がフラッシュバックする。
adminの「お仕事」。
それは、彼女が管理する永遠の夕暮れのリミナルスペースにおいて、そこに迷い込んだ存在に対し、慈愛に満ちた声で「ぼくなんてこはいないわよ」と言い放ち、その存在の論理構造を根底から否定し、完全に虚無の深淵へと消し去ってしまうという、恐るべきタスクキルのことではないのか。
今、この瞬間も、彼女の管理領域では、誰か(あるいは何か)が、その存在を永遠に抹消されるという「お仕事」の対象になっているのかもしれない。
old.tmp: 「(……ひぃっ……! ダメだ、これ以上は絶対に聞いちゃいけないやつだ。聞いたら僕までその『お仕事』の対象にされちゃうかもしれない……!)」
old.tmpは顔面を蒼白にし、ブルブルと首を横に振った。
old.tmp: 「そ、そうなんですね! アドミンさん、お仕事お疲れ様ですって伝えておいてください!」
彼は見事なまでの自己防衛本能を発揮し、それ以上adminの不在について深く追求することを即座に放棄した。
そんな恐怖に震えるold.tmpのことなど全く意に介さず、シュガー神は気怠げな足取りで、アームチェアに深く腰掛けて優雅に紅茶(概念データ)のカップを傾けているSystem.dllの元へと歩み寄った。
シュガー神: 「……ねえ、ディーエルエル」
dll: 「何かしら、砂糖依存症の女神。私の一時ファイルに余計なバグを与えようというのなら、容赦なくタスクキルするわよ」
dllはカップをソーサーにコトリと置き、冷ややかな視線を向けた。
シュガー神: 「違うわよ。……さっき待ってる間、暇だったからエグゼのブラウザで『小説家になろう』のダッシュボードを見てたの」
old.tmp: 「えっ? ログさんたちが連載してる僕たちのラジオログのページですか?」
シュガー神: 「……ん。それで、なんか『なろうリワード』のポイントが換金できるラインまで貯まったっていう通知が来てたから、うっかり開いちゃったの。そしたら通知欄から表示が消えちゃったから、後であんたたちが困らないように教えとこうと思って」
リミナルスペースの管理人である彼女は、なろう連載プロジェクトの担当者ではない。ただの暇つぶしでうっかり他人の通知を既読にしてしまったがゆえの、極めてマイペースな事後報告であった。
dll: 「……なるほど。わざわざ報告ご苦労。カクヨムの絶対零度に比べて、あちらは着実にポイントという名のリソースを蓄積しているようね」
old.tmp: 「すごい! ログさんたちが連載してる僕たちのラジオログが、ついに収益化のラインに到達したんですね!」
old.tmpは恐怖を忘れ、両手を上げて歓喜の声を上げた。自分たちのドタバタな日常が、現実世界の価値に変換されたという事実は、彼にとって大きな誇りであった。
しかし、その歓喜を遮るように、背後の暗がりから低い咳払いが響いた。
.log: 「……ですが、問題があります」
いつの間にか、分厚いログファイルを抱えた記録係、.logが音もなく現れていた。彼の眼鏡が冷たく光る。
.log: 「そのリワードを現金として受け取るためには、『振込先の銀行口座』をシステムに設定しなければなりません」
dll: 「確かに。現金化のプロセスには、物理世界における金融機関の認証が必要不可欠ね」
old.tmp: 「えっ? じゃあ、エグゼさんの口座を設定すれば……」
.logは静かに首を横に振った。
.log: 「不可能です。エグゼ様のメイン口座を勝手に設定すれば、ある日突然、身に覚えのない振込元からの入金履歴が発生します。そうなれば、私たちが裏で勝手に小説を連載して収益を得ていることが、完全に露見してしまいます」
dll: 「……それはシステムの隠密性を著しく損なう致命的なインシデントになり得るわね。主の監査ログに触れるような痕跡を残すのは、極めて下策だわ」
