Ⅰ-33:vs キングモービィ 終
その船、混乱に包まれていた。
無理もない。快晴で、凪いでいるにも拘わらず、この船は大きく動揺しているのだから。
しかし、その原因を知るのは、一部の水夫と冒険者のみであった。
いや、知らない方が幸せなのかもしれない。
なぜなら、それは誰もが知る、伝説の存在との戦いなのだから。
男は、足場も不安定な船橋楼で、弓を引き続けていた。
ニシオギクボに降りかかる、戦いの流れ弾を全て撃ち落とすために。
キリがありませんね。その男はそう吐き捨てながら、もはや何度目かもわからぬ鱗の雨から船を守っていた。
彼の目線の先では、一体の白いレヴィアタンが、何度も空を飛んでは海に戻り、大きな波を起こしていた。
傍目に見れば、それはいつまでも見ていられるような美しいものであった。
その永遠に続くかと思われたショーも、突然の爆発音とともにぴたりと止むことになった。
「総員、排水体制! 並びに、爆心地に船首を向けろ!」
船長の声が船橋に響く。
船橋からの伝言で、全ての水夫にその情報が届くのには、一分すらかからなかった。
恐ろしい組織力である。
しかし、その組織力も、神の怒りの前には等しく無意味である。
海が、燃えている。
暴風が、壁のような波が、船に襲い掛かる。
男は、襲い掛かる波に対し、彼の持ちうる力全てを使って弓を引いた。
しかし神の怒りは生半可ではなかった。
甲板は波をかぶり、欄干に命綱をつないだ水夫が、速やかにその海水をのけんとする。
船は、床に置かれた三角錐の側面が鉛直を示すほどに大きく傾けば、次の瞬間前側に同じだけ傾く。
三本あったマストのうち、一番前の物は根元から折れ、中央のマストに寄りかかっていた。
だが……船は、依然水の上にいた。神の怒りを生き延びたのだ。
それは、とても幸運な事だった。
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「すみません、マナ切れのようです……」
船橋に降りてくるなり、ローレンスは気怠そうな声でそう言った。
「お前が謝ることじゃない。むしろ、何もできなかった俺が謝りたいくらいだ」
「トシフさん、だったら教えてください。アレは、何者なんですか?」
「あぁ、答えようか……」
トシフは語る。
かの白いレヴィアタンが初めて記されていたのは、『悪魔王の日記』による記述である。
とは言っても、終末魔導具大戦の際、全ての海を味方につけた青の英雄の配下に、この世に一体のみ存在する、白く美しいレヴィアタンがいた、という程度の記述だけだ。
約五千年前にはモービィと呼ばれる白いレヴィアタンが、カンナガ湾の守護神であったという記述がある。
そして約三千五百年前には、古代文明の生き残りともいわれる白いレヴィアタンが、魔王としての戴冠の誘いを蹴ったが、代わりに名にキングを冠した、という記述。
約千年前には、ウィコット皇国とエウル王国の戦争が激化し、失われた古代文明の頃より残るカンナガ湾の白き守護神が姿を消したという記述。
「……それ、本当にあの化け物なんですか」
「あぁ、間違いなくそうだ、と言われている。それに、この後の記述は、お前の知るキングモービィだろう」
約七百年前には、『勇者』を誑かして世界を破滅に導きかけた原初の悪魔、キングモービィと書かれている。
そして、その三十五年後に、復興した各国の協調の証たる共同戦線により、カンナガ湾の白い悪魔竜を封印した、とも。
「恐らく、キングモービィという名が広く知られているのは、後者のイメージだ。ローレンス、お前もヒジャーズの生まれなら昔話か何かで聞いたことがあるだろう? でも、なぜこれだけの差異があるのかは全く分からず、今も絶賛研究中なのさ」
「アレが、その守護神のなれの果て、ですか……」
ローレンスの視線の先には、もがき苦しみ、やがて静かになりゆく白い巨体があった。
その頂上で、何かが赤く光る。
「長く二回、短く二回……」
ローレンスがそう呟くと、いつの間にか元気になった船霊ニシオギクボが現れ、笑顔で答えた。
(Z、我曳船ヲ要求ス)
「ってことは、倒したのか、あの化け物を……」
「でも、これでハルマティーダまで行けますね」
そして、船長の号令が響く。
「錨を上げろ! ロセ殿たちを拾ってから、ハルマティーダに向かうぞ!」




