Ⅰ-36:ハルマティーダ
――船を去る時が来た。
途中トラブルはあったものの、貨客船ニシオギクボは、ウィコット皇国・ハルマティーダの港に、多少の遅れを以って入港した。
船は所要時間は大幅に余裕をもって設定されているので、日単位で早着することはあれど、遅れることはめったにない。
だが、港の係員も、そのマストが一つ欠落しているのを見れば、何かがあったことを察するのであった。
(……行っちゃうの?)
半分泣きそうになりながら、下船口の前で私達を見るニシオギクボに、決して少なくない罪悪感を抱く。
とはいえ、私がキングモービィの亡骸を持っている関係上、ここに留まっているわけにもいかないのである。
先に下船したトシフたちを待たせるわけにもいかないし、もう他のお客さんもみんな下船して、船に残っているのは私とロセだけだ。
「こらこらニシオギクボ。サーシャ殿も目的地があったからこそ乗船なさったのだ。あまり困らせるでない」
船長さんがなだめているが、ニシオギクボは今にも泣きだしそうなのは変わらない。
私は彼女の前まで行くと、目線の高さに浮き上がり、彼女と一つの約束をした。
(私も約束する。近いうちに、ニシオギクボちゃん、必ず君にお世話になるから)
(……約束。必ずだよ。だから、泣かない)
そして、笑顔になるニシオギクボ。うん、子供は笑顔が一番だ。
「では、私達も行くぞ。ヘーチ船長、改めて、ニシオギクボを頼む」
「我々乗組員一同も、改めて貴女達に感謝を申し上げるとともに、その旅路に幸多からん事を願っておりますぞ。どうか、ご安全に――」
タラップを降り、桟橋に足を着く。
いま、この瞬間!
私は、ウィコット皇国への第一歩を踏み出したのだ!
……まぁ、実際に足を着いているのはロセなんだけどね。
「ところでサーシャ。あんな約束して良かったのか? あの状態じゃニシオギクボはしばらくドックインだ。当面営業にはつかんぞ?」
……え?
まあでも、しばらくは私もオウォッキャンにいるつもりだし、次にこの航路に乗るときは流石に直ってる……よね?
まぁ、約束してしまったものは考えても仕方がない。
正式にウィコット皇国に入国するには、港の建物で検疫と入国審査を受ける必要がある。
他の乗客よりだいぶ遅くに下船したはずなのに、一般入国レーンにはまだ列が残っていた。
私はロセに連れられて彼らを追い越し優先レーンで手続きを受けた。
……けれども、謎のゲートをくぐらされてから、組合員証を機械に通されて終わりである。
止められなかったとはいえ、出国審査よりも時間がかかっていない。こんなザルでいいのだろうか?
まぁ、Sランク冒険者のロセに連れられているBランク冒険者というのは、ある程度身分的には信用されているから、いくつか手続きが省略されているのだろう。
制限区域(のようなもの)を出て、トシフたちと合流し、ハルマティーダの冒険者組合に向かう。
流石にレヴィアタンの件は、連合にも報告しておかなければいけない案件だったようだ。
その道すがら、町の様子を眺める。タオやそれがそのまま発展した感じのトレイニアとは雰囲気が全く違うので、新鮮な気持ちになった。
距離的にはトレイニアはタオよりもむしろハルマティーダの方が近いのであるが、やはり海を隔てている、というのは文化的に大きな障壁となるのだろう。
ハルマティーダの町は、木造の建物が多い。店に並ぶ品物も、農作物などが多かったタオとは対照的に、気持ち海産物が多いような気がした。
こういうところでも、ああ私は今、旅をしているんだ、と感じさせられる。
少し伸びをしようとして、トシフに止められる。
「ちょっと待てサーシャ。ウィコットには、スコトリアから来る人も珍しくはない。できれば、今まで通り魔導具のふりをしていてくれないか?」
町の中じゃあまり厄介ごとを起こしたくないからな、と付け加えられる。
そうか。この町で感じた違和感。タオやトレイニアではそれなりに見かけた、獣人の類の人々がそんなにいないんだ。ドワーフやホビット、エルフみたいな人間に似た容姿の種族の人は、そこまで少ないという訳でもないのだけれど……。
それだけ神聖スコトリア皇国が厄介で、そこの人がいるだけで敬遠されているのだろう。やはり、私が神聖スコトリア皇国に近づくのはやめた方がよさそうだ。
そう考えながら、私はハルマティーダの冒険者組合に到着した。




