9話
よく晴れた朝、魔王捜索はしめやかに行われた。勇者様の初任務に壮行はなく、裏門みたいなところから国部は出発した。馬も使わず、空も飛ばず、徒歩だった。1年が予想される捜索計画の初日のエリアが近場だからだろう。
国部の雰囲気は先日までとは打って変わって真剣だった。話し声は一つもなく、レインを先頭に陣形を維持して進む。いつ魔王が現れても戦闘できるように気を張っているのだろうが、残念ながら魔王は今頃グレイスの手伝いをしている。
俺はこの探索で見極めなければならない。あの男を魔王と呼ぶべきか。まーくんと呼ぶべきか。
ほどなくして目的地に到着する。
そこはまさに難民たちの集落だった。棒切れと布だけの住宅とも呼べない仮設住宅。みんな生活のために忙しなく狭い道を往来しているというのに、活気は感じられない。どことなく沈んだ空気と一緒にあの教室で嗅ぎなれたにおいが強く臭う。
レインさんがハンドサインを出す。隊員たちもハンドサインを返す。俺はそれを教えられていなかったので、おろおろしていると隊員が走り出した。
「ヒビノさんはここで大丈夫です」
いつの間にかレインさんが横にいて、つられて走り出そうとする俺の肩を優しく抑えた。
「もし魔王がいたら大変ですから」
守護られてる勇者とはいかがなものか。
集落に隊員が入ると、物音の一切が消えて難民たちが跪く。平和を守ってくれている国部への畏敬―-というには少し空気が違った。
クラウドが大きな声でなにかを言った。教室で聞く難民たちの言葉だった。応える者はいない。今度は一番近くにいた難民の青年にむけてなにかを言った。青年が頭をあげるやいなやその顔をクラウドが蹴り飛ばした。
「ちょ!?」
「しっ。静かに」
そんなこと言われてもましても。無抵抗の相手を、それも見るからにヒョロヒョロの痩せっぽちを鍛え上げられた軍人が一歩的にいたぶってるのだ。静かになんてできるわけない。
「ああやって炙り出します。魔王について隠していることがあればこうなると」
「え?てことはアレですか。あの人は魔王について隠し事を?」
「それは今からわかります。彼が口を割れば」
レインさんがあまりにも平然と言うものだから、理解に時間がかかった。
「見せしめってこと?あの男は本当に何も知らないかもしれないのに?」
「そうですね」
「そ、そうですねって。そんなサラっと認めていいんすか?」
魔王の手下ならあの扱いもわかるけど、推定無罪の人間を国を守らんとする兵士が暴行?セーフな要素が見つからない。
「……?そんなに変なことを言っているでしょうか?」
心底ふしぎそうに首をかしげるレインさんを見て、「ああ」と諦めた。文化の違いというやつだろう。元いた世界にだって魔女狩りやら、踏み絵やらあったわけだし。彼女らの世界で目の前で起こっている光景は普通なのだ。
細かいことは気にしない。つっこまない。郷に入っては郷に従え。実に素晴らしい言葉だ。俺はその大事さを身をもってわかっている。もっとも目の前で起こっていることを細かいに分類していいのかは微妙だけど。
「ヒビノさん。出番です」
レインさんに護衛されながら集落の中へと入る。どうかこの中に教室で教えている子達がいないことを祈った。幸いにも彼らの姿は見つからなかった。
「このジジイが魔王について知ってるようだ」
よぼよぼの老人の前に通される。クラウドは勝ち誇ったような顔をしていた。拳には赤い血が滴っている。倒れ伏した青年は息も絶え絶えに俺を見ていた。憎悪と怯えに満ちた目で俺を。たぶん集落の人間も同じような目をしている。勘弁してくれよ。勇者になったつもりもないけど、悪党になった覚えもない。
しかし、この場ではどちらかにならなければいけなかった。
「悪いな」
仕方なく俺は前者を選んだ。取り押さえられた老人の禿げ頭に手を置く。
俺に任されたのは疑わしい人間に真実を吐かせること。無論、記憶操作にそんな能力はついていないわけだが、ようは使い方だ。針金でピッキングするように、能力をうまく使えばわりといろいろな事ができる。
例えば。
目の前にいるのは君の仲間だ。
君は魔王についてなにか大事なことを話そうとしている。
そういう風に記憶をいじれば
「クラウド。ワシは本当に魔王についてなにも知らん。ふざけるのはよして、はやく離してくれんか」
こういう風に喋る。王都の言葉を喋れるようにしたのはサービスだ。
「だってさ」
クラウドはなにか考えるように顎髭をさすって「そうか」と魔弾を老人に放った。あがった悲鳴に俺の声も混じってる。次いでクラウドが難民に向けて言った言葉はわからないが、なんとなく意味はわかった。
ほどなくして魔王探索の初日が終わった。クラウドは変わらない顔で肩を組んで「飯に行こう」と誘ってくる。青年を殴って、老人を殺したその腕で。彼は変わらず良い奴だった。
そうだとも。あれは仕事で、クラウドはいい奴で、あの青年はアンラッキーで、老人は嘘を吐いた悪人だった。それが全てだ。すぐには呑み込めないけど、そのうち消化できるはずだ。苦い現実との向き合い方は身をもって知っている。この時ばかりは、異世界のクソ野郎どもに感謝した。
家に帰ったらグレイスが何も言わずに抱いてくれた。ついでにまーくんも。良い匂いのする筋肉のなかで、俺は少しだけ泣いた。
魔王探索がはじまって一月が経とうとしていた。魔王に対する大きな情報はなく、国部はピリついていた。
「なーんか隠してる気がするんすよねぇ」
サニーが言うように難民たちの様子は潔白というにはどこか不自然だった。その不自然さに何が隠されているのか暴くのが俺の役割なのだが、未だに目立った手がかりを掴むことはなかった。しかし彼らがそれを責めることはなかった。
「十分助かってるさ。ヒビノの力を上手く使えてないオレたちが悪い」
そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、クラウド。
もしも俺が意図してウソの記憶を難民たちに入れてたらどうする?
