Ⅱ-25:敵情視察
馬車軌道は、乗り心地がいい。とは言っても、辻馬車や普通の駅馬車と比較すればの話ではあるけれど。
その程度の乗り心地なので、ぶっちゃけ前の世界の鉄道と比べるとそれはもう酷いものだった。しかも、船と違って馬車の中は狭く、とても窮屈だ。中を見て回るなんてことすらできず、ずっと狭い空間で座りっぱなしだ。途中、食事のための一時的な下車もあるが、長くても十分程度で駅から出ることもかなわず、ましてや町を見て回るなどの新鮮な体験を得ることなんてできやしない。
そんな状況下で、本当にこの世界の人はよく何日も乗り続けていられるよなぁ、と改めて感心するのであった。私は二日も馬車に乗り続けていると飽きてしんどくなってしまうよ。
これは教訓だ。今度からは、多少高くても途中途中で一旦降りてリフレッシュする時間を取ろう。
六日目の朝に、ようやくヒンヌハルの町に到着し、馬車を降りる。
まずは港に行き、船を手配する。次の出航は明日の昼で、船の名前は『オークボ』。うん、命名者が誰だかすぐにわかってしまったよ。
無事に予約を取れたので町に出る。ローレンスとテタニも長い馬車軌道の旅はやはり退屈だったようで、町に出るなり目に見えて元気になった。やっぱりこの世界でもそういう扱いなのね、馬車って。
まずは冒険者組合に行って情報収集だ。掲示板には、過去一月に起きた社会情勢や重大インシデントが掲示されており、組合員への周知が図られている。これは誰でも見ることができるので、組合員以外の町民もちょくちょく見に来ており、どこの町でもちょっとした情報交換の場になっているのだ。
群衆の声に、耳を傾けてみる。
「なぁ、聞いたか? スコトリアの話」
「十年ぶりに侵攻を始めたやつだろ? 昨日ヒジャーズからの船から降りてきたやつらにも聞いたぞ」
「さっき総連の方も見てきたが、奴等今回もまだ聖戦だって言ってるぜ? 聞き飽きたよもう」
「いや、さっき張り出されたこの記事なんだが、どうも"勇者の召喚"に成功してるらしい」
……どうやら、ロセに対して裏はとれたらしい。組合員以外の目にも入るため、世界を歩く者についてはぼかされているようだが、きちんと注意喚起はなされているようだ。
「……そういえば前に総連の方でも似たような話が出てたが、こっちでも裏がとれたのか」
「すみません、それってどういう記事ですか?」
「ん? 気になるのか嬢ちゃん。向こうじゃ定期的に流れてくる士気上げのニュースに『英雄誕生』ってのがあってな、簡単に言えば総連の組合員で特に実績を上げてる人へのインタビュー記事なんだが、この前は見出しが『勇者誕生』だったんだよ。どーせいつものだと思ってスルーしてたんだが、こっちでも同じのが出てるってことは本物だったようだな」
なるほど、少し気になるな。
テタニに買い物に誘われたが、丁重にお断りして、総連の冒険者組合を目指す。敵情視察ってやつだ。
こっちもこっちで掲示板が町民にも解放されており、賑わいを見せていた。連合と総連とでは同じ事象についても違う見解が掲載されるため、暇つぶしに見比べる町民も多いらしい。
町民に紛れて掲示板を見る。なるほど、こちらにもアナトル侵攻の記事はあったが、完全にスコトリア側の見解に立っている。何しろ、見出しからして『今、再びの聖戦! 世界最高民族による人間を騙る劣等種族殲滅の正義の鉄槌が下るであろう』だ。もはやただのヘイトスピーチである。
まぁ、これはこれで向こうの立場や主張が書かれているので目を通しておくが、本命は『英雄誕生』の方。客寄せパンダ的な意味もあるのだろう、本文に目を通せば、トンイル・クムガンなる人物の総連での経歴、最近の活躍、そしてインタビューとして総連に入ってよかったことに加入を促す文章。最新記事の他にバックナンバーも見出しだけ百件ほど書かれていて、本文閲覧は総連の組合員限定かつ有料となっている。
ヒムーニャで会った人の事を思い出す。名は、ユーキ・サヌキ。具体的な場所は分からないけど、おそらく香川県の出身なのだろう。こんな風に、名前を見れば世界を歩く者はなんとなくわかるので、バックナンバーから探してみる。運よくタカトオが見つかればいいな、とも思ったが、そんなにうまい話は無かったようで、日本っぽいのはただ一人、ハルカ・ミナミアルプス――恐らく、山梨県南アルプス市出身だ――という人だけだった。
それにしても、妙だ。ロセが何年もかけて二人しか見つけられなかった日本出身の人に、なぜこんな短期間で私は四人目の情報を得ているのだろう。それだけスコトリアが数を召喚している、という事なのだろうか? 今度、彼女に会った時に確認できればいいんだけれど。
さて、こんなところに長居するのは得策ではない。私は総連の冒険者組合を離れ、町の中へと入っていった。