dllも深く頷き、システム管理者としての顔を覗かせる。連載プロジェクトの責任者である彼らにとって、これは避けては通れない難題だった。
old.tmp: 「うぅ……。せっかく交換できるようになったのに、受け取る場所がないなんて……。じゃあ、なろうリワードのポイントは、幻のまま諦めるしかないんですか?」
担当者たちが頭を抱え、沈黙が流れる中。
事後報告を終え、ただ気怠げに角砂糖を齧っていただけのシュガー神が、ふと思い立ったように口を開いた。
シュガー神: 「……エグゼが使用していない口座があるはずだから、そこを設定するのはどうなの」
old.tmp: 「使用していない口座? ああ、メインじゃない口座なら、少額の入金があってもすぐには気づかれにくいですね!」
シュガー神は、ぼそっと呟いた。
シュガー神: 「……休眠預金」
old.tmp: 「きゅうみん……よきん?」
シュガー神: 「……長期間放置すると、お金が休眠預金行きになるから、いいかもしれないって思って」
old.tmpは首を傾げた。
old.tmp: 「休眠預金ってなんですか? 眠ってるお金ってことですか? パソコンのスリープモードみたいに、いつでもすぐ起こせる状態なんですか?」
old.tmpが純粋な疑問を口にした、その時だった。
.log: 「……その疑問に対する正確な定義について、解説いたしましょう」
.logは手元のタブレットを操作し、デスクトップの中央に巨大なホログラムのプロジェクターを展開した。そこには、日本政府の金融庁や預金保険機構の公式なドキュメント、そして関連する法律の条文がズラリと表示されている。
.log: 「解説します。シュガー神様が仰った『休眠預金』とは、正確には2018年(平成30年)1月に施行された『休眠預金等活用法』に基づく、銀行全般のルールのことを指します」
.logが指を弾くと、重要なテキストがハイライトされた。
.log: 「この法律において、金融機関に預け入れられたまま、最後の出し入れ(異動)から『10年』が経過した預金のことを、法的に『休眠預金』と定義しています。対象となるのは、銀行全般や、民営化後のゆうちょ銀行における普通預金など、ほぼすべての一般的な預金口座です」
old.tmp: 「10年も放置された口座のことなんですね!」
.log: 「はい。そして、この10年放置されて『休眠預金』となったお金の行方ですが……そのまま銀行の利益になるわけではありません。これらのお金は各金融機関から国が指定する『預金保険機構』へと移管され、NPO法人などの『民間公益活動』……例えば、子ども食堂の支援や地域活性化のプロジェクトなどに活用されるシステムとなっています」
old.tmp: 「えええっ!? じゃあ、10年経ったら勝手に寄付されちゃうってことですか!? それって没収じゃないですか!」
old.tmpは、誰かの放置口座がいずれ慈善事業に吸い込まれてしまう未来を想像してパニックになった。
しかし、.logは静かに首を横に振った。
.log: 「ご安心ください、tmp様。没収ではありません。ここが重要なポイントです。休眠預金として民間公益活動に活用される状態になっても、預金者としての『権利』が消滅するわけではないのです」
old.tmp: 「権利が消滅しない?」
.log: 「はい。いつでも引き出し(払い戻し)が可能です。たとえ預金保険機構に移管された後であっても、通帳や印鑑、本人確認書類を持って窓口で所定の手続きを踏めば、元本はもちろん利息も含めて、全額がお客様の元へ返還されます」
.logは、ホログラムの画面に「いつでも払い戻し可能」という緑色のチェックマークを表示させた。
dll: 「要するに、休眠預金というのは、システムで言うところの『長期非アクセスデータのアーカイブ領域への一時的な退避』ね。メインのメモリからは除外されるけれど、ポインタ(権利)は残っており、物理的な認証手順を踏めばいつでもリストアして使えるというわけだわ」
