7話
捕まった宇宙人みたいになって連れていかれたのは、城のなかにある聖堂だった。国部の面々は女神カテーテの像の前で手を組み跪いた。俺も跪かされた。
連れてこられるときに聞いた話。新月の夜、ふいに女神は祈りのなかに姿を見せることがあるらしい。こいつらはそこで女神にことの真偽を尋ねるそうだ。すべてを見通す神様なら俺がかつての勇者だったかわかるはずだと。
半信半疑に薄目を開ける俺の反対、彼らは熱心に目を瞑って祈りを捧げていた。そんな彼らにおされて一瞬だけ俺も目を瞑った。祈りというのかわからないけど、女神に会いたいと思った。微妙なチートだけを与えるだけ与えて異世界に放りだしたことへの文句を言ってやりたかった。
しかして、そのときはきた。
瞼の裏が眩く照らされて、思わず目を開ける。真っ暗な聖堂から像は消えて、代わりにそいつがいた。
「よ」
「よ、じゃないのよ」
気軽く手を挙げるのはまごうことなき俺を異世界に転生させた張本神。
「元気してた?」
同窓会であった友達みたいなテンションがもはや懐かしい。あーだめだめ。顔見てたらめっちゃムカついてくる。
「おい。女神いるよ女神」と女神が目の前にいるのに未だ祈りをささげている彼らに声をかけるも、反応はなかった。あぁ、そーいう感じね。
「にしてもよく生きてたねー。ここまで来る前に絶対死ぬと思ってたよー。きゃはは」
笑いごとじゃないんだが。リアルに4,5回は死にかけたんだが。それも魔王とはまったく関係ない市民のリンチによって。
「死ね」
おっと本音がこぼれてしまった。
「うーわ、口悪ぅ。きゃはっ。最初あったときはもっと可愛かったのににゃあ」
「俺も最初、会ったときは変な人だな、くらいだったんだけどにゃ。アンタのせいで純粋だった少年は死にました」
異世界に転生できるってことでこの神に対してかなり補正がかかってた。人が死んでるのに「トラ転とかありきたりでつまんないねー」とか「君はあんまり面白くならなそうだから、面白いチートあげる」とか、思い返せばとんでもない発言をされていたというのに。
人生経験を積んで再び相まみえれば、文句なしのクソ女ならぬクソ女神。子供の頃、公園でよく遊んでくれてたおっちゃんがニートのパチカスだったことを思い出す。いや、それはおっさんに失礼か。
「それでそれで?カテーテ様を呼んだってことはさー、聞きたいことあるんでしょ?」
一人称が自分の名前ってだけでも地雷臭なのに、様までつけちゃったらもうね。
「こいつらがさ、俺が自分の記憶を消すことができるんじゃないかって疑ってんのよ。で、俺が魔王を倒した勇者じゃないかって」
カテーテの目が見開かれる。にんまり笑った。
え、マジ?
