Ⅰ-28:予感
(すごく、嫌な予感。助けて)
ニシオギクボが私たちの部屋に突如現れたのは、トレイニアを出て三日目の朝のことだった。
三人が朝食に出ている間、一昨日得た技能の検証や、≪水属性魔術≫による視点の移動の練習を行っていた。
そこに、焦った様子で現れたのである。
(ニシオギクボちゃん、三人は?)
(船橋で、ママと一緒。サーシャ、連れてく)
ニシオギクボは、かなり焦っているようにも見えた。
それに、よく見ると……顔色も、相当悪いように見える。
何かがあったのだろう。すぐにニシオギクボの腕に収まり、船橋に転移する。
その腕は……ひどく、震えていた。
船橋は緊張に包まれていた。
そこには、水夫からスコープを借りて遠くを見つめるローレンスと、武装したテタニにロセ、そして神妙な顔で船長(と思われる人)と話をするトシフがいた。
(ママ、サーシャ連れてきた)
「あぁ、ありがとう。……サーシャ、事情は後だ。君はテタニの杖に」
そうロセに言われ、即座にテタニの杖の先にひっつく。
今はきっと、理由なんて聞いている暇はない。
「では、私とテタニ、それにサーシャは船首に向かう。ローレンス、見つけ次第ニシオギクボ経由で私まで」
「承りました」
それを聞き届けるまでもなく、ロセ、そしてテタニは、船橋の横のハッチを開け、船首に向かった。
船首の欄干に腰掛け、海を見つめるロセ。
青い空と青い海に、白い雲と白い波が、どこまでも、どこまでも続いている。
(ロセ、一体何がどうなって?
ニシオギクボの様子も、異常だったぞ)
「……詳細な所は私にもわからん。ただ、ニシオギクボが怯えている。船霊の抱いた悪い予感は、大概ロクなことにならんことは身をもって知っている。だからこそ最大限の警戒をしているまでよ」
……そういえば。
ニシオギクボが初めて私のところに来た時も、なんか嫌な予感がすると言っていたような……
もしかして、それはこれを予知していたのだろうか?
そう考えていると、左奥側で、何か白いものが吹きあがるのが見えた。
潮吹き、だろうか?
と、すれば。鯨か、それに似た物。それも、かなり、大きい
「まさか、アレ……?」
「……だろうな。しかしあの大きさの潮吹きとなると……」
しかし、往々にしてこういった悪い予想は当たるものである。
それから数秒も経たないうちに、ニシオギクボがやってきて、こう告げたのだ。
(ママ、三百四十五度、レヴィアタン)
「……レヴィアタンだと? 馬鹿な……。テタニ、行けるか? 無理なら、お前は留まれ」
レヴィアタン。海の魔物の中でも最上級の、Sランク級の魔物だ。
正直、Sランクのロセはともかく、Bランクのテタニや私は下手をしたら足手まといになりかねない。
敵対しているかどうかはわからないが、そんな魔族が進行方向にいるのだ。
テタニは顔を上げると、まっすぐな澄んだ目で、ロセに自らの意思を告げた。
「ロセさん……、アタシが行っても、大丈夫ですか」
「……仮に戦闘になった場合、回避に専念しろ。奴の一番厄介なのは、その鱗だ。……ニシオギクボ、至急レッコーアンカー」
(サー)
そういうとロセは甲板から海に飛び降り、テタニも慌てて続く。
一瞬大丈夫か、と思ったが、どうも海面から件の超音波を出して、水上スキーのように進んでいるようだった。
(それ、三人であの渓谷の……)
「大丈夫、この魔法はアタシからの距離の二乗に比例してマナを消費するから、アタシだけなら実質消費無しだよ。それに、空より海の方が、音も小さくて済むから」
テタニはいつになく真剣な声でそう言った。
彼女の眼には、迷いはなかった。
海を進むにつれて、だんだんと、波が荒くなる。
空はこんなに青いのに、海はこんなにも、白い波が立っている。
そして――目的であるその、貨客船ニシオギクボと同程度はあろうかという巨体が、赤い眼で近づく私たちを見据えているのも、はっきりと見えるようになってきた。
そこで、ロセから念話が飛んでくる。
(サーシャ。今お前は毒以外に使えるものはあるか)
(まだ、解析は終わってないから、{渦水流}くらいしか……)
(わかった。当面はテタニのサポートに徹しろ。
奴は……キングモービィは、白い悪魔だ。恐らく、話は通じん。
それに、奴からは、決して逃げられぬ)
そして……キングモービィ、と呼ばれたその白いレヴィアタンは、私たちが対話を試みるよりも早く、私たちに牙をむいたのだった。




