11話
帰り道はずっとデュポンが手を繋いでくれてた。
「じゃあね、ケイ先生。元気出してね」
「うん。俺が泣いたってグレイスには言うなよ」
デュポンはいたずらっぽく笑って、手を振った。帰り道は聞いてた。まっすぐ歩けばグレイスの家につくそうだ。
屋敷が見えたときだった。がさりと茂みから音がした。振り返ったときにはそいつが鼻のさきにいた。押し倒される。振り上げるのはナイフとも呼べない尖った石。普通に刺されるより痛いだろな。
まったく学ばないやつだ。ついさっきも殺されかけたばかりだって言うのに。
石が眼前に迫っても落ち着いてた。諦観というのだろうか。こっから入れる保険はないだろう。それに疲れていたのだ。この世界で起こるごたごたに。それの当事者でいることに。まったくもって最後まで勇者には向かない男だ。
さて、願わくば次はもっと爽快な世界に――は転生しなかった。
男が俺を刺す直前で固まっていた。男はなにかを見て目を見開いていた。
「大丈夫か、先輩」
その目線の先にまーくんがいた。恐ろしく冷たい目で男を見ている。
「すぐ、助ける」
まーくんが手を挙げると男は強風に煽られたように吹っ飛んだ。どしゃ、とイヤな音をして地面に激突したけど、かろうじて生きてるみたいだ。
「ま、おう」
男が信じられないように目を見開いていた。
男に触って記憶をいじる。
次第に顔は安らかになっていって、瞼を閉じる間際に言った。
「ゆうしゃ、さま」
悪いな。俺は勇者様じゃない。もう止めることにしたんだ。
残りの帰り道で隣を歩くまーくんがグレイスに嘘を見破られたと申し訳なさそうに言った。
「うちのことは良いからケイを探して!」そう言われて捜索に出て見つけたら絶体絶命だったらしい。
「無事でよかった」
「お前のおかげでね」
魔王に命を助けられた。いや、まーくんか。
「帰ったらグレイスに怒られるなぁ」
「僕も怒っているぞ。僕を騙して危ないところにいくなんて」
「悪かったって」
「……なぁ、先輩」
「なによ」
「僕は魔王なのか?」
そりゃな。面とむかって言われたもんな。でも、それをストレートに聞いてくるところがまだ記憶が戻っていない証拠だった。
「違うよ。お前は俺の後輩で、まーくんだ」
「しかし、僕には記憶がない。グレイスの授業で学んだ。魔王はとんでもなく悪い奴だって。それなら、僕は」
「過去なんてどうでもいいだろ。忘れてた方が幸せならそれでいいんだ」
「しかし」
「俺には記憶を操る能力がある。それでみんなから魔王の記憶を奪えば、魔王のやったことはなかったことになる。誰も恨まなくて済むんだ」
「そんなことできるのか?」
「できる。俺には女神の加護がある。それもすげーチート。時間はかかるかもしれないけど、殺し殺されを見てるよりずっといい」
それはずっと頭の隅にあったことだった。めんどくさがりだからずっと棚上げにしてたけど、いまようやく決心がついた。
「先輩、それは違う」
「なんだよ後輩。俺の平和的で素晴らしい作戦に意見か?俺のもといた世界じゃな、先輩の言うことは絶対っていう」
「いや、そこじゃない」
「先輩の使っているその能力は女神の加護なんかじゃない。魔法だ。魔神の魔法」
想定外の指摘に足が止まる。こいつ今なんて言った?
