5話
すぐにお城に連れていかれた。一通りの身元調査が終わって、ファンタジーでよく見るような勇者様の格好に着替えさせられた。
「似合ってますよ」
鏡に映るのはいいとこ七五三の子供。悪く言えば低予算アニメの実写版。顔から身体から偏差値が足りない。
「ぜったい嘘っすよね」
レインさんはにっこり笑うだけだった。社交辞令ももうちょい頑張ってよ。
勇者選定の儀を行うために国王の待つ広間へ。
国王の座す玉座へ向かって伸びる赤い絨毯。それに沿ってご立派な衣装に身を包んだお偉方が並ぶ。居心地の悪い視線に見下されて絨毯を渡る。眼前にする国王は思ったよりクソジジイだった。刻まれた皺と鋭い眼光とを威厳と取るか狂気と取るか。定年間近の理科の先生みたいだった。
「勇者制定の儀を執り行う」
国王のしゃがれた声に一同が跪く。
あっさりと選定の儀は終わった。
国部の執務室に戻ってから俺は運が良かったのだと知らされた。
「国王様は制定の儀の途中で何人か殺してるからな」
ゾッとするようなことを言ったのはクラウドというゴリマッチョなおっさん。
「ここ最近は特にひどいっすよね」
老いのせいか国王は癇癪を起すようになったと言うのは、俺と同じくらいの年齢のチャラ男、サニー。その他にも国部の隊員たちが執務室に集まっていた。伝統的な勇者パーティのようなものは存在せず、これから俺は彼らと行動することになるらしい。
「そこまで。これ以上の国王様への侮辱は不敬罪にあたります。今はそれよりもヒビノさんのことです」
ギロ、と歴戦の猛者たちの視線がこちらへ向いた。
「ヒビノよ、お前その能力でどんだけ女抱いた?」
古今東西どころか世界を跨いだって男の考えることは変わらないみたいだ。
「100人は切ったね」「マジか」「ずっる」「……いいな」「どの種族が一番よかったの?」「結局、ヒューマンが落ち着くね。あ、でも蛇族はヤバい」「それ知ってる!あれっしょ、ばっくりいかれるって」
いつだって男の友情は下からなのだ。エリート集団だからこういう話を毛嫌いしているかと思ったが、彼らも男だった。隊員にいる女性が隊長であるレインさんしかいないから飢えているのかもしれない。
「ぶっちゃけレインさんはどうなん?」
一同は真顔で首を横に振る見事なシンクロナイズ。「あれはない」「バケモンだから」「恐怖が勝つよね」「厳しそうだしなぁ」「そうそう。そんなだからあの年で処―-」
耳打ちをしようとするサニーと俺の間に剣が飛んできた。レインさんがにっこり笑っていた。
「死にたいなら続きをどうぞ?」
全員がびしっと居住まいをただす。「よろしい」とレインさんが咳ばらいをした。
「私たちの自己紹介はよさそうですね。こんな感じの組織ですのでヒビノさんもどうぞ遠慮なく。今度はヒビノさんの番です。貴方の能力を教えてください」
能力を教えてもいいものか逡巡するも、逃げ場は自分でふさいだことを思い出した。
城までの道中、グレイスにした説明をもう一度する。詳細も加えて。
「触れた人間の記憶を操れるか。それも無制限。かなりヤバめだな」
「まぁ理論上はって感じだけどね。いじれる記憶の範囲とか細かさは触れた時間に比例するのよ。例えば、一瞬触れただけだと昨日の夕飯の記憶を変えるくらい。それもその夕飯の献立は対象者の脳が勝手に選ぶ。長時間触れれば朝食から夕飯まで。献立だってこっちの思い通りの記憶に変えることができる」
「記憶を消すこともできるんすか?」
「消すっていうか書き換えることはできる。俺のことを忘れろっていったら、記憶から俺が消えてその空白は勝手に補われるか、こっちが書き足す。記憶喪失みたいにはならない」
「誰にでも効くのですか?」
「多分。今のところは効いてない奴を知らない」
「レインにも効くくらいだしな。こりゃ本当に女神さまの加護で間違いがなさそうだ」
この世界でチート能力はそう呼ばれているらしい。
それから男子校の悪ふざけのような実験と検証をした。クラウドをおかまにしたり、サニーに失恋を語らせたり、レインさん以外全員を裸族にしたりした。俺としても能力について改めて知るいい機会だった。
とうとうレインさんがブチギレて全員に拳骨を落とす頃には1日が終わっていた。
「―---さん。ヒビノさん」
ハッと起きればいきなり美女。おかしい俺はいつ寝たんだ。思い出そうとすると脳天が痛んだ。
