Ⅱ-27:ヒジャーズ
ヒジャーズの港で入国してすぐ、ローレンスは「どうしても、行かなきゃいけないところがあるんです」と、夕方にこの町の冒険者組合で落ち合う約束だけ取り付けてどこかへ行ってしまった。たぶん実家だろう。
……で、この町の冒険者組合って、どこ? テタニに聞いても知らないようだし、まずはそこから始めないといけない。
本当は港の職員さんに聞くのが一番なんだろうけど、出航は明後日なのにもかかわらず窓口はアナトルから逃げようとしている人たちでいっぱいだった。
仕方がないので、町に出て探してみる。
……うん、港の目の前にあったわ。こりゃあ、迷いようがないな。
テタニはそれを確認すると、「宿とっといてー」と町の中に薬の原料を探しに行った。
冒険者組合に入る。掲示板を見れば、アナトル連邦政府からの傭兵の依頼が大きく、目立つように張られていた。
幸いにしてこの町はまだ攻め込まれている様子ではないが、掲示されている内容を見るに既に壊滅的な被害を受けた町もいくつかあるとかで……。戦争って、恐ろしいね。
次に連合本部からの通知を照会……。ん? ロセからの個人メールがある。『召喚方法を確立したとはいえ、神聖スコトリア皇国には乗り込むな』との念押しだ。あぁ、そうか。私から連合に召喚の話を振ったんだから、当然ロセも私が認知していることに気付いた訳で。
ロセだってここまで念押ししているということは、やっぱりアナトル連邦に来たのが正解だったようだ。
さて、夕方の約束までは暇だし、町を見て回ろう。
ヒジャーズの町には木造の建物がほとんどない。そういえば、空気もかなり乾燥しているようだ。
その代わりに多いのが石造りの建物。作るのも大変なんじゃないかなとも思ったが、この町にはウィコット皇国ではあまり見られなかった彼らがたくさんいる。そう、魔族である。アナトル連邦においては、人間はただの一魔族に過ぎないのだ。
それにしても、戦時中だというのに、この町の人たちは呑気だ。まあ、前の世界でも第一次世界大戦真っただ中に米騒動やってたしそんなものなのかもしれない。
そうして、今晩の宿を確保してから、ローレンスとの待ち合わせのために冒険者組合へ行く。
テタニはまだ薬の原料を探しているだろう。ローレンスが、掲示板の前に一人立っていた。
彼は真剣な顔で私に問いかけた。
「サーシャさん、率直に聞かせてください。この町を、どう思いますか」
「とても元気でいい町だと思うよ。みんな、よそ者である私達にも優しいし」
「そうなんです、優しいんですよ。致命的に、優しすぎるんですよ」
ローレンスはそれっきり黙り込んでしまった。何かあったのだろうか? そう尋ねようとしたとき、見透かしたかのようにローレンスは口を開いた。
「仲間を傷つける悪魔は排除したい。でも、そんな彼らですら、心の奥底では守ってやりたいと、そういう矛盾を抱えながら戦っています。だから必要以上に手加減をし、毎回毎回最初は一方的に負け続け、壊滅的な被害を受けてようやく本気になってターレンシスを追い返します。ですが今回は、奴らが召喚の術を手にしました」
召喚されたものは、自らの行動や存在に制限がかかるのを代償に大きな力を得る。ユゥはそれを応用するためにわざわざ精霊の召喚に拘っていたくらいだ。
では、召喚された人間を、戦場に出したら?
「私の実家は鍛冶屋なのですが、既に軍部から多くの壊れた鎧が届いています。僕が幼いころに見たそれよりも、明らかに多くのものが」
「壊れた、鎧って……」
私がそう言うと、彼は静かに頷いた。つまりはそういうことなのだろう。
「兄さんに聞きました。明後日、多くの若者が出征します。町のこの賑わいは、そういうことです。本当に、優しいんですよ、アナトルの人たちは。だから、サーシャさん。手遅れになる前に、お願いがあります」
「その前に私からも一つ質問、いいかな? どうして、出会って二月程度の私に頼める?」
「お互いに信じることで強くなれる、その最たる例が連合です。貴女は、ここに僕たちを信じて加入してくれました。それに、僕は貴女に力があることを知っています」
彼は汚れの無い黒い目で、じーっと私を見つめている。
「あのね、ローレンス。スコトリアの情報が欲しいだけの私が、アナトルに来たんだ。こうなる覚悟は、当然していたさ」
「……! ありがとうございます」
依頼受付のカウンターで、任務を受ける旨を伝える。書類選考があるので情報を送り、通れば明日の朝九時に面接の場所と日時を指定されるとのことだった。
★Tips:アナトル連邦
アナトル連邦は、他種族国家であり、五大国家の中で最も大きい。
他種族国家ゆえ、国民のうち人間の占める割合は半分にも満たず、またその人間も北部に集中している。そのため、隣の神聖スコトリア皇国とは絶望的に仲が悪い。
アナトル連邦は複数の自治共和国というくくりで分割され、それらの自治共和国の権限もそれなりにある。例えば、神聖スコトリア皇国との戦争は北部のトリマドル自治共和国が指揮を執っているが、自治共和国の中にはトリマドルを捨て駒にせよと叫ぶ自治共和国もいるらしい。




