13話
僕は何者なのか。思い出す間もなく駆け出していた。虫の知らせというやつだ。女神カテーテに貰った数あるチートの一つだった。
永い眠りから覚めたみたいに頭がぼんやりする。
だが、思い出してきた。僕は日比野慧だ。18歳の誕生日にトラックに轢かれて、この異世界に転生した。女神カテーテにチートを与えらて、魔王の討伐を命じられた。根っからのソロ派だからぼっちだったけど、わりと順調に魔王までたどり着いた、の、だが。
そこから記憶がない。恐らく何かしらの魔法を使われたのだろう。
しかし、そんな過去は目の前の光景に吹っ飛んだ。
王都が燃えている。
逃げ惑う王都の民。中には戦う人もいたが、彼らが魔法を唱えている間に鉛玉がマジレスしてばたりと倒れる。あまりにも悪趣味な光景だ。あっちの世界の現実的な兵器がこっちのファンタジーを不細工に食い破ってる。しかもそれが王都の民が今まで虐げてきた難民によるものだというのだから、ため息が出てしまう。
この頭が重くなる感じを覚えてる。
けらけらけらけら、女神の耳障りな笑い声が聞こえる。
僕は両手に魔力を込めた。
城についたときにはすべてが終わっていた。玉座には王が倒れている。そして、その前に立っているのはたしかレインという国部の隊長だった。
「……君は何をしているんだ?」
レインの手にする剣には血が滴っていた。
「ゆ、勇者様!いつお帰りに!?」
「何やっている?なぜ国王様を?」
「違います。これが魔王だったのです。国王様になりすましてこの国を支配していたのです」
ああ、そういう展開か。そこかしこに広がる炎を避けながら、推定魔王の亡骸に近づく。魔眼を発動する。その人間に流れる魔力が見える。指紋みたいなもので、魔力の流れ方は人それぞれ違う。魔力は死んで間もなくは流れてる。
「いいや。この人はちゃんと国王だ」
「そ、そんなはずは……私はたしかここに来るまでにヒビノさんに会って」
「僕に会った?」
「あれ?勇者はヒビノは……どっち?うっ……!」
レインは苦しそうに頭を押さえてうずくまった。
「……思い出しました。ヒビノさんは――いいえ、魔王に記憶を弄られたんです。私はなんてことを」
そうか。やっぱり魔王は記憶操作ができるのか。僕もやられたのはこれで確定か。
「今は自分を責めている場合ではない。先を急ごう」
「……そう、ですね。急ぎましょう。魔王はたぶん難民の方へ逃げたはずです。この難民たちの襲撃も彼が操っているのかもしれません」
どうもまだ頭がぼうっとする。レインの言う「彼」の姿がぼやけてる。「彼女」の姿も。それは微睡みたいだった。心地よく揺れている。
彼は、あの人は、
追おうとするレインを引き留める。
「あの人は魔王じゃない。僕の大事な先輩だ」
そうだ。あの人は僕の先輩だ。この世界でようやく出会えた幸せな思い出の一人だ。
「勇者様までそのようなことを……!たしかに彼には罪はありませんが」
「違う。言葉通りの意味だ。彼は魔王じゃない。魔王は君だ」
「………ふざけてる場合ではありませんよ」
「先輩が僕の前で魔法を使ったとき、残滓の流れがおかしかった。先輩とは違うところから魔力が流れてた。ああ、そうだ。その方向に君を見つけたんだ」
記憶がいっぺんに戻って頭がパンクして気を失ってしまった。それで逃がしてしまったが、ようやく捕まえた。
「君は先輩の記憶をいじって、あたかも記憶操作の能力があると見せかけた。それで自分の隠ぺい工作をすべて押しつけようとした。魔王にしては姑息だ」
レインは呆れたように笑った。
「相手がこんなチートなら、ずるだろうとなんだろうとしますよ」
「というか」とレインは腕を振りほどこうとする。
「さっきから記憶操作の魔法を使ってるんですけど、全然効かないのはどうしてですか?」
「僕に一度使った魔法は通じない」
「そっちのほうがズルくないですか」
それはたしかにそう。チートとはそういうものだ。
「魔王だと認めるか?」
「いいえ。こういうのはどうでしょう。実は私も貴方の先輩みたいに、記憶を弄られて記憶操作ができる魔王と思いこまされている。黒幕はべつにいる、とか」
「それは君を殺せばわかる。こういう魔法は術者を殺せば解ける」
「勇者とは思えない解決方法ですね」
「生憎と今は勇者じゃないんだ。まーくんって呼ばれてる」
瞬間、レインが剣を振るった。僕はそれを躱して、魔弾で彼女の胸を貫いた。数秒して彼女は大きく吐血した。
「まぁ、相手が貴方ですからね。遅かれ早かれこうなることはわかってました。記憶を失くしても貴方を殺す確実な手段がない時点で詰みでしたね」
レインは力なくその場に跪いた。
「十分じゃないか。国王を守れなかった時点でこっちの負けみたいなものだ」
かわりに魔王も死ぬから、こっちの完全な負けでもないが。
「こうするチャンスはいっぱいあったはずだ。そしたら完敗だった。なんでそうしなかった?」
まだ正確に自分が記憶を失っていた期間を把握できてないが、国部の隊長にまでなれば国王を殺すチャンスも、内部崩壊もやりたい放題だったはずだ。まして彼女の能力なら。
「わかってるくせに」
それは友人にみせるような笑顔だったと思う。
「王都の人間なんて死ぬほど憎んでたんですけどね」
再び吐血して、急速に生気が失われていく。
「最後に一つだけ教えてあげます。どうせ、私が死ねば気づくでしょうけど」
かすれた声は聞こえづらかったので耳を寄せる。
「私は魔王ではありません」
聞き返す間もなく彼女は息を引き取った。
今度は頭痛は伴わなかった。プールに足先から入るように記憶が戻った。
「そうだったな。君は魔王の最後の幹部だった」
間違い探しの答えを見たようにあっけない。
彼女の正体もわかった。魔王の正体も。自分のことも完全に思い出した。
だが、一人だけわからない。
先輩、君はいったい誰なんだ?
魔王でもなく、勇者でもない男。名前さえ知らない。そんな彼はいったいどこへ向かっているんだ?
轟音がする。そんなことを考えている暇はないみたいだ。
レインが死んでも難民の暴走は収まらない。王都が彼らへしてきたことは覚えてる。彼らにとっては今日がその日だったようだ。
これは日比野慧がずっと感じていた異世界転生系あるいは太古の勇者系RPGへの疑問なのだが。
世界を救えとは漠然としすぎている。
その意味そのままで取るなら、魔族だって難民だって世界の一部だ。守らないといけない。しかし、僕は魔族を殺すことを、難民を殺すことを求められる。
つまるところ世界とはこの王都だけなのだ。守る価値なんて、あるようには思えないこの都だけ。
--わかってるくせに。
耳元にレインの声が蘇る。
君も僕も彼女も忘れていた方が幸せだった。果たして彼はどうだったのだろう。
「はぁ」
家に帰りたい。