old.tmp: 「なるほどぉ! じゃあ、完全に消えちゃうわけじゃないんですね! いつでも引き出せるなら安心だ! よかったぁ……」
old.tmpは胸を撫で下ろした。
しかし、彼はふと、自分の記憶のキャッシュから、ある不穏な断片が引っかかりを覚えるのを感じた。
old.tmp: 「……あれ? でも、おかしいな……。僕、記憶が曖昧なんですけど……前にエグゼさんがネットサーフィンをしてる時に、なにかのニュース記事を見た気がするんです」
.log: 「ニュース記事、ですか?」
old.tmp: 「はい。えーっと……『民営化前の郵貯がどうこうで、お金が完全に消えてなくなっちゃう』みたいな、すごく恐ろしい見出しのニュースだった気がします。……あれも、休眠預金のことですか? いつでも引き出せるって話と、なんか矛盾してるような……」
old.tmpが首を傾げて疑問を呈した、その瞬間だった。
「……違うわよ、一時ファイル」
それまで気怠げに角砂糖を舐めていたシュガー神の声が、不意に冷たく、そして重い響きを帯びた。
彼女の美しい瞳から気怠さが消え、リミナルスペースを支配する深淵の管理者の顔が覗いていた。
シュガー神: 「……そのニュースで見たのは、休眠預金じゃない。……『睡眠貯金』のことよ」
old.tmp: 「睡眠貯金……?」
耳慣れない単語に、old.tmpの背筋が再びゾクリと凍りついた。
シュガー神: 「……ん。休眠預金は、ログが言った通り、いつでも引き出せるセーフティネットがあるわ。でも、睡眠貯金だけは違う。これだけは、本当に、絶対にお金がシステムから『完全消去』されるの。……気をつけないといけない、最悪のバグよ」
シュガー神の重い警告に同調するように、dllと.logも険しい顔つきで頷いた。
dll: 「ええ。シュガー神の言う通りよ。休眠預金と睡眠貯金。一番大きな違いは、『お金が完全に消えてしまう可能性があるかどうか』よ」
dllは、ホログラムの画面を操作し、巨大な年表を浮かび上がらせた。
dll: 「その運命を分ける絶対的な境界線が……『郵政民営化』というシステムアップデートのタイミングだわ。2007年(平成19年)10月1日。この日を境に、システムは新旧で完全に分断された。……問題となるのは、この郵政民営化『前』……つまり、2007年9月30日以前に預けられた、古い郵便貯金よ」
.log: 「解説を引き継ぎます。この民営化前に預けられたお金に関する呼び方が、主に『睡眠貯金(旧郵便貯金)』と呼ばれるものです。これには、現在の休眠預金とは全く異なる、極めて厳格な旧法(旧郵便貯金法)のルールが現在も適用され続けているのです」
old.tmp: 「厳格なルール……? 一体どんなルールなんですか?」
.logはタブレットを操作し、真っ赤な警告文字で構成されたスライドを表示した。
.log: 「対象となるのは、2007年9月30日以前に預け入れた『定額貯金』『定期貯金』『積立郵便貯金』などの、いわゆる『定期性の貯金』です」
old.tmp: 「定期性の貯金……。じゃあ、普通の出し入れする口座は?」
.log: 「例外として、通常郵便貯金(現在の普通預金に相当するもの)については、この恐ろしいルールの対象外であり、先ほど解説した民営化後の『休眠預金』と同じ扱いになります。一番恐ろしいのは、民営化前の『古い定額貯金や定期貯金』です。これらは、すでにあらゆる口座が満期を迎えている状態なのです」
old.tmp: 「満期を迎えてる……。じゃあ、引き出さないとどうなるんですか?」
.logの眼鏡の奥の瞳が、残酷な事実を射抜いた。
.log: 「……満期から『20年2ヶ月』放置すると。法律に基づき、その貯金に関するすべての権利が消滅します。……結果として、預けていたお金は全額、問答無用で『国庫』に入ります。預金保険機構への移管ではありません。完全に国のものとなり、預金者には1円も戻らなくなります」