と思ったら、普通に笑いはじめて気づけば大笑い。
「きゃはははははははは!やばいーツボるぅ。君がかつての勇者ぁ?ギャグセン高すぎワロタぁ!」
や、やべぇよ。マジでぶん殴ってやりてぇよ。ムカついてムカついて震えてるよ。
「んっ、大丈夫、ふっ。き、きみにぃっっ!自分のぉほほ、記憶を消す能力はないからっ。ぶふっ!きゃはは」
「教えてくれてありがとね。じゃあ俺も人間の怒りの恐ろしさを教えてやるっ」
殴りかかってみたものの、ひらりひらりと身を躱されて最後には拳を受け止められる。
「人間の怒りしょっぼぉ。きゃは」
精神性がメスガキすぎる。わからせてやりたいがわからせ力が足りない。
「ついでに教えてあげるけどー、カテーテ様に君の記憶操作は効かないよん」
バレてたか。まぁ、そりゃこいつから貰った能力だしな。性格の悪いこいつのことだから、あえてこうやって触らせたのかもしれない。
「んー面白いことになってるねぇ。そういう感じになるんだねぇ」
カテーテはじっと俺の目を見た。逆に記憶を探られているようで、心地が悪い。拳を引いた。
「でもぉ、カテーテ様は傍観者だからねぇ。可哀想な君のことどうしてあげることもできないにゃあ」
「今更だね。いつだってアンタは助けてくれなかったし」
「神様ってそんなもんですよー。そだ。じゃあ、神様らしく天啓をあげるよ」
カテーテの表情が変わった。
「南に向かいなさい。そしたら、生まれ変わらせてあげる。夢みたいな世界にね」
グレイスも言っていた南の果て。それが一体何なのか聞く前に「ばいばーい」とカテーテは光に包まれる。そうして荒らし・混乱・嫌がらせの元は消えていった。
目を開ければ俺は祈りの姿勢のまま跪いていた。
信じられないといった目でみんなが俺を見ている。さっきまでの光景は俺が見ていた幻ではなかったようだ。
「ひ、ヒビノさん。女神さまになんて口を!」
「え、いや、ちょっと待ってくださいよ。あいつの態度見たでしょ?レインさんたちも幻滅でしょ。女神という名のメスガキよ」
「なにを言っているのですか!カテーテ様はなんとも慈しみのあるお言葉をくださったじゃありませんか!」
そうだ、そうだの大合唱。これあれだ。俺が見ていたものとレインさんたちの見ていたものは別っぽい。たぶんその手の力を使ったのだろう。なんでもありだな神様は。
こうして悪魔の証明に成功した。その後、レインさんに懇々と女神カテーテの教えを説かれた。
「それでは今日はこれまで。明日は所定の時間に」
聖堂での説教のあと、執務室に戻って中断していた魔王探索の具体的な作戦をレクチャーされた。複雑なものではなかったので意外と早く終わった。早いと言っても日はとっくり暮れているけども。
指切りをしたその日に破るわけにはいかない。帰り支度を急いでいるとクラウドから隊員たちと一緒に飲みにいかないかと誘いがあったが、断わった。「女か」と聞かれたので「大事な人」と答えた。茶化されるかと思ったけど「そうか。いいな」と頭をわしわしされた。その大きな手には銀色の指輪がはめられていた。クラウドにもきっと大事な人がいたのだろう。
そういえば、と思った。
「俺、魔王の顔知らないんだけど」
勇者の情報がないことはわかった。同じような理由で魔王の情報も少ないのだろうか。顔もわからないようなら探索に支障が出そうなもんだけど。
「おーそういや見せてなかったな。一般には情報を伏せてあるんだ。大人の事情ってやつだ」
警察が犯人の捜査状況を伏せるようなアレだろう。魔王なんて大々的な存在にその意味があるのか知らんけど。
クラウドの手のひらに魔法陣が生成される。
ホログラムのように浮かび上がった魔王をみて俺はつい口を滑らせてしまった。
「あらやだ。イケメン」
屋敷までの道中で重いため息が出た。昼間は教室でキッズの相手をして、夜は飲み歩いていた数日前が遠い過去のよう。気分は夏休み最終日。明日からはじまるのが学校だったらどれほどよかったことか。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………働きたくない。つーか、死にたくない。
よくない方向に思考が潜り込んでいきそうだったので、頭をぶんぶん振った。
やめやめ。イヤなこと考えてもハッピーにはならない。どうにかなるときはなるし、ならんときはならん。そうやってここまで生きてきた。
「よし」
気持ちを切り替えて屋敷の扉を開ける。
「ただいまはらや」
「なんやねん、まはらやって。おかえり」
扉の先には洗濯籠を抱えるグレイスがいた。
「え?」
それともう一人いた。グレイスの傍で一回り大きい洗濯籠を抱える男。
「………おかえり」
サラサラの黒髪と涼し気な顔面。それと似つかわないムキムキの巨体。
実物を前にしても、俺の感想は同じだった。
「あらやだ。イケメン」
魔王がいた。
俺の部屋着に身をつつんだ魔王が。




