↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/217

Ⅱ-26:快適な船の旅

 翌日。予約の際に言われていた通りに、朝食をとって直ぐに港へ向かう。まず、窓口で運賃の支払いと、乗船名簿の提出……だけかと思ったが、さらに一つ、誓約書を書かされることになった。

 行き先が係争地帯であるから、通常とは異なる取り扱いをすることがある。命の保証はできない。私は、これらを理解しました。そういう内容のものだ。

 こういうところでも、行く先が戦争をしているのだと認識させられる。

 そしてその先の出国審査も、さらに厳しいものになっていたようだ。まぁ、こっちはヒムーニャ出身のBランクであるローレンスがいたので、ほぼ免除だったようなものだけれど。私が心配するのもなんだけど、いいのか? そんなザルで。


 乗船して、自分たちの部屋に入る。前と同じ感じの二等個室だ。

 今回は、余計なことして船霊(フナダマ)に見つからないようにしよう。ローレンスは乗船して一瞬で雷光の守護者だってバレてたけど、きっと大丈夫だよ、うん……。

 出航の銅鑼の音が聞こえる。馬車軌道の発車のベルとは違って、荘厳ながらも、どこか穏やかだ。

 わざわざ係争地域に行くもの好きが少ないとはいえ、やはり船というのは広々としていて気分が楽だ。足を伸ばせるどころかベッドで横になることもできる。馬車軌道のような不自由さはどこにもない。

 ニシオギクボの時は私の体が体だったのであまり動けなかったが、今は船内を自由に探検できる。船の甲板に出て、潮風を浴びる。船は、道しるべの無い青い世界に、一本の道を切り開きながら進んでゆく。これから進む先は分からないが、今までどこを通ってきたのかは白い航跡を見ればなんとなくわかるのが、なんとも面白い。風景こそ単調だという事には変わりは無いけれども、こうやって風にあたりながら見える風景というのは、馬車軌道の窮屈な客室内から見るそれとは大きく印象が変わるものだ。

 惜しむらくは、そのスピードか。平均五ノルトの駅馬車であっても、三ノルトしか出ない船と比べると恐ろしく速い。

 前の世界では、船は遅いながらも圧倒的な積載力で生きながらえていたが、海峡渡船はともかく沿岸航路など、収納系のスキルや魔道具(マジックアイテム)のあるこの世界ではそうもいかずに駆逐されてしまうのだろう。既にハルマティーダとヒンヌハルの間の航路が、馬車軌道との戦いに敗れてしまったように。

 それはとても、悲しい事のように思えた。


 客室に戻ると、ローレンスがぐったりと横になっていた。「お疲れ様」と声をかける。

 こうやって見ていると、人気者とて楽な仕事じゃないのだろう。食堂の開く六時まではそっとしておいてあげよう。

 テタニに誘われて大浴場へ行く。これも馬車軌道にはなかった設備だ。そもそも野宿が基本の冒険者は、水浴びができればまだいい方で、基本的には洗浄の魔術で済ませてしまうことが多い。それが移動の最中に無料で、それも何度も入る事ができるというのは、本当に旅の最中なのかと疑いたくもなる。

 浴場に入れば、さらに驚くべき光景が広がっていた。ただでさえお客さんが少ないとはいえ、誰もいなかったのである。何度かユゥにオウォッキャンの公衆浴場に連れて行ってもらったことはあるが、いつも混雑していてうるさかった。静かにゆっくりお風呂に入る、なんて懐かしい経験は、この世界に来てからは初めてだ。

 船の動揺に合わせてゆらりと揺れる浴槽の水面を眺めながら体を伸ばしていると、テタニが私をじーっと見ていることに気がついた。


「どうした、テタニ」

「いやー、サーシャちゃんの体ってどうなってるのかなーって」

「ユゥが義足を売ってることは知ってるでしょ? 足だけじゃなくて、全身がそうなってるって言ってた」

「あー、そーいうことなのねー」


 まぁ私も詳しくは知らないけれど。それにこの人形自体も、指先から菌糸を伸ばしたり、人形と中のカビで養分を共有したりできるようにする等の改造を受けてるし、もしかしたら聞いた話とは異なっている部分もあるかもしれない。

 夕食の時間ぎりぎりまでゆったりとお風呂で羽を伸ばし、部屋に戻る。ローレンスと合流して、船内食堂へ向かった。

 船の中に食堂がある、というのはすばらしいことだ。流石に営業時間は四時間ほどに限られていたが、馬車軌道の十分などという鬼のような時間制限はないので、時間に追われることもなくゆっくりと食事をとることができる。それも、温かい食事だ。直前の移動が馬車軌道だったからこそ、船のありがたさがいっそう骨にしみるのである。


 そんなこんなで、退屈な時間が永遠に続くかと思われた馬車軌道の旅とは対照的に、ヒジャーズまでの足掛け四日の旅は一瞬で終わってしまったのだった。

 そして、今度は厳格な入国審査を受けて、私達はアナトル連邦に入国した。

★Tips:風呂

この世界ではペストもキリスト教も流行らなかったので入浴の文化は廃れてはいない。

ただし、その扱いは現実世界におけるイスラム教圏のものに近く、ゆったりと休めるような環境ではないどころか、うるさい場所の代名詞として扱われてしまっている。

なお、男女ともに入浴時には膝丈の巻きスカートを履くのが慣例となっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。