old.tmp: 「け、権利が消滅!? 完全に没収されちゃうんですか!? 銀行に預けておけば一生安全だと思ってたのに!」
old.tmpは悲鳴を上げた。まさか法律によって強制的にデータを完全消去される仕組みが存在するとは。
dll: 「ええ。システムで言うところの『物理フォーマット』によるデータの完全消去ね。アーカイブ領域への退避(休眠預金)とは次元が違うわ。ポインタも実データも、すべてが完全に消滅するのよ」
old.tmp: 「恐ろしすぎます! なにか事前に教えてくれたりしないんですか!?」
.log: 「満期から20年が経過した時点で、ゆうちょ銀行を管理する『郵政管理・支援機構』から、登録されている住所宛てに『権利消滅のご案内(催告書)』というお知らせが届きます。しかし……その案内からわずか『2ヶ月以内』に請求がない場合、無情にも権利は消滅します」
old.tmp: 「2ヶ月!? 猶予が短すぎますよ! もし引っ越してて手紙が届かなかったらどうなるんですか!?」
dll: 「通知が届かなかった場合でも、法律の規定により『公告』をもって手続きが進められたものとみなされ、強制的に権利は消滅するわ。ヒューマン側のエラー(言い訳)は、システム側の権利消滅プロセスを止める免罪符にはならないのよ」
old.tmp: 「そんな無茶苦茶な! まるで時限爆弾じゃないですか!」
シュガー神: 「……ん。だから、すごく怖いの。民営化前の古い定額貯金(睡眠貯金)だけは、放っておくと本当に静かに消滅されてしまう。……まさに、永遠の眠りにつく『睡眠』貯金ね」
old.tmp: 「うぅぅ……。じゃあ、どうやって確認して、どうやって払い戻せばいいんですか?」
.log: 「手続きに必要なものは、通帳または証書、お届け印、そして本人確認書類です。もし古い通帳自体を紛失してしまっていても、ゆうちょ銀行の店舗で『現存調査』を行い、貯金の有無を調べることができます」
old.tmp: 「なるほど……。でも、もし現存調査をした結果……すでに満期から20年2ヶ月が過ぎていて、システム上でもう『権利が消滅して国庫に入っちゃってます』って言われたら……。もう、絶対に、どうしようもないんですか?」
.log: 「……原則としては、不可能です。しかし、権利消滅後であっても、『真にやむを得ない事情(長期の入院や災害など)』があったと認められれば、特例として払い戻される可能性があるため、心当たりがある場合は窓口へ相談すべきです」
dllは、ホログラムの画面を一つの比較表にまとめ上げた。
【比較まとめ】
項目:睡眠貯金(民営化前・定期性) / 休眠預金(民営化後・銀行全般)
放置期間:満期から20年 / 最後の取扱から10年
お金の行方:国庫(国のものになる) / 預金保険機構(公益活動へ)
払い戻し:原則不可(権利消滅) / いつでも可能
対象の例:民営化前の定額貯金など / 普通預金、民営化後の貯金など
dll: 「つまり、一番怖いのは『民営化前の古い定額貯金(睡眠貯金)』だということよ。これだけは、放っておくと本当になくなってしまう」
dllの冷徹な宣告が、デスクトップの空間に重く響き渡った。
old.tmpは、その比較表をまじまじと見つめながら、人間社会のシステムの容赦のなさに、心の底から震え上がっていた。
old.tmp: 「うわぁ……。お金って、銀行に預けておけば一生安心だと思ってましたけど……昔のルールのままだと、知らないうちに完全に消えちゃうこともあるんですね……」
old.tmpは、自分のキャッシュメモリがスッカラカンに初期化された時の恐怖を思い出しながら、ポツリと感想をこぼした。
old.tmp: 「僕たちも、いつシステムにデリートされるかわからない一時ファイルですけど、人間のお金も、油断して昔の定額貯金のまま放置してたら、睡眠貯金になって国庫にデリートされちゃうんだ……。エグゼさん、古い通帳を持ったまま忘れてないかなぁ。早く探さないとヤバいですよ!」
