3話 はじめて君に魔法を使った日
グレイスは真っ白なワンピースに、同じく真っ白なつばのひろい帽子を被っていた。とても令嬢だった。俺もいつもよりは綺麗な服を着た。同じく帽子を被ったら「珍しいな」と言われたので、よく晴れているからと誤魔化した。
実際に今日はよく晴れていて、森から街までに何度か木陰で休んだ。けども、そんな理由じゃ俺は帽子なんか被らない。どっかで聞いた帽子を被りすぎると禿げるという話を信じてるわけじゃないけど、頭が蒸れるのがイヤだった。
髪の代わりに大事なことが頭から抜けていた。国部が俺を探している。レインはうまく誤魔化せたけど、いま街に出るのはよろしくない。けども、約束をしてしまった。ただでさえグレイスは勘づきつつある。こんなことで余計な心配はかけられない。
まぁ、どうにでもなる。意地でも魔王退治なぞしてたまるか。国部にも能力は通じたんだ。なんとしても逃げ切ってやる。
「……?どしたん。なんかついとる?」
「鼻くそついてる」
「はぁ!?どこ?ぜったい嘘やろ!」
たとえ、俺がいなくなってもグレイスは一人でも大丈夫だろう。
大袈裟か。でも、今日はそんな気がしてた。
街についてみれば杞憂だった。今日は休日で通りは人でごった返していた。このなかで人を見つけるなんて無理だろうな。
「お嬢様、お手をかりても?」
「……ええよ。ちゃんとエスコートしてな」
はじめて握るグレイスの手は思ってたよりずっと小さかった。鼓動が手まで伝って震えていないだろうか。手汗はもう諦めていた。
「うまくね?」
「そか?普通ちゃう?」
「あー、まぁ普段俺の料理食ってるからな」
「調子乗んなよ」
いい感じの料理屋はお嬢様のお口には合わなかったようで、
「どっちが似合う?」
「……違いがわからん」
「はぁ!?これだからアンタってやつは。リボンの数がちゃうやろ。ボタンの穴の数もちゃうし。色だってスカイブルーとセレストブルーやぞ」
某イタリアンレストランの間違い探しみたいな服選びは俺には難しくて、
グレイスはやたらと服屋に行きたがって、俺は屋台の食べ歩きがしたくて、お互いに手綱を引っ張りあってるようなデートは大変で、疲れて、
「うちらってほんまに趣味合わんな!あはははっ」
そんで最高に楽しかった。
でも、そんな時間もそろそろ終わりだった。
「次どこい―――」
手を引っ張るグレイスが糸の切れた人形みたいに倒れた。寸でのところで支える。
こけたわけじゃないことは顔色をみればわかった。すぐにおぶって近くの喫茶店に入った。店員の案内を待たずにグレイスを椅子に座らせて、バッグから水筒と薬を取り出す。
「飲めるか?」
わずかに頷いた。錠剤を口元に運んで、グレイスの水筒を持つ手を支えた。その手は驚くほど冷え切っていた。
薬を飲んでからは様子を見た。ここいらの病院の位置は把握している。状態が悪化するようなら運び込む準備はできていたが、幸いにも少ししてグレイスの顔に血色が戻り始めた。
「…………ごめんな」
「謝んなって」
謝るのは俺のほうだって、そんな言葉は呑み込んだ。
今日のデートを約束した夜のことを思い出す。グレイスは南に行きたいと言った。彼女がそこへ何を望むのか俺は知っていた。そこへ行けない理由もわかってた。身体が丈夫なら一人でも生きていける彼女が俺みたいな奴を雇う理由もそうだった。
「楽しくってな。はしゃぎすぎたわ」
「そりゃよかったよ。でも、今日は―――」
帰ろう、と言おうとした。そのタイミングで何の気になしにそらした視線の先にそれはあった。
大袈裟ではなかった。どうやら今日がその日らしい。
ウェイターを呼んで箒屋を頼んだ。箒の販売店じゃない。タクシーみたいなやつだ。箒に乗って空を飛んでいた時代の名残でそう呼んでいるだけで、いまの箒はそれこそ姿かたちも空飛ぶタクシーだ。あと10分ほどでくるらしい。
「グレイス。俺はお前に隠してることがある」
「なんや急に。エロ本か」
こいつはほんとこてこての関西人みたいなノリをしてくる。けど、いまは付き合ってる時間はない。
「俺の能力についてだ。ご存じの通り俺は魔法が使えない。その代わりチート――女神に加護を貰った」
「記憶操作。俺は人の記憶を好き勝手にいじれる」
疑われるのなら実演してみせてもよかった。が、グレイスは「そか」とそれだけだった。
「で、それがなんや?」
「隠し事っていうのはこっからだ。」
こっちに来てばかりの頃はこの能力を使わなかった。だって、あまりにも害悪な能力だ。当時、まだ世界を救う勇者になると思っていた俺には謎の倫理観があった。
しかしそんな倫理観は蹴られ、殴られ、奪われているうちに薄れていった。ほんと倫理や道徳ってのは身を守るのにはクソの役にも立たない。
雨夜のことだった。俺はこの上なく飢えてた。宿もなく雨にうたれて、あちこち痛い。
そんなときに上品に傘をさしてるご令嬢様を見つけた。
「俺ははじめて能力を使った。お前とお前の使用人にな。考えてもみろよ。ご令嬢様が一人で雨夜を歩いてるわけないだろ。それで俺みたいな浮浪者を雇うわけがない」
「違う。あの日は二人の命日だったから一人になりたくて。ケイのことだって――」
「そうだ。そういう風に俺が記憶を操作した」
グレイスは心底傷ついたように顔を俯かせた。
「でも、今日までのことはホントやろ」
「どうだろうね。俺がお前の記憶をいじってそう思わせてるだけかもしれない。この間の授業も夕飯も、今日のデートだって間違った記憶かもしれない」
とうとうグレイスは涙を流し始めた。伝う雫を拭うように頬に手をやった。
「可哀想に、グレイス。すべてを忘れさせてあげよう。そしてすべてを思い出させてあげよう。そうすれば、きっと涙も止まる」
気障に言って能力を発動しようとしたとき、グレイスが手をつかんだ。
「ケイの気持ちはどうやったんよ」
「……………」
「答えてよ。うちの気持ちが嘘でも、自分の気持ちに嘘はつけんやろ」
振りほどこうとしても手はとけない。こんなに優しく握られているのに。
最後に一言だけ本当の気持ちを言った。そして、俺は彼女から消えた。




