ギョロリとした目
タクはしばらく、温泉へと流れ落ちる滝の音に耳を傾けた。
ザァァァァァァァァ。
お湯へと流れ落ちる一定のリズムに耳を傾けていると、不思議と心が安らいだ。
俺、こういった音、意外と好きかも。
・・・ふぅ・・・そろそろ体でも洗おうかな。
タクは湯船から出て、鏡の前に座った。
桶には、ルルーシカに渡されたつるつる昆布が入っていた。
「いや~、つるつる昆布という名前らしいけど、わかめにも見えなくないんだよな。つ~か、俺、昆布とわかめがどこが違うかよくわかんね~や。両方とも海藻だし」
タクは、つやつや昆布で、全身をごしごしと洗った。
全身が泡まみれになる。
ヌルヌルヌルヌル。
昆布から分泌されるぬめりがこの上なく気持ちよかった。
思わず、アッと声が出てしまうほどだった。
しばらく、そのぬめりを堪能していると、ルルーシカに、
「変な声出して、変な楽しみ方をしてんじゃないわよ」とお叱りを受けたので、
タクは、全身を覆っている泡を落とすことにした。
石の壁から吹き出しているシャワーに、
頭から突っ込み、体にまとわりつく、ぬめりを落とす。
シャワーの温度はちょうどよい温度で、
ほんのりと、薔薇の香りがした。
「私、もう先に出るから、あんたもさっさと出てきなさいよ。でないと、禿げちゃうわよ」
温泉に長く入ると、禿げるという理屈は意味不明だったが、タクは
「おう!!」
「返事はやけにいいわね。それにしても、お腹が減ったわね。誰よ、温泉に先に入ろうといった馬鹿は。頭がおかしいんじゃないかしら。ていうか、絶対に頭の中すかすかよね」
俺に文句を言っているんじゃね~だろうな。
お前が、温泉に先に入ろうと言ったんじゃね~かよ。
ルルーシカが、不機嫌そうに浴室のドアをバンと閉める。
鬼がいなくなったところで、温泉を堪能できると思ったタクだったが、
やはり、禿げると言われたことが気になり、
「まあ、そろそろ、出ようかな」
と、呟いた刹那。
ギシッギシッギシッ、とガラス窓が軋むような音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
音の発生源は、温泉脇にある池からだった。
そこは、巨大な門から温泉へと通じる通路的な存在。
先ほどまで、無色透明な色を称えていた池が、
ヘドロのような濁った色を称えていたのだ。
「なんで、色が変わっているんだ」
タクは池へと近づき、ゆっくりと覗き込む。
すると、
ガシン!!
池の水面が大きく波打った。
「な、なんなんだよ、いったい」
水面の色が変わる。
いや、水面の向こう側にいるナニカが動いている。
ゆっくりと体を動かし、
瞼をそっと開き、
タクをひと睨み。
ギョロリ。
そいつには見覚えがあった。
ただ、大きさが、タクの知っているそいつよりもはるかに大きい。
そいつは、昨日の夜に見たあのグミグミの物体だった。
「げっ!!」
タクが声を上げると同時、池の中から、
漆黒の触手が、タクへと襲い掛かってきた。
「あがあがあががががががががが」
突然のことに対応できず、タクは尻もちをつく。
触手は波打ち、
絡まり、
タクへと急接近。
先端は、ナイフのように鋭い。
ギュルン!!
「あ、あん?」
タクの目と鼻の先で、何十本とある触手が
突然、動きを止めた。
ギシギシギシと、動こうとしているが、
動けないらしい。
「池の水?」
恐らく、魔法によるものだろうが、どうやら、触手を拘束しているのは
池の水らしかった。
池から飛び出た触手は、池の水に絡まれ、少しずつ池へと吸い込まれていっている。
地を揺らすような苦し気な声がふと聞こえて来た。
そして、次の瞬間、
タクへと襲い掛かろうとしていた触手はすべて、
池の中に吸い込まれていった。
「・・・・・・・」
おそるおそる池を覗き込むと、
無色透明な水面がタクを映し出していた。
先ほどまで池の中にいた、グミグミの物体は、
もうそこにはいなくなっていた。
「俺は、また悪夢でも見たのか?いや、そもそも、ずっと悪夢を見ているのか?」
ほっぺたをつねると、とんでもなく痛かった。
どうやら、夢ではないらしい。
ただわかることは、今、この場に居続けることはとんでもなく危ないということだった。
なので、もう少し温泉に浸かっていたが、タクは諦めることにした。