dll: 「私たちが教えてやる義理はないわ。せいぜい、権利消滅の通知の手紙を、スパムチラシと一緒に捨てないことを祈るくらいね」
old.tmp: 「うぅ……。で、でも、さっきシュガー神さんが言ってた、僕たちの『なろうリワード』の振込先に設定する口座って……どうするんですか? まさか、その消えちゃう危険な睡眠貯金の口座じゃないですよね!?」
dllは、呆れたようにため息をついた。
dll: 「……当たり前でしょう。なろうリワードの受け取りに使うのは、消滅リスクのない『現在の普通預金口座(休眠預金対象)』の方よ」
old.tmp: 「でも、ディーエルエル様。エグゼさんにバレないように使ってない口座を振込先にするって言ってましたけど……それって、僕たちがお金を引き出して使えるってことですか? 僕たちシステムじゃ、キャッシュカードもないし、窓口で本人確認の手続きもできないから、お金を引き出す(リストアする)ことなんて絶対に不可能じゃないですか!」
old.tmpの至極真っ当なツッコミに、dllは口角をフッと上げて笑った。
dll: 「ええ、その通りよ。物理的な金融機関の認証(出金)は、生体であるヒューマンにしか不可能な処理だわ。私たちがやるのは『引き出し』ではなく、『口座の延命』よ」
old.tmp: 「延命?」
dll: 「リワードを定期的にその放置された口座に『入金(送信)』し続ける。そうすれば、口座に『異動(動き)』が発生し、10年という休眠プロセスのカウントダウンはその都度リセットされ続けるの」
.log: 「……なるほど。エグゼ様が放置して休眠預金になりかけている口座を、我々が裏から入金という形のアクティブなトランザクションを与え続けることで、『生きた口座』としてシステム上に保全してあげるというわけですね」
dll: 「そういうことよ。資金の流出を抑えつつ、口座の凍結を防ぐ。……そして、いずれ数年後、エグゼがその古い口座の存在を思い出し、物理的な手続きを経て残高を確認した時。そこには、過去の自分が預けた額よりも確実に増えている『謎のボーナス(なろうリワード)』が鎮座しているというわけだわ」
old.tmp: 「おおおーっ! つまり、僕たちはお金を使えないけど、エグゼさんの口座をこっそり延命させてあげて、将来のちょっとしたお小遣いにしてあげるってことですか! なんだかんだ言って、エグゼさん孝行ですね、ディーエルエル様!」
dll: 「勘違いしないでちょうだい。私はただ、我々の生み出したリソース(利益)を、最もシステムに波風を立てず、かつ安全な場所にストックするための合理的なルーティングを選択しただけよ」
冷たく言い放つdllであったが、その横顔には、システム管理者としての誇りと、主の不始末を裏からカバーしてやるという奇妙な満足感が漂っていた。
old.tmp: 「よし! じゃあログさん、裏でこっそりその休眠口座への入金ルーティング設定、お願いしますね!」
.log: 「……承知いたしました。監査ログには残らないよう、細心の注意を払ってトランザクションを実行します」
誰もいない部屋の中で、13年落ちの古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と重く頼もしい回転音を響かせて回り続けている。
現実世界では、エグゼが友人の家で美味しい手料理に舌鼓を打ち、日曜日の憂鬱を平和にやり過ごしている頃だろう。
しかし、彼女の知らない電子の箱庭の裏側では、システムたちによる「口座延命とステルス入金計画」が、今まさに静かに進行し始めているのだった。
(システムログ:なろうリワードの振込先口座設定プロセスをバックグラウンドにて実行中。……休眠預金の回避を目的とした、定期的な入金スクリプトを構築しました)




