Ⅰ-35:それから
船に戻ると、私たちに休む暇はあまりなかった。
ロセとテタニはもちろんパブリックスペースに出れば人だかりができるし、ローレンスは水夫たちの英雄となっていた。
トシフは船長室にこもりっきりで、なんでも今回の重大インシデントの報告書を書くのを手伝っているのだとか。
なんか後始末をぶん投げてしまっているようで申し訳ないのだが、本人は「討伐自体では俺は全く力になれなかったんだ、後始末くらい手伝わせてくれ」とむしろ前向きだった。
で、私はといえば、なぜか、ニシオギクボに抱き着かれている。
(ぎゅーってしてると、落ち着く)
「はは、完全に懐かれてしまったようだな」
ベッドに腰掛けるロセに指摘される。
私達は船長の好意で空いていた特等室をあてがわれることになった。
最初は断ったのけれども、パブリックスペースに出る度に騒ぎになってしまい、危険な状態になってしまっていた。
そこで、船室から出なくて済むよう、改めて船室内に設備の整っている特等室二室へ移動することになったのだ。
部屋分けは男女別にしたはずなんだけれども、私はどこにいてもニシオギクボに拉致されるのであまり関係がなかったようだ。そもそも、私の性別は現状不明なのだから。
トシフは船長室でカンヅメなので、ローレンスは独りぼっちだ。さみしそう
「船霊の勘はな、とても鋭いのだよ。自らの危機に関ることなら尚更な」
乗客・乗組員の多くは、Sランクのロセがメインとなってその白いレヴィアタンを倒したと思っている。
実際信じろって言われたって信じられないだろうし、説明するのもめんどくさいので誤解させたままにしている。
しかし船霊であるニシオギクボは、誰に教えられるわけでもなく、本能的に私が倒したと悟っているのだとか。
(サーシャ、ワタシ、嫌い?)
(嫌いじゃないけどさぁ……)
嫌いって言えるわけないだろ!
船霊は船の神様だ。下手に嫌いって言ったら海に捨てられかねない。
航海中に、そんな恐ろしい事、できるわけがないじゃないか!
「……ニシオギクボ、そろそろサーシャを放してやれ」
(……はぁい)
た、助かった……。
「すまんな。彼女にも悪気は無い。
ただ、命の恩人がいるなら近くにいたい、それだけだろう」
ニシオギクボの頭をなでながらそう言うロセ。
その様は、まるで本当の母娘のようだった。
(いやいや、そこまで嫌だとは思ってもないし)
「そうか。……なら、サーシャ。君に一つ、頼みがある。ハルマティーダに着くまでの間、彼女のそばにいてやってはくれないだろうか?」
(別にそのくらい大丈夫ですよ)
そう答えると、ロセが何か言葉を発するよりも前に、ニシオギクボが飛びかかってくる。
……本当に、この子は。
(でも、ニシオギクボちゃん。一つだけ、約束してもらえる?)
(……約束?)
ニシオギクボの黄色く澄んだ眼が、私をじいっと見つめている。
(そう、約束。私を抱きかかえたまま、勝手に転移しないこと。できる?)
(……うん、がんばる)
がんばる、か。まぁいいや。
ロセもあまり困らせるなよ? って釘を刺してるし。
それから、ハルマティーダに着くまでの間、私はニシオギクボの傍に居続けることになった。
時々どっかに行っちゃうことはあるけれど、彼女は基本的にずーっと私の傍にいた。
こんな状態で、攻撃手段の研究なんてできるわけがない。
代わりにやった暇つぶしは、発声練習だ。
きっかけは、何でもない雑談。
どうしてキングモービィがあの大爆発を起こしたのか、という話をしていた時の、「キングモービィの声真似してたんだー」というテタニの何気ない一言だった。その時私は思った。キングモービィの声真似ができたんだから、人間の声も作れるのではないか、と。
今は基本的に念話でコミュニケーションをとっているが、確かに音によるコミュニケーション手段もあった方がいいかもしれない。
だから、やってみることにした。
が、これが意外と難しい。まず、「ポー」という単調な音を、どう組み合わせれば「あ」になるのかが全くもって分からない。
声には高さがあって、それを高さと認識できるってことは、その周波数の音と、その倍音の組み合わせでできているのだろうか? とりあえず、十倍音までの十個の音の量を変えながらやってみるか。
そして、トレイニアを出て六日目の朝。
「あえうおああいああいうえおー、ういおいおえいおおおいえうー」
まるでお経のように抑揚のない、ボーカロイドのような透き通った裏声。
だけれども、とりあえず母音だけははっきりと出せるようになった。
ニシオギクボにはクスクス笑われているけど、変であることは事実なのでしょうがない。
音って難しいね。よく人間のころは普通にしゃべってたなぁ。そう思うのであった。
昨日1日で1000PV……
一昨日まで総計で500PV行ってなかったのにこんなにお読みいただけて光栄です!
ありがとうございます!!




