Ⅰ-23:ロセ・ヨコスカ・カナガワ・ダイニッポン
一等船室。部屋の広さこそ二等船室と変わらないが、ベッドの数と配置が違うため非常に広々としているように見える。
「さて、改めて自己紹介をしようか。私はロセ・ヨコスカ・カナガワ・ダイニッポンだ」
(サーシャ・タカトオ・ナガノ・ニホンです。やっぱり、ロセさんも……?)
この世界における名前は、ギブンネームの後に出身地が続くと、ミーシャから聞いている。
私の名前も、生まれが日本の長野県上伊那郡高遠町だから、こうなっているのだろう。上伊那郡はどこに消えたのかは知らないけど……。
と言うことは、ロセの出身は……
「ロセでいい。お察しのとおり、生まれは神奈川県横須賀市、世界を歩く者だ。君も、やはりそうだったのだな。長野の高遠……。確か、鉄道のない駅があるところだったか?」
(そう。高遠駅のある、高遠)
「そうか。長い間旅をしているが、この世界で同郷の者に会うのはサーシャ、君で二人目だよ」
えっ? 私はこの世界に来て、地上に出てからは一カ月ちょいで二人目なのに、ロセは私が二人目?
もしかして、世界を歩く者ってそんなに少ないのか。
(世界を歩く者って、そんなに……)
「すまん、ちょっと言い方が悪かったな。世界を歩く者自体は年に数人は新しく出会うが、日本列島出身のが二人目だということだ」
あぁ、そういうことか。
ロセは、自分をダイニッポンと名乗った。と言うことは、少なくとも戦前生まれの人なのだろう。
……こっちに来たのが何年前かは聞くまい。
「さて、本題に入ろう。君は自分が危険な力を持っていることを自覚しているはずだ。だからな、一つ、確認しておきたいのだよ。嫌なら言わなくても構わないが、単刀直入に聞こう。君がこの世界で何をしたいのか? やはり、元の世界に戻りたいか?」
(……最終的にはね)
「そうか。ならば、一つ言っておこう。厳しいだろう、と」
それって、どういう……?
「この世界ではな、ここから見た異世界――無論私たちの元いた世界も含まれる――への扉を探す研究をしている者達が、いないわけではない。特にウィコット皇国の西、神聖スコトリア皇国では盛んに行われている」
(……じゃあ、その神聖スコトリア皇国に行けば)
その場所に行けば、帰る方法が見つかるかもしれない。
……と、甘い期待を抱いたが、その期待は直ぐに打ち砕かれることとなった。
そもそも、神聖スコトリア皇国がなぜそのような手段に出ているかといえば、宗教国家たる神聖スコトリア皇国の国教が関係しているのだという。
その教えは、人間、それもその教えを信ずる民こそがこの世の頂点たる生物だという選民思想。
故に神聖スコトリア皇国では、人間以外の魔族や魔物は無条件で討伐していいことになっている。
今の私は、人間じゃない。バリバリの討伐対象だ。
そして、神聖スコトリア皇国はその教えと言う足かせにより、魔族の知識や技能を排除しているため、周辺諸国より武力が少ない。
それだけではなく、その教えのために国内の危険ではない魔族を討伐するために武力を割かざるを得なくなっているとのこと。
つまり、対外的な武力が国の規模の割に極めて貧弱なのである。
では、どうすればよい? 彼らの教えは、人間であればいいのだ。
そこで彼らは世界を歩く者を見て、異世界から技術、そして異世界の、自分たちと同じ人間を武力として取り入れようとしているのだろう。
そのような国において、異世界へ送り出す術を見つけることにどのような意味があるだろうか? いや、ない。
つまり、神聖スコトリア皇国に行ったところで、元の世界に戻れる可能性は極めて低いのだという。
「そもそもあの国は連合的にも看過できぬことを再三繰り返している国だ。安易に近寄るべきでない」
(わかった、肝に銘じておく)
心の中のメモ帳に、神聖スコトリア皇国は危険、と赤文字で記入する。
「それと、もう一つ手掛かりはある。スカラー・ノウガヤ・タマ・ムサシ。さっき教えた神聖スコトリア皇国の異世界への扉の基礎を作ったドワーフだ。彼ならば、帰る手段を知っているやもしれぬ」
ノウガヤ・タマ・ムサシってことは、武蔵国多摩郡、世界を歩く者か。
「あぁ、お察しのとおり彼がもう一人の同郷の者だ。彼はな、かつては帰る手段を探していた。それゆえ、一度スコトリアの者達が接触してきた際、彼は信用してしまったのだ」
あれ、ちょっと待てよ。ドワーフは、魔族に分類されるはず。そして、神聖スコトリア皇国は……。
そう尋ねると、彼女はしっかりとうなずく。
その推測は、正しかったようだ。
ロセは重々しくその後の彼の身に起きたことを話してくれた。
神聖スコトリア皇国の人々はスカラーの研究結果を横取りした。スカラーは抗議したが、神聖スコトリア皇国でもちろん認められることなどなく、それどころか彼を殺しにかかってきた。幸いにして命は助かったようだが、それ以来彼は人間を信用しなくなってしまった。
そして、元の世界が人間の支配する世界であることに絶望し……彼は、帰るのをやめたのだという。
と、いうことは、だ。
仮にスカラーと会えたとしても、彼が裏切られる前に帰る手段を確立していなければ、帰る手段はないだろう。そして、そうであるならとっとと帰っているはず。ならば、手掛かりにはなるけれども決定的なものではない、ということになりそうだ。
そこでふと、私は浮かび上がった疑問をロセに投げることにした。
(……ロセは、帰ろうとは思っていないの?)
「……私はいいのだよ。前の世界での私の体はひ弱でね。三年持つかわからないと言われ続けていた。そんな体じゃ、妹の代わりに背負った罪を償うことなんて、できやしないのだから」
ロセは、悲しそうな顔をしてそう言った。