「し、知らなかったのか?」
まーくんが悪いことをしたみたいにうろたえてた。でも、たぶん俺の方がもっと取り乱していたはずだ。まーくんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「なんで。どうして俺の魔法が魔神のだって」
まーくんが冗談を言わないタイプなのは知っている。だからこそ、冷や汗が止まらなかった。
「そ、れは……」
まーくんは優しい。証拠を挙げることが俺の不都合につながることをわかっているんだ。忘れたほうがいいこと。知らない方がいいこと。今さっき後輩に教えたはずだった。
「頼む。教えてくれ」
幸せにいきれる道を俺は踏み外してしまった。
まーくんは浅く頷いた。
魔法には残滓が残るのだという。魔法を使う人間なら誰でも見える鱗粉のように散らばるそれが風に溶ける方角は決まっていて、女神の魔法は西へ、王都の方角へ。魔神の魔法は東へ、魔都の方角へ。
それだけで十分だった。まーくんは見たんだ。散っていった残滓を。
「でも、俺が魔法を使えるならどうしてその残滓が俺には見えない?魔法陣だって」
魔法を使うときには必ず魔法陣が伴う。それくらいは知っている。だから、今まで魔法陣が出現せずして、記憶操作を行えた能力を魔法ではなくチートだと思っていた。
「それは―――うっ、ぐっ!」
何かを言おうとしてまーくんはその場に崩れ落ちた。
辺りには誰もいない。俺しかいない。
なにもしてない。俺はなにもしてない、はずだ。
「大丈夫か!?」
まーくんが頭を押さえて呻いている。俺はどうすればいいのかもわからず、ただ彼の肩を抱いていた。
「ち、違う。僕は魔王なんかじゃ、ない……!あのとき記憶を……!」
呻きながらもその表情は鬼気迫っていた。荒い呼吸が一旦止まる。周囲が静まり返ったように感じた。
苦し気に開かれたその目が、俺を見る。
「君は……誰だ……?」
そこで●●は気を失ってしまった。
伝染病のように今度は俺が頭痛に襲われた。しかし、それは目の前に転がる彼のようなものではないと確信があった。いつになく脳みそが高速で回転してたはずだ。
すべての計算式をふっとばして、冷静に事実を見つめた結果、答えがぽろりと口をついた。
「…………俺じゃん、魔王」
このゴリマッチョを運ぶのには一苦労した。家に帰るや否やグレイスは青筋を立てていたが、まーくんの様子を見るにすぐに表情が心配に変わった。
2人がかりでまーくんを自室のベッドに寝かせた。この夜は2人で看病をすることに決めた。
「グレイス」
俺が名前を呼ぶと、グレイスはなにかを察したようだった。
「どうしたん、ケイ」
その声はすごく優しかった。そのときはじめて気づいた。グレイスが嘘を見破るのが得意なんじゃなくて、俺がグレイス相手に嘘をつけないんだ。
「俺さ、魔王かも」
その告白にいたった経緯を、まだ自分でも整理できていない事実を、グレイスはゆっくり聞いてくれた。
俺の使っているのが女神の加護ではない。それが全ての前提を破壊した。
デュポンが教えてくれたこの世界の常識。
--神様を殺せるのはお互いの魔法だけ
魔神の魔法はあのメスガキ女神にも効く。女神相手にも記憶操作を行えるのだ。
女神は俺に自分の記憶操作は無理だと言った。
しかし、それが俺の捏造した記憶だったら?俺が女神に自分の記憶操作は行えないという偽の記憶を植え付けていれば、話はまるで変ってくる。
正しいと信じて疑わなかった自分の記憶を操れるのなら、俺にはもうなにも正しいことがわからない。
しかし、一つだけわかる。俺は狡猾な奴だったはずだ。
自分を追い詰めた勇者を魔王だと記憶操作して、全人類の敵に仕立て上げたのだ。いい作戦だ。勇者だって一人じゃどうにもできない。現にグレイスが拾わなかったら、あいつはどっかで野垂れ死んでただろう。
だとしたら、いまの俺は魔王が作った偽の人格?
そんなわけがない。俺には前世の記憶がある。あの世界で、あの国で、俺は。
……あれ。あの世界ってなんて名前だ?俺はなんていう国に暮らしてた?
俺は、俺はトラックに轢かれたんだ―――トラック?―-それまではごく普通の、普通の―――なんだ?
「思い出せない」
普通に生きてた。トラックに轢かれた。転生した。それだけが鮮明で、あとはぼやけてた。前に通っていた学校も、好きだった女の子の名前も、あの国さえも言葉にすることはできなかった。そもそもトラックとはなんだっけ?
俺が魔王の作った偽の人格だとしたら、魔法が解ければ俺は消えるのか?
嫌だ。
でも、あの目は俺を向いてたじゃないか。
--ま、おう
そして、勇者という言葉はあいつに向いてた。
そして、その勇者は俺を見て
--君は誰だ?
俺は誰なんだ?
「アンタはケイやろ」
俺の名前を呼んでくれる少女がいた。
「めんどくさがり屋で、遊び人で、だらしなくて、料理が美味しくて、ギャグが面白くて、実は繊細で、大好きな、私のケイ」
その優しさに俺は何度救われただろうか。
「ケイは魔王なんかやないよ」
そうだ。そうやって言ってくれる人がいるなら、俺は魔王なんかじゃない。俺はヒビノケイだ。
でも、世界はそれを許してはくれなかった。
後輩が倒れた3日後。まだ寝たきりの後輩の世話はグレイスに任せて、街に買い物にでかけてた。いつもよりちょっといい食材を買って、金物屋で良い包丁を見つけたからそれを買って、帰ろうとした。
布だったと思う。頭にかぶされて拘束された。首元に衝撃があって意識は暗闇に吸い込まれる。
からん、と包丁が地面に落ちる音がした。
グレイスの誕生日なのに。
意識が完全に落ちる前、最後に思ったのはそんなことだった。




