Ⅰ-29:vs キングモービィ
危ない! {渦水流}!
「サーシャちゃん? 何を?」
(テタニ。戦いはもう始まっている)
厚く、広く、そして速く展開した水の渦に、何かがグサグサと突き刺さる。
この渦に飲まれたそれは回転し、直進方向への抵抗を大きく増し、失速。
そして、渦に飲み込まれて他のそれから私たちを守る盾となった。
前が見えなくなるが、≪水属性魔術≫での視点を盾の向こう側に置けば問題ない。
ふとロセを見れば、彼女も自らの得物である鎖鎌をぶん回し、私と同じことをしていた。
飛んできたもの。それは、小さいものでもテタニの顔ほどもあろうかと言う巨大な鱗。
鱗が降ってこなくなったのを確認し、めんどくさいので{渦水流}をそのまま≪多次元収納≫にぶち込む。
「ごめん、油断してた」
(今は悔やんでる場合じゃない)
そして、逆巻く波の向こう側に、ようやく私たちはその姿をはっきりと、しっかりと目視することができた。
氷山のように巨大な胸鰭。
鰐のようなするどい牙を持つ顎。
その体はびっちりと、魚のような鱗に覆われている。
「話を聞く気は無い、と言うことか」
いつの間にか近くに来ていたロセがそう呟くと、後ろに向けて赤い光を放った。
いったい何を……と、思ったが、恐らくニシオギクボに発光信号でも送ったのだろう。
短く三回、長く一回。
その指す意味はよく分からないけれど、あまり喜ばしいものではないことは容易に想像がついた。
「テタニ。条件が変わった。防御はサーシャに任せて、お前は遠距離からの攻撃に徹しろ。決して、近づくな。いいな? サーシャ。さっきのも{渦水流}だな? ずいぶん使いこなせているようじゃないか。それで、テタニに飛んでくる攻撃を弾くんだ。お前にはそれができる」
「オッケー!」
(わかった)
そして、私達はキングモービィと対峙する。
キングモービィの赤い目は、しっかりと、私達を見据えていた。
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「見つけました! 前方左奥です!」
緊縛した空気の貨客船ニシオギクボの船橋に、ローレンスの声が響く。
それにつられて船長と何人かの水夫が、一斉にスコープを覗く。
「方位……三百四十五!」
「大きさとシルエットから、恐らく、レヴィアタンと思われます!」
水夫たちの声が響く。
船霊ニシオギクボはそれを聞き、すぐに船首に転移した。
そして、しばらくして戻ってくるなり、船長に、レッコーアンカー、と告げた。
「お前ら、帆をたため! 錨を下ろせ! そして、応急修理の用意をしておけ! レヴィアタンの攻撃に飲まれたら、この船はひとたまりもないぞ!」
その号令に、水夫たちは慌てて、三人の上級航海士を残して散り散りになる。
「しかし……レヴィアタンは、本来青から黒色のはずだぞ……」
静かになった船橋で、船長は小声でぼやく。
トシフはそれを聞き逃さなかった。
「船長さん、そいつの色って、一体何色だ? 赤か? 緑か? それとも……白か?」
「……白色だよ」
「……なんだって?」
トシフはローレンスのスコープを奪い取り、それに注目した。
トシフは、考古学者である。
故に様々な伝承に目を通していた。
しかし、白いレヴィアタンというのは、彼の見た書物の中でも、数回しか記述がない。
そして、そこに書かれているのは――恐らく、同一個体であると考えられている。
「あのとがった顎、光る肌、確かに間違いなくレヴィアタンだ。しかし、あの色……。船長さん、キングモービィって名前、ご存知です?」
「あぁ、ここカンナガ湾周辺に伝わる伝承には必ず名前が出てくる神の怒りだが……まさか!?」
「俺だって信じたくねぇよ。でも、白いレヴィアタンはソイツ以外の記述は全くねーんだよ!」
トシフはローレンスにスコープを突き返して、震えた声で叫ぶ。
そのとき、チカリと何かが光った。ローレンスが、すかさず報告する。
「短く三回、長く一回の発光です」
(ママの信号。V、我援助ヲ要請ス)
「……そうですか。船長、上甲板へ登る許可を」
「認めよう。もう、なるようにするしかあるまい」
ローレンスは上甲板に登り、弓矢状の魔導具、ラジングルマを取り出して構える。
「頼みますよ、ラジングルマ。あの人たちが、無事戻ってこられますように!」
一方船橋では、一人トシフが己の無力さを嘆いていた。
「……テタニとサーシャは奴の近くまで行ける。ローレンスの魔導具による攻撃は、ここからでも奴に届く。なのに、なぜ俺だけ、終末魔導具大戦を生き延びた魔物と対面しているのに、全く力になれないんだ……」




