Ⅱ-6:かわいい
……汚された。いや、そりゃあ最初っから薬に心を蝕まれていたわけだけれど、それを抜きにしてもこの言葉を使うのが正しいと思う。
あの後、気がついたら人形に入っていて、ユゥとテタニにオウォッキャンの町の小売店を連れまわされていた。
まずは食料品。この世界でよく食べられているもの、贅沢品とみなされているものなど、そういうのを徹底的に叩き込まれた。実際、今までの食事なんてミーシャからもらったメープルシロップと研究所でもらったブイヨン以外は、その辺の土に潜って摂食していたことを考えると、これはすごく助かる物だった。
次は日用品。カビの体では道具なんてものはまず使っていなかったので、これも非常に助かるものだった。
まあ、ここまでは良かった、良かったんだ。とても頼りになる情報を教えてもらい続けていたから、きっと薬を使われていなかったとしても、完全に安心しきって無防備になっていただろう。
だけれど……その次が、問題だった。衣料品である。
当然ここでも知ることのできた重要な情報はあった。私の身長が四フトという長さであることとか、またこの世界における意味を持った服装についてだとか……。
後者なんて知らなかったら夏祭り(あるのか?)に喪服とされている巻きスカートの浴衣(あるのか?)を着ていきかねない。そりゃあ、世界が変われば喪服の様式も変わるというのに、今朝の自分はどうして祝いの場に喪服を着ていかぬと断言できていたのだろうか? この点は素直に感謝である。
で、何が問題だったかと言えば……、今の私の姿はかわいい女の子なのだ。この世界でずーっと性別があるのかすら怪しいカビをやっていたせいで、性自認という概念自体忘却の彼方に飛んで行ってしまっていたのだが、冷静に思い出せば前の世界での私は男だった。
そしてもう一つ、完全に忘却の彼方にいってしまったものがあった。女性の服選びは長い。そして、それは人数が増えると指数関数的に長くなるもの。これはどこの世界でも変わらないようだ。
まぁ、簡潔に何があったのかを話せば、私は二人と乱入してきた店員数名の着せ替え人形にされていたのだ。
しかも、例の薬の影響で完全に無防備になっていたところに、着替える度に容赦なく襲い掛かる「かわいい」という言葉の暴力。
仮に今日が九の市――オウォッキャンでは、大きなバザールが日付の一の位が九の日に中央広場で開催される――の日だったら、もう私が私でなくなっていたかもしれない。そう思えるほどに、私の心は汚されていた。
実際に研究所に戻ってテタニに解毒術を施される前なんて、本当に自己評価が「かわいい」になっていたほどだ。
「うぅ……。もう、お嫁にいへない……」
「そもそも自律人形は生物ではありませんから、嫁も婿もございませんが……」
そうじゃぁ無いんだよ、ユゥ。気持ちの問題なんだ。
「ごめんねー、最後はちょっとやりすぎちゃった」
「お昼れ薬抜いれふれせもよはっさのに」
「だっていつ逃げ出すかわかんなかったんだもん」
あーうん、そう言われると何も言い返せないや……。
と、言うか……。
「最初はら着せ替え人形にしさはっさらへれしょ」
「……いい子にしてたらお薬使う必要もなかったんだよ?」
「テタニさん。サーシャさんに常識を教えるって名目なのに、軽いものとはいえ催眠導入剤を投与するという非常識な事を、あなたがするのは僕はどうかと思いますよ」
薬の抜ける前の私の代わり様に唖然としていたローレンスが、いつの間にか復活して正論でしかりつける。
でも、その言葉は朝テタニが薬ぶっかける前に言ってほしかったぞ!
「だって……いつの間にかサーシャちゃんがかわいい姿になってたから、つい……」
「サーシャ様がかわいいのは当然でございます。この妾が丹精込めて造った人形に、心が宿っているのですから」
あ、ちょっと、かわいいって言わないでくれ。なんか頭が変になる。
「確かに今のサーシャさんはかわいいですよ? ならば尚のこと……」
「サーシャちゃんがかわいいってローレンスも思ってるんだったら、そのかわいいサーシャちゃんをもっとかわいくしたいって思うのは当然だってわかるでしょ!」
「あなたがかわいいもの好きなのは前々から知っていましたが、ならばそのかわいいサーシャさんの自由を薬で奪ったうえで、嫌がることを一方的にするというのは言語道断でしょう!」
あっ、ちょっと涙が……。っていうか、これ以上言われ続けたら本当に私が私じゃなくなっちゃう。止めないと。
もう涙目になって思いっきり叫ぶ。
「うぅ……はわいいっれ、ゆうなあああ!」




