8話
帰ったらびっくりそこにいたのは魔法で見たのと違わぬ魔王。具体的にどんな悪さをしたのかは知らないけど、悪名高い魔王と俺はいま食卓を囲んでいる。
「ケイ、ちょっとソースとって」
いやいやいや。おりますやん。魔王が俺の部屋におりますやん。捜索終わりですやん。
「ケイ?なぁソース」
魔王が食べてますやん。俺の作ったカツレツを食べてますやん。むしゃむしゃと。
「なんで無視すんねん!もうええわ。まーくん取って」
渡した。魔王がグレイスにソースを渡しやがった。「せんきゅ」ってグレイスもソースをかけてる。
普通だ。魔王がいるというのに、親の仇がいるというのに、なんて和やかな食事風景なんだ。
「ケイ、まーくんのこと見すぎや。さっき説明したやろ」
説明はされたけども、はいそうですかとすぐ納得できるものでもない。
ある日、森のなか魔王さんに出会った。花咲く森の道――ではなく。とても衰弱していたから屋敷で休ませた。彼には記憶がなく屋敷にたどり着くまでずっと森を彷徨っていたそうなので、記憶が戻るまでは屋敷で匿うことにした。
これが魔王でなければ二つ返事で済ませてた。部屋はいっぱい余ってるわけだし。グレイスが誰かを助けるなんて珍しくもないし。だが、如何せんこいつは魔王だ。
「まーくんってなによ。こいつの名前?」
魔王のまーくんか。クラウド曰く一般には魔王の情報は公開されていないはずだが、まさかグレイスが気づいて
「まーくんっぽくない?」
……まーくんっぽかった。
渦中のまーくんは我関せずとパンを貪っている。その姿はまるで笹を食うパンダ。こうも人畜無害だと魔王か疑わしくなってくる。他人の空似だろうか?
「ほら、アンタ記憶操作できるんやろ。まーくんの記憶戻したりや」
「そうじゃん。そうすりゃいいのか」
魔王かどうか能力を使えば一発―-というわけにもいかないんだな、このワンウェイチート。記憶の上書きはできても、記憶の閲覧はできない。しかし、チートとハサミは使いよう。記憶を引き出す手立てはいくらでもある。
「ほーら、よしよしよし。いい子だねぇ。ちょっと触るからねぇ。動かないでね」
「動物の相手しとるんかい」
自分のパンを餌にまーくんの注意を逸らす。涎を垂らしたまーくんはパンにかぶりついた。よし。今だ。
ばちっと静電気レベル100みたいな衝撃が触れようとした手に走った。
「痛ってぇ!!」
腕を見る。よかった繋がってる。指も動く。「大丈夫か!?」とグレイスが席から立った。まーくんはパンに夢中だった。
「どうしたん?」
「俺にもわからない」
まーくんの肩に触ろうとしたら、見えないびりびりする壁に跳ね返されたみたいな。しかし、これでこいつが魔王だって確信した。女神の加護が効かないのはコイツがはじめてだ。
グレイスを部屋の外に呼んだ。それにさえ細心の注意を払って。
「今すぐここから避難しよう。国部を呼ぶ」
グレイスの細い腕を引っ張って外に行こうとする。冷静ではなかったから、引っ張り返されるまでグレイスの声に気付かなかった。
「ちょ、待ちぃや!!痛いからっ」
「あ」と力が緩む。手を振り払ったグレイスが自分の腕をさすっている。
「……ごめん」
「国部を呼ぶってどうゆうことやねん」
「あいつは」と言いかけたところでグレイスが両手で口を塞いできた。
「待った。言わんでいい。なんとなくわかってる」
グレイスは少し考えたあと、まっすぐ俺の目を見た。
「少しだけ待って」
否定しようにも口を押えられているのでもごもごした。
「仮にまーくんがとんでもない大罪人だとしても、その記憶はないんやろ?だったら彼はまーくんや。まだ何の罪も犯していない」
