10話
ん?あれ?
こりゃ記憶が飛んでるな。
ここはだれ。わたしはどこ?
いや、流石にそこまでじゃない。今朝のことは覚えてる。早起きだった。グレイスを起こさないようにこっそり玄関を出て、まーくんに留守を頼んだ。
なぜそんなことをしたんだっけ?
たしか、まーくんにはいつも通り魔王探索と言った。今日は遠いところに行くから朝が早いって。でも、それなら別にグレイスを気にしなくても………ああ、そうだ。グレイスがいたら嘘がバレるからって起こさなかったんだ。
魔王探索は今日は休みだった。雨のなか家を出て向かったのは王都の反対方向、難民の村だった。
うん。思い出してきたぞ。
俺はもっと魔王のこと、延いては難民と呼ばれる人間のことを知ろうと思ったんだ。殊勝なことだ。まぁ、まーくんをいつまでもこのままってわけにもいかないし、当然のように好き勝手される難民たちをワケも知らず見てるのも限界だったから。
まぁまぁ、ここまではわからんでもない。気持ちの問題だしな。
しかし、それでとった行動はいかがなものか。そりゃ、国部と一緒で話なんて聞けるとは思わない。グレイスだって危険な場所に連れてけない。まーくんなんてもってのほかだ。だからって単身で乗り込むなんて一体どんな思考回路をしているのか。
思い出したくもないけど、覚えてる。国部と一緒にいて俺は少し気が大きくなっていたのだろう。自分の能力を過信していた。
結果、これだ。
木製の牢屋のようなところに入れられている。見張りも2人ついてるvip待遇。
後頭部が痛い。たぶん殴られたんだろうな。それで気を失った。その前後の記憶は本当に曖昧だ。村が見えたくらいまでは覚えてるんだけど。
これからどうなるのか。こいつらからすれば俺は国部の一員。つまりは敵だ。それが丸腰でやってきたんだから、そりゃもう煮るなり焼くなり織田信成。
自分の愚かさに抵抗する気さえ失せてた。しかし、俺は本当に話を聞きにきただけなんだ。彼らの言葉だって覚えてきた。せめてその成果は試してみるか。
「ーーーーーー」
見張りに話しかけてみた。2人とも振り返った。伝わったと思ったら、悪い方だったらしい。とんでもない形相で怒鳴ってきた。なにを言ってるのかしら?というか俺はなにを言ったのかしら?たしかにグレイスに教えられたように「話をしよう」と言ったはずなんだけどな。
あるいは正確に伝わったそれが彼らのカンに触ったのだと気づいたのは、彼らが槍を振り上げてからだった。
そりゃそうか。クラウドがいつも難民の集落で最初に叫ぶのがその言葉だ。今更そんなことに気付いた。
「ーーーーーーー」
声がして彼らの動きが止まる。一声で彼らを制したのは見覚えのある少年だった。
少年はしばらく二人と話して、やがて2人はこちらを一瞥すると去っていった。
「ケイ先生。こんにちは」
いつの間にやらとんでもなく発音がネイティブになっている。やはり子供の成長というのはすさまじい。教室で俺のギャグを真似していた少年は当然のように牢の鍵を解いた。
「こんにちはだけどさ。いいの?デュポンは大丈夫?」
少年―-デュポンは「わかんない!」と歯を見せて笑った。
「けど、正しいことをオレはしてる」
立派すぎて呆気にとられてしまった。今すぐ勇者の称号を譲りたいくらい。
しかしながら、その勇気は危なっかしい。
「オッケー。それじゃ、ちょい俺に協力してくれ」
それを守るのが曲がりなりにも先生と呼ばれた大人の使命だ。
デュポンに見張りを呼び戻してもらい、うまく俺の身体に触れるように誘導してもらった。さすればこちらのもん。あとは記憶をいじれば、堂々と脱走した。
「先生やっぱすごい!」
これだよ、これ。俺が求めてた異世界生活っやつぁよ!チート使って!さすおに!さすおに!
