Ⅱ-8:実験
さて、ここで問題になったのが……私の宿である。まあぶっちゃけ私自体はその辺の土の中に入ってしまえば全く問題はないのであるが、その場にいた全員に反対されてしまった。そういうことしてるから人族の常識を覚えられなくなるのですよ、とはローレンスの言葉だ。
いままでは旅先であるから普通にパーティで宿をとっていたが、オウォッキャンは拠点であるためトシフもローレンスもテタニも付近に帰る場所があった。つまり、宿をとっていなかったのだ。
しかしながら、私には先立つものがないので宿を取ることはできない。そこで話し合った結果、キイヨが研究を手伝ってくれればここにいてもいいという提案をしてくれた。手伝うと言っても、キイヨが描いた魔法陣の形になって発動させる、という程度である。
私にとっては拠点ができるだけでなく、いざというときに使える魔法陣のストックが増えるので、メリットしか無い。そんなんでいいのかとも思ったが、なんでも発動できる魔法陣を描くのに普通は特殊なインクが必要なのでとてもめんどくさいため、体の形を変えるだけで魔法陣を発動できる私がいるだけで相当研究がはかどるのだと。だとすれば、他の懸念材料は水属性の魔法陣を動かした時のマナ切れなのだけれど、ガワが魔術人形と変わらない私は、ユゥの持つ魔術人形用のマナ回復装置を問題なく使えることが判明。連続して二日実験をすることは無いとも確約をもらったので、晴れて私はキイヨとユゥの研究室の仲間入りをすることになった。
翌日。{渦水流}で顔を洗い、収納されている洋服を眺める。うーん、今日は派手に動くわけでもないけれど、魔法陣の展開実験をするからあまりフリフリしているのはやめておこう。
シンプルながらもクロッシェレースがアクセントのひざ丈ほどの空色のワンピースに、メリヤス織りのショースを履き、臙脂色の厚手のマントを羽織る。琥珀色の私の髪と並ぶと、かわいいトリコロールカラーが映える。
ちょうど着替え終わったころ、魔術人形が朝食の準備のできたことを知らせに来る。彼女についていき、居間へ行けば、既にキイヨとユゥは腰掛けていた。二人とも(特にキイヨ)鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、何か変な点でもあるのだろうか?
「おはよーっす、サーシャさん。どーしたんすか、昨日の今日でそんな格好して?」
「え? はわいい姿れしょ?」
「おはようございます、サーシャ様。今日もまた、かわいらしい、お姿、で……」
かわいらしい。ユゥのその言葉に、かぁっと顔が熱くなり、自然と涙が出てくる。
うん、その言葉に悪気はなく、自然に出てきたものだということはわかっているんだ。だけれど、その言葉は私のメンタルモデルを塗り替えてしまう猛毒なのだ。
「も、申し訳ございません、サーシャ様」
「いいよいいよ、悪気がないのはわはっせいるはら」
「こーれはまた、テタニさんめんどくせー心の壊し方をしたっすね……」
魔術人形が朝食を運んでくる。この姿になってから、人族と同じように食事をとることができるようになり、食事自体も楽しみになってきた。
人族の常識を覚えるために食事は必須である、という理由で食べさせてもらっているのだけれど、ユゥ曰く本来は食事は必要ないらしい。でも、こうやって食べておくとこの人形が傷ついた時の自動修復の素材として蓄えられ、貯蓄上限を超過した分は魔力となってマナに蓄えられるのだとか。なんかすごい事をやっているという雰囲気は感じられるが、あいにくこの分野はあまり詳しくないのでどれだけすごい事なのかはよくわからない。
食事が終われば、実験室に移動して魔法陣の発動実験だ。
不定形になり、キイヨに渡された和紙に描かれた魔法陣を作り、発動させる。
時々発動しないものもあったが、発動した物については、キイヨは発動したときの様子や、私に聞いた発動した感触などをその下に書き、或いは魔法陣をその場で描き換えての対照実験などを行い、その様子もまた記述していた。
そして、キイヨの持ってきた大量の紙束は次第に薄くなり、半分ほどまで行ったところで魔術人形が夕食を知らせに来た。思ったよりも時間が過ぎていたようだ。
「いやー、本当に助かったっすよ。普段は一日に実験できるのは平均して二つ、五つできりゃとてもいい方なんすけど、今日は今日だけで百超えたっすからね。実験だって毎日できるわけでもねーっすし、サーシャさんさえよけりゃずーっとここで働いてほしいくれーっす」
夕食の場で、キイヨはそう提案をしてくれた。二食付けてさらに給料も払うっすよ? とさらに魅力的な条件も足される。でも。
「私には、やらなひゃいへない事があるんれす」
「……そーっすか。ま、強制はできねーっすし、そのやんなきゃいけない事が終わったら、いつでも来ていいっすよ。あーしゃいつまでも待ってっすから」
今のサーシャの状況を軽く説明しておくと、自分の姿がかわいいことは理解させられてしまっているが、そうではないと思い込もうとしている、という状況です。
そのため、タチが悪いことに普通に自分で着飾ったりするのには全く抵抗がなくなっているのに、かわいいと言われると自分がそうであると否応なく認識させられるため、そう言われるのをいやがっています。




