幕間:もう一つの胎動
蠱毒。
魔物や魔族を特殊な結界――結界の中で殺されたものの力は全て殺した者のそれとなる、というもの――の中で殺し合いをさせ、生き残ったものは強力な魔族となる、という禁じられた呪詛だ。
無論、用意される魔物や魔族の数が多い方が出来上がるものは強くなる。それを術者が支配できるとは限らぬゆえ、適度なバランスが必要とされるが……。
あまりにも手軽に強力な魔族を生みだせ、なおかつその魂を冒涜する呪法は、やがて禁呪となり、そもそもの結界を作る技術すら、古代文明と共に失われた。
その上、数千年前に大霊樹が魂の情報を管理するようになってからは、仮に結界を作れたとして、簡単にばれてしまうだろうよ。
しかし。
これらの諸問題を、全て回避できる方法があるとしたら?
世界を手にすることも、不可能では無いだろう。
そして、私には……それが可能だ。
まずは洞窟の中、巨大な洞穴を密閉する。そして、その中の生物を予め全滅させ、その死骸を掃除する。
次に、この魔導具を用いて、この中に通常の生物が発生しないようにする。
ここまでが下準備だ。こうしないと、大霊樹に見つかってしまう。
まず、私の死霊術、{夢幻ノ門}を、洞穴の中に展開する。
{夢幻ノ門}は、肉体の無い魂を呼び寄せ、そこを通った死骸に憑依させる、死霊術の中でも単純なもの。
当然、骸がなければ呼び出されることはまずないはずなのだが、希に肉体を持った、特別な魂が直接門から出てくることがあるのだ。
その特別な魂こそ、大霊樹がまだ見つけていない魂なのだ。
十四日が経った。そろそろ十体ほど呼び出されているだろう、と洞穴の様子を見る。
……信じられぬ。私の想像していたよりも、十倍ほど多くの生き物たちがいた。
ならば、もうこれ以上の魂を呼び寄せる必要はないだろう。
{夢幻ノ門}を閉じ、代わりに監視用の魔術を展開。これで蠱毒の準備は整った。
では、魔導具よ、{巫蠱の結界}を発動せよ!
さあ、あともう少し、もう少しで私の野望が叶う時が来る。
流石にすぐには周旋龍や大霊樹には叶わぬだろうが、それなりの力が生まれるはずだ。
想定より多くの魂が集まってしまったのは誤算ではあるが……その分強くなる。
奴の支配も、この世界の理、大霊樹の定めたルールの穴をつけば簡単なことよ。
蠱毒の中を見る。はじめの七日は、みなお互いの状況を探りあっていた。
一部、既に三日目から喰い始めていた奴もいた。奴は先見の明があるな。
しかしその個体は、八日目にして何匹かに囲んで殴られて喰われていった。面白くない。
だがその後、喰えば自らが強くなることに大半の個体が気づき、十二日目には半分程度まで数が絞られた。
この頃には、飢えて動けなくなった者も出始め、彼らは同じく飢えるものに喰われる。
力なき者、無謀な者が強き者、狡猾な者の糧となる。しかし、それでも油断すれば弱きものに囲んで殴られる。
だが。弱きものが協力するのは、さすれば全員で脱出できると思い込んでいるからだろう。
その希望を砕いてやれば、偽りの仲間意識など……乾いた泥団子よりも容易に崩壊するのだ。
そして二十五日目には、協力する者は消え、残った十数の個体が個と個のにらみ合いをしていた。
拮抗する中、下手に動けば体力を消耗し、他の者に喰われる。
動かずとも、平等にやってくる飢えに一人、また一人と倒れていく。
この状況を高みから見物するのは……非常に気持ちがよいものだ。
そして、三十二日目。ついに残りの個体が二個体になった。
片方は雄の一角狼。序盤から積極的に狩りにいっていた、勇敢で先見の明のある個体。
片方は雌の蜥蜴人。最後まで協調を維持し、そのトップに君臨していたと思われるカリスマ性のある個体。
どちらにせよ、素晴らしい駒となるに違いない。
先に動いたのは、案の定一角狼だった。
彼は蜥蜴人に飛びかかり、自前の角で突き刺さんとする。しかし、その攻撃は彼女の鱗に弾かれる。
彼が噛みつけば、彼女は尾で一角狼を締め付ける。
実力は、ほぼ互角。その戦いは丸二日にも及んだ。
さあ、勝者よ。お前は世界に解き放たれるのだ。
私は洞穴に向かい、入口をふさぐのに使った岩を、中にいるものが気づくよう派手に破壊した。
そして悟られぬように魔導具で{巫蠱の結界}を解除し、中に残った者に話しかけた。
「大丈夫ですか、あなた。どうしてこんなところにいるのかは知りませんが、閉じ込められていたのでしょう?」
勝者――蜥蜴人の少女は顔をあげ、私を見つめた。
私は懐からいくつかの大きな木の実を差し出し、彼女に告げる。
「おっと、あなたに危害を与えるつもりはありませんよ。私はサナトス。外に出たいのでしょう? 出口まで案内しますよ」
彼女は木の実に食らいつくと、差し出した私の手を取った。計画通りだ。
私は彼女に名がないことを知っている。だから、彼女にラルアという名前を与えた。
プロローグからここまで、19/01/14改稿