と、子供のキラキラした目に感動している場合じゃない。
「先生さ、デュポンたちのこと実はあんまりよく知らないんだよね。で、今日はそれを教えてもらいたくてきたのよ」
「オレたちのこと?じゃあ今日はオレが先生?」
「そうね。教えてくれますかデュポン先生」
「ええで!」
そうして、デュポン先生の授業がはじまった。聞き覚えのありすぎる似非関西弁で。
難民は難民ではない。もとはいくつかの国の民だった。それが魔都と王都の戦争に巻き込まれ、国は滅び、彼らは難民と呼ばれるようになった。勇者の出現により、王都が勝利したとき、国王は彼らに国の再建を約束した。いや、約束などではない。それは戦争被害者に対する国際間で決められた義務だった。
しかし、国王は義務を果たさなかった。完全に放棄したのならまだいい。王都は難民たちを支配するようになったのだ。魔族との戦争で大半の戦士を失った難民たちには、女神の魔法を使う王都に抗う術はなかった。
「ん?女神の魔法?なにそれ?」
「ケイ先生知らないの?王都の人間が使える不思議な力だよ。さっきケイ先生も使ってたじゃん」
「あーそうだよな。えっと二人だけの秘密にしてほしいんだけど先生さ、こことは違う世界から来てるんだ。だから、あんまりそこんとこよくわかってなくてさ。もうちょい詳しく教えてほしいんだ」
「違う世界?」デュポンはクエスチョンマークを頭に浮かべながらも「わかった!」と親指をたてた。ええ子や。
「それでその女神の魔法?っていうのは王都の人間しか使えないんだよね?敵対してた魔都の奴らはそんな力にどうやって対抗……戦ってたの?」
「魔都の奴らはね魔神の魔法が使えるんだよ」
そりゃそうか。難民たちは魔法が使えないから、その強大な力に歯向かえず王都の人間に虐げられたままでいる。だったらそれに対抗する魔都も魔法が使えてしかるべきだ。納得した。しかし、少し気になるところがあった。
「女神の魔法と魔神の魔法。なにか違いがあるの?」
「なんだっけ?細かい違いはあるみたいだけど……あ!そうだ。お互いの神様を倒せるのはそれぞれの魔法だけなんだよ!」
魔神に効くのは女神の魔法。女神に効くのは魔神の魔法。そうか。だから、あのメスガキ女神は「魔法はカテーテ様には効かない」なんて言ってたのか。女神の魔法は女神には効かない。逆を言えば魔神の魔法ならあいつに一泡吹かせられるかもしれない。今度、まーくんに協力してもらおう。
冗談はさておき。
「あいわかった。じゃあ、俺がなんとかするよ」
デュポンの話を聞いてようやく自分がすべきことがわかった。
国部がしていることは良くないことだ。
こういう時こそ俺のチートの出番だ。幸いにもあいつらは俺に気を許している。触ることなんて造作もない。それで、記憶を弄って難民への扱いを変えればいい。そしてゆくゆくは国王までたどり着けば……
「ううん、大丈夫。それはオレたちがするから」
珍しく勇者的なことをしようとしたのに。デュポンは素で勇者だった。
「大丈夫って。デュポンたちは魔法を使えないんだろ?」
「うん。でも、あいつらよりは頭は使えるから」
なんちゅー皮肉だ。たぶんデュポンというより難民たちの言葉なんだろう。無邪気な笑顔にその言葉は似合っていなかった。
「先生には特別に見せてあげる」
子供らしく笑って、デュポンは集落のはずれまで案内した。
なにもない場所だった。不自然なほど森のなかで開けた場所。そこは魔王が最後に滅ぼした村なのだという。村人全員を弔った墓は大きな一房の花が墓標で、デュポンはその場所を手で掘った。
「誰もいないよ。何も残らなかったんだって」
やがて土の中から現れたのは棺桶のような鉄製の箱だった。取っ手を引っ張ってデュポンが箱を開ける。箱の中に入っていたのは大量の銃だった。
「村長が発明したんだ。ここにはコレしかないけど、もっとずっと大きいのもあるんだ!王都の城を一発で吹っ飛ばせるのも!」
玩具を自慢しているようだった。これは魔法を使えない彼らの抵抗手段だった。知的生命体は人を殺すとき、変わらずこの形に行きつくらしい。
そうか。難民たちが何か隠していたのは、魔王のありかなんかじゃなくて、これだったのか。
どういうわけか涙が止まらなかった。なにが悲しいのかもわからず泣いていると、デュポンに背中をさすられた。
「大丈夫だよ。ケイ先生は助けるから」
涙は止まらずに溢れてくる。これまでに溜まっていたものがすべて涙と一緒に流れているように、泣き終わる頃にはなんだかすべてがイヤになっていた。