流石にもごもごじゃ済ませられなかった。れろん、とグレイスの手のひらを舐めた。
「うひゃあ!きっしょ!なに舐めとるんわれ!」
「甘いな。あまあまだね、お嬢様」
「きも」
「手のひらの話じゃないから」
それはどっちかといえばしょっぱかった。
「記憶が消えたからって過去の罪が消えるわけじゃないだろ。それに記憶が戻ったらお前の身だって危ないんだ」
「じゃあ罪に対する償いは死やってゆうんか?うちはちゃうと思う。生きて、犯した罪のぶん、誰かのために命を使う。償いってそういうもんちゃうんか」
「そういう話をしてるんじゃないの。まずは俺たちの身の安全を」
「ケイが記憶を封じてれば安全やろ」
「だから、それは無理だったって!」
「頑張れや!」
「頑張れない!」
グレイスとのこういう喧嘩は珍しかった。いつもは俺に非があることがほとんどだから、グレイスの我儘を諫めるのは初めてかもしれない。
「………うち、親が死んで悲しくなかったゆうたやろ」
魔王に殺された資産家の両親のことか。死体は残らず、魔王の顔も知らないから、そこまで悲しくなかったってあのときは言っていた。
「死んで当然だって思ってた。あの人ら自分たちの金のために難民たちを酷い扱いしてたから」
「……だからグレイスは難民たちに」
グレイスは肯定も否定もしなかった。
「遺言でな、あの人ら難民たちのための学校を作ろうとしとってん。たぶん、ずっと償いたかってん。なのに死んでもうて、肝心のことは全部うちに丸投げ。そんなんおかしいやろ」
怒りとか、悲しさとか、誇らしさとか、グレイスの表情にはいろんなものが混ざっていた。
「それにな。なんとなくあの子、悪い子じゃない気がすんねん」
難しい話はわからない。だったら、グレイスのその一言の方がよっぽど信用できる。
「わかったよ」と折れたのはグレイスに恩があるからであり、勇者としての意識が欠落しているからであり、伴って責任感も薄弱であり、これからの捜索で明らかになる魔王の所業で判断しようと思ったからだ。
部屋に戻って空っぽのお皿を前に
「美味しかった。ごちそうさまでした」
そう言って笑うまーくんはグレイスの言う通り悪い奴には見えなかった。
昨夜のグレイス家会議で当面の間は俺の家政婦の仕事をまーくんが担うこととなったので、出発までの間に仕事を教えていた。
「もうやだわ~ここ埃残ってるわよ」
ときには廊下の隅に残った埃を厭味ったらしく指ですくって
「水あげすぎだわ。植物が腐っちゃいますわ」
前もって教えたわけでもない水撒きにケチをつけ、
「なにこれしょっぱいわぁ。近頃の若者はみそ汁の一つも碌に作れないのね」
料理の味に文句をつければ、あらやだ立派な小姑。先輩として上下関係は叩き込まないといけない。
「記憶戻ったら真っ先に殺されそうやな」
グレイスが恐ろしいことを言った。が、ひるまない。「む、無駄にマッチョだからなお前。卵焼き一切れやるよ」べつにビビったわけじゃない。先輩とはときに優しいものだ。
「ありがとう、先輩。仕事ができるだけじゃなくて優しいんだな」
にこっ、とか。きらっ、とかじゃない。擬音をつけるとしたらいけめーんな笑顔を見せてきやがった。悪くないわね。心の小姑もゆーとります。
「じゃ、いってきますよ。後輩、洗剤使いすぎんなよ。水もだしっぱにしないように」
「了解だ。見送るぞ、先輩」
玄関での見送りが二人になっている。なんだろうな、このムズムズした気持ち。これから出かけるというのに、もうすでにおかえりしたい。
「気ぃつけてな。いってらっしゃい」
「ご武運を祈っているぞ、先輩」
ぶっきらぼうに手を振って、屋敷をあとにする。かつての世界を思い出して目頭が熱くなるのはちょっと涙腺が緩すぎか。