魔王のことを知っているのに、その記憶を消していたら?
なんて口に出したら冗談にならないだろうな。
事実、冗談ではないのだから。
俺は隊員たちが炙り出してくる容疑者に対して、魔王の記憶を消して喋らせている。
俺はまだ自分の正義の所在を見つけられていなかった。
進展なしの魔王探索が終わり、家に帰る。扉を開ければエプロン姿のマッチョメンが待っている。あーメロい。
「おかえり。ご飯にする?お風呂にする?それとも僕?」
迷わずその筋肉に飛び込む。今日も今日とてムッキムキ。ちなみに俺が仕込んだ。
「アンタらマジなんなん。臭いからはよ風呂入ってき」
風呂上がりのグレイスがごみを見るような目で見るが、おかまいなし。「後輩」といえばお姫様だっこで風呂場まで連れてってくれるんだから、ほんと一家に一台。
「先輩、今日は子供たちに一発ギャグというものを教えられたぞ」
「ほーん。ちゃんと仮面は被ってた?」
「ああ。だが、この時期は少し熱いな。変な日焼けできてるだろ?」
湯船に浸かるまーくんの顔を見る。たしかに、微妙に目元と口もとだけ日焼けしてた。
「僕はいつまで人前で仮面をつけないといけないんだ?」
まーくんの隣に腰を下ろす。ちょうどいい湯加減だこと。みるみるうちにこいつは家事が上手くなって姑の出番はもうなかった。
「一生って言ったら後輩はいや?」
まーくんは顔をお湯で拭った。
「……よくはないが、必要なことなら仕方がない。先輩とグレイスの前では取っていいわけだしな」
満点の解答だなぁ。顔だけじゃなくて心もイケメンかこいつ。
まーくんのそういうところがいつまでも決断を遅らせる。
魔王探索をしているうちに、魔王がこの世界になにを及ぼしたのかわかってきた。でも、それはもちろん被害者側の視点で語られて、話のなかでの血も涙もない鬼畜な魔王とまーくんはどうも重ならなかった。
悲しき過去なんて悪役によくある話だ。もしかしたら彼にも同情にたる理由があるのかもしれない。なんて考えるのは流石に傍観者視点過ぎるか。しかしながら、俺は魔王に何をされたわけでもない。どうしたって被害者のように彼を恨むことはできない。
一方で罰せられるべきだという気持ちもあった。記憶を失くしたからって罪もなくなるなんて虫のいい話だ。彼のせいで出た被害はこの魔王捜索で目の当たりにしてきた。あそこで暮らす多くの難民のことを思えば、そう簡単に許されることではない。それに、もしそれを許してしまったなら、国部が殺してきた難民たちが浮かばれない。
「今日のハンバーグな、うちが作ってん」
「だからか。10点」
「10点満点中よな?」
「だったら僕は12点だな」
「13点」
「負けた。流石は先輩」
「オークション形式なん?採点方」
などと悩むふりをしながらも、結局は居心地がいいだけだった。
そういえば夏休みの宿題も最終日までほとんど手を付けないタイプだったな俺。
魔王も、使命もどうでもよくて家に帰りたい。最近はずっとそう思ってる。
しかし、宿題に提出日があるように、この問題だっていつまでも引っ張れるわけにもいかない。最終日まで引っ張るが、ちゃんと登校日までには終わらせるタイプなのだ。




