Ⅱ-34:前門の蜥蜴・後門の炎
「……んで、燃やしたってわけなんです。ですがきちんと魔法陣も撤収しましたよ」
「結局火をつけたのは貴女じゃないの……」
サナトスがあきれたように言う。でも、それは否定できない。けれどあんなに大きくなるほど燃えるような物も無かったよ?
そう考えていると、鼻の長い男が口を開いた。
「サーシャ君、だったね? いくつか確認してもいいかな」
「はい、えーっと……」
「第二旅団長、将軍のコナジ・ベーニだ。まず、君はスコトリア軍の真下を通って行ったんだな? どうして、その時点で見つかることがなかった?」
「スコトリア軍の索敵方法ゆえのものです。彼らの索敵魔術は、十分の一セントル……つまり三リンフト以上かつ術者との距離の一万分の一以上の厚さがないと引っかからないようです」
「その索敵方法自体はわが軍でも使われている魔術だ。だが、吾輩が聞きたいのはそこではない。どうやってその魔術をかいくぐった」
「術者のいる方向に対して三リンフト以上まっすぐ体を伸ばさなければいいだけではないでしょうか?」
「君の胴体とて半フトの厚さはあるだろう?」
コナジは「お前は何を言っているんだ」とでも言いたげな口調でそう問うた。
……あれ? もしかして……。
「サナトス将軍補。私の種族については……」
「まだ話してないわね。……コナジ将軍。私から解説させていただくと、索敵を潜り抜けられたのは彼女の種族的特性によるものです」
「ほう。サーシャ君。君には黙秘する権利があることを先に伝えてから聞こう。君の種族は何だ?」
「いえ、伝えておきます。私は自律人形であるとともに、魔導埃黴でもあります」
「埃、黴……? どうしてそういう複数種族となっているのかは分からんが、君の生物としての姿を見せてもらってもよろしいかね?」
爪の間から菌足を伸ばし掌の上に出し、ついでに{渦水流}の魔法陣を描いて、こうやって魔法陣を発動できることを示す。
それを見ると、コナジは突然大声で笑い出した。
「なるほど、微生物にまで引っかかる索敵魔術など、ノイズが多すぎて使い物にならんわ! サナトス君、先ほどの言葉を訂正しよう。新人傭兵とはいえ、彼女は確かに諜報に回すべき存在だ。全く、第三旅団はどうしてこうもとがった人材ばかり見つけてくるかね?」
「偶然ですよ、コナジ将軍。サーシャも、ラルアも」
そう言うとサナトスは窓の外に目をやった。視線を追えば、そこでは一人の蜥蜴人が、何百ものスコトリアの歩兵を圧倒しているのが見えた。ラルアだ。
その爪は一掻きで十の兵を切り裂き、そのブレスは一吹きで二十の兵を無力化する。
彼女の周りの大地は、文字通り赤く染まっていた。
「いや、何あれ……」
「スコトリアにも善人のいることを考えれば、正直なところあのような無差別な殺戮は控えてほしいのだがな、それで悉く失敗している以上強く出れんのだ」
そう頭を抱えるコナジ。なんだろう、彼からは苦労人の香りがする。
「私も良くは分からないけど、連合からの情報を耳にしてから、あの子は打って変わったようにスコトリアを強く憎み始めたのよね……。あと、サーシャ。貴女はラルアの事を言えないわよ?」
「いや、あれはたった一回しか使えないわからん殺しですからね?」
今、もう一度ラルアと戦えと言われても、正直全く勝てる気がしない。
第一、ラルアの攻撃の跡には数か所ほどクレーターができている場所があるのだ。私が地中にいるとわかっていたら、その攻撃をするに決まっている。
そして仮にあの攻撃を受けたとしたら、地中にいる私などひとたまりもないだろう。
「……いや、そういうことじゃないわ。奥を見てみなさい」
あ、はい。目を背けていた、ラルアの奥の火柱に目を向ける。私の出した炎の渦柱は強い上昇気流を生み出し、圧倒的な吸引力で周囲の物を呑み込むまでに成長していた。草を、土を、そして数多ものスコトリア兵を。
火災旋風。強い炎のあるところで必ず警戒しなければいけない事象だ。それが発生しているのである。
スコトリア兵は、哀れにも撤退することすらも能わない。
砦をむけばラルア、帰り道をむけば火災旋風。流石に同情したくなってくるよ……。
「というか、そもそも私はあんなに強い炎は出していませんが?」
「謙遜しなくてもいいのよ? 停滞している火災旋風なんて、魔術によるものとしか考えられないもの」
やれやれと言った感じでサナトスは言う。停滞……?
確かにそうだ。火災旋風は通常、空気のある方に向けて走り出すもの。だとしたら、同じ場所に留まり続けているなんておかしいじゃないか。
「言われてみれば、どうして留まってるんだ?」
「貴女が知らなきゃ誰が知ってるのよ……。サーシャ、責任をもって火災旋風の様子を見てきなさい」
そして私は、慌てて部屋を飛び出した。