「うちの隊員たちがすみません。久しぶりの勇者にテンションが上がっていたようでして」
「ん?あ、あぁ。いいっすよ。俺も楽しかったし」
部屋は暗くて窓から差す月明かりが死屍累々の男どもを照らしていた。異世界にも月はある。月じゃないけど月と呼んでる。
「彼らは私が片づけますが、ヒビノさんはいかがされますか?」
「俺も片づけられちゃいますか?」
「……そうですね。貴方もそこに転がっている愚か者たちの真似をするなら、是非ともそうしますが、帰る家があるのではありませんか?」
「ないっすよ。グレイスの記憶は消しちゃったし。いまあの家にいったら不審者でっせ」
レインさんは言葉にならない息をもらした。その反応をみてグレイスを拘束したのはちゃんと嘘だったのだと安心した。それだけが彼女らに協力する上でのつっかえだったから。
「すみません。魔王のことで頭がいっぱいで、配慮が足りませんでした」
配慮があれば俺はグレイスの記憶を消さなかったのか。それは違うはずだ。
「いいんすよ。どのみちグレイスとは離れないといけなかっただろうし。まぁ、元はといえば使命から逃げてた俺が悪いし」
考えてみれば、最初からレインさんたちに恨みなどないのだ。平穏に生きたいなんて願いだって都合のいいわがままだって知ってる。1度目の人生を不注意からトラックに轢かれて、本来はないはずの条件付きの2度目の人生を使命に目を背けてだらけて過ごそうなんて虫が良すぎる……なんて、心からは思えないけど、訪れるべきときが来たってそれだけだ。
「それでも、ヒビノさんは家に帰るべきです」
レインさんはまっすぐに俺の目を見た。素面で見つめるには気恥ずかしくなってしまうほど綺麗な目だった。
「グレイスさんが巻き込まれるのを恐れたのでしょう?しかし、本当に大事なら近くで彼女を守るべきです。勇者とは守るべきものがあった方が強くなれるのです」
俺は勇者じゃないなんて言い訳はもう使えない。曲がりなりにも責任を背負ったならちゃんと考えないといけない。自分がどうしたいのか。
「本当の別れはいつくるかわかりません。そのときに後悔しないよう、一瞬でも長く愛するべき者の傍にいるべきです」
それはレインさんの経験なのか。それともかつて散っていった仲間の面影を俺に見ているのだろうか。
「………でも、記憶は消しちゃってるし」
「ヒビノさん。貴方は自身の能力について大事なことを説明し忘れていますよ」
「記憶操作が完璧なら、どうして私がヒビノさんの名前を呼んでいるのですか?」
記憶操作については自分でも把握できていない部分がある。記憶の復元についてはまさにそれだ。俺とマツケンを入れ替えたはずのレインさんが正しく俺の名前を呼んだとき、違和感を覚えなかったのは、単に周りから諭されたからだと思っていた。当然、指摘はされたらしい。
「あのときは恥ずかしい目にあいましたよ」
あの堅物な隊長が真面目な顔で「マツダイラケンを見つけられなかった」なんて言った日には爆笑ものだろう。隊員たちは面白おかしく隊長の間違いを指摘して、改めて俺の写真を見せたとき、記憶がよみがえったそうだ。
「記憶が戻らないのであれば、あんな実証実験はさせませんよ」
このまま国部が裸族の集団になったら困る、と真面目な顔で言う。
「記憶はきっと戻ります」
しかし、確証はない。理屈もわからない。方法も原理も謎だ。
「トリガーは『動かない事実』なのかもしれません。私も写真という事実を見せられたときに記憶が戻りました」
「それと」レインさんは言葉を区切って、眠りこけている団員たちにはにかんだ。
「『信頼』でしょうか。私は私の仲間を信じていますから」
この人は意外とロマンチストなのかもしれない。
レインさんに背中を押されてまだ眠っている街をあとにした。
帰っても彼女は寝ているだろう。帰ってなにを言うのだろう。レインさんはああいっていたが、俺が彼女の傍にいても守ることなんてできやしない。
めそめそ考えながらも、帰り道を歩いている。
うだうだしていたから、屋敷の扉を前に空は白んでいた。
朝陽に急かされてノックする。足音は聞こえない。ドアは静かに開いた。
「こんな時間までどこほっつき歩いとんねん、アホ」
素直に謝ったのはいつ以来か。俺はこの家に帰ってきた。やっぱり自分の気持ちに嘘はつけなかった。




