Ⅰ-15:収納
その日の午後。私たちはこの町の冒険者組合を訪れていた。
トレイニアの町の冒険者組合は、王国でも最大規模を誇るものだ。
建物の大きさこそタオの町の冒険者組合と同程度ではあるが、タオの町のそれは駅馬車の待合所や宿泊施設を兼ねていた。
しかし、トレイニアのは建物すべてが冒険者組合である。
これだけ大きいのは、トレイニアが港町でただでさえ人の往来が多いのに加え、アカデミーの学生が地元ではなくここの冒険者組合を使うこともあるだろう。
「任務の経過報告だ。タオ・ターミナルまでこれをよろしく」
トシフがそう窓口の人に告げ、組合員証と便箋を差し出す。
窓口の人は組合員証を台の上に置き、何かを確認すると、便箋を受け取った。
「さて、明日の出航まで空きができたが、どうするか?」
「僕としてはあまりこの町に思い入れはないですが、あなたたちはそうでないでしょう。
サーシャの面倒は私が見ますから、久々のトレイニアの町で羽を伸ばしてきたらどうです?」
「……いいの? ローレンス」
「えぇ、僕としても早めにサーシャを連合に入れさせたいですから」
お前、それが本音か。
でも、確かにこの中で収納系のスキルを持ってるのはローレンスだけなんだよな。
収納系のスキルって、話を聞く限りとても便利そうだから私も早く習得してしまいたい。利害の一致ってやつだ。
テタニは≪念話≫で事情を説明しつつ、杖から私を外してローレンスに渡した。
トレイニアの冒険者組合は、一階の奥半分が整備場になっている。
その一角で、ローレンスは自分の鎧とトシフの剣を整備しながら、私に収納系のスキルのレクチャーをしてくれている。器用な人だ。
(収納系のスキルは、空間系に分類されるスキルなので、まずは空間を把握するところから始めます)
そういうとローレンスは、私の周りに正方形を描いた。この中心を正確に当てる、というトレーニングらしい。
まあ、簡単な事なので、真ん中に行ったついでに三角錐の頂点の一つで立ってバランスを保つ。
(まぁ、そんなきれいな正四面体になれるなら簡単にできちゃいますよね……。
じゃあ次に進みますね。空間を示す基本的な図形というのは、立方体と球の二つがあるのですが……)
ローレンスのレクチャーは、とても分かりやすい。トシフが教科書の執筆に彼を頼るのもわかるような気もする。
空間系のスキルというのは、基本的に論理によるものが大きいらしい。
例えば、地面の上、平面上しか認識できない存在からは、地面から離れたところを認識することはできない。
だから当然私たちにも同じように普通に認識できない空間が存在するはずで、その空間を使うのが収納系なのだとか。
そして、その平面上のすべての箇所から、平面に垂直に伸ばした無限の長さの柱同士は、平面上でぶつからない限り重なることは無い、と。
(なんとなくイメージはつかめましたか?)
(でも、なんでその認識できない空間に何もないとわかるの? それに、二つ以上突っ込んだら取り出せなくない?)
(サーシャさん、あなたいいところを突きますね。では、これを)
そう言うとローレンスはメンテナンスの手を止めて、どこからともなくレイピアを取り出すと、それを地面に突き立てて、そのなかほどの一点を指した。
(では質問です。このレイピアのこの点から、レイピアに垂直に引ける直線は、何本ありますか?)
その答えは……無限だろう。そう答えると、
(はい、その通り無限です。そして、その無限の本数の線が重なるのも、この一点だけです。
つまり、無限の長さを持つ空間を、私たちは無限の数持っているのです。
だから、百個、千個、いやせいぜい有限でしかない個数の障害物があったとしましても、無限の長さをもつ空間が、必ず無限に余る訳なのですよ)
ローレンスはレイピアをしまい、再びメンテナンスに戻る。
でも、どうやって不明な方向に物を押し込むんだろう?
例えばこの小石を、上に、左に、奥に、そして変な方向に。
【アカシック・セカンドが告知します。
個体名:サーシャ・タカトオ・ナガノ・ニホンが、以下のスキルを獲得しました。
≪多次元収納≫
以上です】
大霊樹様の声が響く。……え?
(あの、ローレンスさん……、できちゃった、みたいです)
「え? はい? えええええええっ!」
ローレンスの驚愕の声が、整備場に響いた。
うん、私だってびっくりだよ。
「えっと……。この煉瓦でやってもらえますか」
そう言われて差し出された煉瓦を≪多次元収納≫にしまって、出す。
「サーシャさん。橋の時も思ったんですが、あなた……一体何者なんですか?」




