Ⅱ-33:ヤコバ砦防衛戦
アナトル連邦と神聖スコトリア皇国の国境は、全てこのトリマドル自治共和国に存在する。
そして現在、トリマドル自治共和国は、既に国土の西半分を失っていしまった。そこから南方向への侵攻は他の自治共和国の混成軍隊が防いでいるが、今私たちのいるヒジャーズ半島は完全に孤立してしている。連邦首都たるアナトルとヒジャーズを結ぶトリマドル街道の奪還、それが私のいる第三旅団の最優先使命だ。
作戦の内容はこうだ。まず、文字通りトリマドル自治共和国最後の砦となってしまったヤコバ砦へ向かい、その防衛にあたっている第一・第二旅団と接触。情報を整理し、一旦第二旅団と合流して、トリマドル街道沿いの町を奪還しながら、三十ノルル先の町で、恐らくスコトリア軍の拠点となっていると推測されるベーニを奪還。第二旅団はベーニ防衛にあたるとして、我々はそのまま南進し連邦本部軍との接触を目指す、というものだ。
しかし、この作戦はいきなり崩壊への道をたどり始めていた。私達がヤコバ峠に到着したとき、既にスコトリア軍との衝突が始まっていたのだ。
「サーシャ、最初の活動よ。安全に気をつけながら、スコトリア軍の状況を見てきて欲しい。仮に攻撃するなら、バレない様に気を付けて。それから、もし余力があるなら敵の指令系統を調べ上げて貰えると助かるわ。私達は、第一・第二の旅団と合流する」
「了解」
馬車を降り、地面に体を伸ばしてスコトリア軍の真下へ回り込む。
事前に聞いていた話だと、第一から第三の旅団はそれぞれ四千人強。つまり、こちらの勢力は一万二千強。それに対し、スコトリア軍は……昔に新聞で見た、十万人が参加した国会議事堂前デモの写真の倍くらいだろうか? だとすると、二十万人。その戦力差、単純計算で十五倍以上。いや、無理じゃね?
とりあえず現実から逃避して、もう一つ、指令系統の人も探しておこう。……と、探し始めて間もなくあっさり見つけることができた。後ろから三割ほどのところで、周りをがっしりと魔術師や重騎士に固められている上、一人だけ明らかに豪華な鎧を着用していて、とてもわかりやすい。しかも地上や上空には注意を払ってはいるようなのに、地下は完全にスルーである。なんだこのザル警備。
とりあえず、お前たちをいつでも攻撃できるからな、という警告の意も兼ねて地中に魔法陣を描く。まずは……{塵旋風}でいいか。
「……ん? 何だ?」
「敵性反応はありません。ただのつむじ風でしょう。よくある自然現象です」
……はい? 鈍いなぁ、こいつら。
魔法陣の下に、さらに別の魔法陣を重ねる。今度は、わかりやすく火でも出しておこう。
こうして生まれた火は間もなく{塵旋風}に乗り、瞬く間に炎の渦となって司令陣を囲み孤立させる。
おお、これはこれで使い勝手の良さそうな組み合わせだ。
「おい、本当に敵性反応は無いのか? アナトルではつむじ風が自然発火するなんて話、聞いたことが無いぞ!?」
偉い人(仮)は消火を指示しながら近くの魔導士に尋ねる。
「信じてくださいよ! 本当に、敵性反応が無いんですって! いるとしたら、私からの距離に対して一万分の一かつ最低十分の一セントルの厚さすら持たない、本当に小さい虫とかだけですよ」
おっ、有意義な情報が聞けた。つまりだ、今のように菌糸状になっているのなら、約三リンフトもまっすぐと術者に向かっていなければ、絶対に感知されないということになる。
まあいいや。そろそろ砦に戻ろう。
魔法陣をしまえば、この火も消え……なかった。
……あれ? まあいいや。この人たちがつむじ風の時点で気づかなかったのが悪いんだ、消火くらい自分たちでやってくれ。
体のほとんどをしまって、砦の前に戻り、人形に入る。
「失礼。第三旅団、諜報のサーシャです。サナトス将軍補に報告がしたい」
「将軍補より伺っております。少々お待ちいただきたい」
一分ほど待つと、別の兵士がやってきて、私を案内してくれた。
複雑な形状の砦の中を進み、二人の兵士の守る一つの扉の前で立ち止まる。
「第三旅団、諜報のサーシャです」
そう伝えると、中からサナトスの「通しなさい」という声が聞こえ、内側から扉が開かれる。
中にはサナトスをはじめとする、椅子に座った九人の人々と、立って護衛をしている六人の騎士がいた。
サナトスは私を見かけるなり、窓を指して言い放つ。
「サーシャ。ちょうど今、貴女の話をしていたところなの。……あの火柱について、説明を要求するわ」
つられて窓を見ると、先ほどまでスコトリアの指令の人がいた場所に、大きな火柱が立っていた。
……えぇ? どうしてこんなに大きくなってるんだ?
「私ではありません。あんなに強い魔法陣は使ってないですよ」
「魔法陣を使ったことは認めるのね。詳しく、話してもらおうじゃないの」
あっ、墓穴掘った。まあいいや、どうせ話すつもりだったんだし、全部話してしまうとするか。




