12話
目を開けても暗闇だった。身体は一ミリも動かない。死が肉体から魂が抜けることを言うのなら、まさにそんな心地だった。
幸いにも声は出た。まだ俺は死んでないみたいだ。いや、死んでたまるか。俺はなんとしてもグレイスの待つあの家に帰らないといけない。
「目が覚めたか。ヒビノケイ」
2回の人生でも一度だって向けられたことのない冷たい声だった。
「ここはどこですか?なんで俺は捕まってるんですか?」
「そんなことは貴様がよくわかってるはずだ。魔王よ」
手始めにとぼけてみたけど無駄だった。まぁバレてなきゃこんな大層な拘束なんてしないか。いや、それよりもこの声はもしかして――
「レインさん?」
あまりにも普段聞く声と違いすぎて気づかなかった。確信はないけど、この状況を鑑みれば対応にあたるのは彼女の可能性が高い。
「レインさんなんだろ!?助けてくれよ。俺は本当になにも知らないんだ。なにも覚えてない」
「黙れ」
電撃が走った。身体のすべてが壊れるくらいに振動して、目玉が血流に押し出されるかと思った。痛みと一緒に思い出したのはこれまで目にしてきた数々の難民たちの死にざまだった。
「貴様の口を塞いでいないのは話をするためではない。すべてを認め、罪を告白させるためだ」
違うな、こんなのレインさんじゃない。そうならちょっと立ち直れないわ。
「貴様の正体を魔王だと特定するに至った理由は2つだ。1つは我々すべてがの国民が抱いているえも知れない違和感だ」
なんだよそれ。
「なにかを忘れている、そんな感覚がずっとあった。口にもしないような僅かな違和感だ。最初は私だけだと思っていた。しかし、あのときだ。女神様の神託に従い、はじめて貴様を見つけたあのとき、私は違和感の答えを見つけたような気がした」
流石にレインじゃないと否定するのが難しいなこれは。
そうか、そんな早かったのか。
レイン相手に最初に使ってしまった記憶操作は彼女を確信へと近づけてしまった。隊員たちによって記憶を取り戻したレインは自分の違和感を隊員たちに尋ねる。すると、全員が同じ違和感を覚えていたのだ。
レインは推測を立て、検証をすることにした。隊員達とのふざけあいも、女神への謁見も、難民たちへの尋問も、すべては俺が魔王であることを確かめるためのものだった。
「貴様は自分含めてすべての人間の記憶を奪った。そう考えれば違和感が消え失せていった」
国王の癇癪はなぜか魔王を助けるようなものばかりだった。どれだけ情報を統制していたとしても、一人も勇者の顔を覚えてない。彼女が証言するのは無数に落ちている記憶の継ぎ目だった。
「そして2つめ。決定的な証拠を見つけた。魔都の攻撃によって焼失した王都図書館痕を団員が調べたらこれが出てきた。それを見たとき私たちは全ての記憶がよみがえった」
一時的に目の拘束が外される。目の前にあったのは写真だった。俺と後輩が戦っている写真。あんまりな写真にちょっと笑えた。
「以上の証拠により王都は貴様を魔王だと認定した。この後、処刑を行う。史上最悪の犯罪者である貴様に如何なる救済も適応されない―――が、これは魔王にではなくヒビノケイに対する最後の温情だ」
レインはそのときだけレインさんに戻った。
「最後になにか言い残すことはありますか、ヒビノさん」
「少しだけ話をさせてくれませんか、あなたと」
「……少しだけなら許しましょう」
「レインさん。俺は本当に何も覚えてない。ヒビノケイなんだ」
「ええ。わかっています」
「記憶が戻らないなら、このまま俺をヒビノケイとして生きさせてくれませんか?」
「もし私がグレイスさんを手にかけたとして、そうしたのは別人格だと言ったら、貴方は許してくれますか?」
「ははっ。イヤなこと言いますねレインさん。確かに許せないな、それは」
「……納得していただけたならよかったです。そろそろ終わりにしましょう。次が最後の言葉です」
「帰りたい。家に帰らせてくれ」
「それが最後の言葉ですね」
静かに首を振った。まさかこんなのが最後の言葉になってたまるか。俺は家に帰るんだ。
「……俺は何回か、こんな世界滅びろって思った。でも、しなかった。できないんじゃない。やらなかったんだ。いま本気で考えたら、それは簡単なことだった。そりゃ魔王になれるわけだ」
また暗闇に落ちる。そっちの方がいい。集中できる。
「思い出したことがある」
俺は自分の能力を忘れていた。考えてみれば触らなきゃ記憶操作できないなんて七面倒な手順でここまで大勢の人間の記憶を奪うなんて途方もない。一人増やしている間に1人は正気に戻っていることだろう。
奪うなら一遍に。もっとも効率よく広範囲にそれを可能にするのはそこしかない。そして都合よくその部分は解放されていた。
「まさか――――!!!」
残念。気づくのが一瞬遅かった。
「俺の記憶操作は声によって発動する」
「レインさん。やっぱりアンタは間抜けだ」
拘束はすでに解かれている。取調室には誰もいない。
遠く轟音が響いている。どうやらはじまったらしい。憎き王都の陥落を見たい気持ちもないではないが、今はそれどころじゃない。
帰らないと。今日は彼女の誕生日なんだ。取調室に置いてあったグレイスへの誕生日プレゼントを手に取った。




