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2話

 二日酔いが醒めてきたのは昼を過ぎてからだった。

 昨晩はあれからホテルに泊まろうと思ったんだけど、国部が尋ねてきたらどうしようと疑心暗鬼になって結局、そこいらのベンチで野宿した。体がバキバキだ。王都の外れ、森を歩いていればアルコールで淀んでいた頭が澄んで、吐きそうな現実が見えてきた。

 いつか来るとは思っていた。でも、まさか昨日とは思わなかった。まぁ、しかし天災とはそういうもんだ。

「これからどうしよ」

 つるつるになった顎をさすって独り言ちる。

 異世界転生なんてのは大抵が世界を救えだなんだの大層な使命を与えられるものだ。俺もだ。この世界の女神に魔王を倒すようにと命じられた。しかれども、それ以外はなにも言われずに放り出された異世界。ゲームで言うところのチュートリアルは始まらなかった。

 レインが現れるのは2年遅かった。

 あのとき、異世界に胸躍らせていた俺の前に現れていたのなら、喜んで付いていっただろうに。

 あっちの世界でさえ平凡。この世界でみんなが当たり前のように使う魔法が使えなきゃ平凡以下。当然、こっちの常識なんて知らんし、それを補うスペックなんてありゃしない。そんな俺にこの世界は冷たかった。身を守るのが癖の悪いチートなら、多少スレてもしょうがないだろ。

 そうだとも。今さら魔王討伐だなんてしんどいことしたくない。というか俺の能力じゃあ魔王なんて倒せない。

 仮に無双チートを持っていたとしても、誰がこんな世界を守ろうなんて思うか。そんな力あったら逆に世界を壊してるね。3回ほど。こっちで受けた仕打ちなんてあの猫娘が可愛く思えるほどだ。俺の聖人メンタルをもってしなければ3回じゃ済まない。10万回は滅ぼしてる。

 かろうじて凶行に走らないでいられているのは俺の聖人のようなメンタル――もとい生来の面倒くさがりと一人の令嬢のおかげだ。

 森のなかのお屋敷に一人ひっそり暮らす資産家のご令嬢。俺はそいつに拾われた。雨夜のことだった。寝る場所も食うものもくれてやるから、自分の面倒をみてほしい。そいつはそんなことを言って名前を尋ねてきた。

 それから2年ほど目の前にそびえるお屋敷で家政婦のようなものをやっている。いや、しかし家政婦というには業務外労働が多いような気がしている今日この頃。

 扉を開けようとしたら鍵がかかっていた。すぐさま怒りに満ちた足音が扉越しに聞こえてくる。アーメン。来る衝撃に備えて耳を塞いで防行体制をとる。

 ばん、と勢いよくドアが開く。


「ワレゴラァ!!こんな時間までどこほっつき歩いとってんアホコラぁ!!」


 令嬢である。

 いや、令嬢と言っていいかは本職のかたにご意見をいただきたいところ。

 おそらくだが、話始めと終わりにコラをつけるのは令嬢ではないと思われる。



 グレイス・フォニア・リトロットは令嬢である。少なくとも見た目だけは。

 真っ黒に艶めく長い髪とコントラストをなす白い肌は文句なしに令嬢。人形のような顔立ちだってかなり令嬢。来てる服も高貴でそりゃもう令嬢。

「どう落とし前つけてくれるつもりじゃわれ。昼飯の時間過ぎとるやろが。なんや。アンタが今日の昼飯か。突撃、ボクが昼ごはんか。うちらに人肉食せえゆうんかコラ」

 性格はおそらくどこの令嬢規格にあてはめても不適応。エセ関西弁なのは意訳だ。

「そんなこと言ってないですやん」

「はぁ!?なんやその態度!まず謝れや!」

「ごめんて」

「うちにやない!子供らにや!」

 ぐいぐいと襟元をもたれ引きずられていく。これまた令嬢らしからぬパワー。

 やがて屋敷の一室に放り投げられた。「ぐへっ」と腹から着地すると、子供たちの笑う声が聞こえた。人の苦しんでるところをみて笑うとは。グレイス先生の教育の賜物だな。

 ばたん、と扉がしまる音が聞こえた。芋虫のように這いつくばりながら、グレイスが子供たちにむかって頭を下げるのを見てた。たぶん「このアホが遅れてきよってん。昼飯遅くなるけど堪忍してな」みたいなことを言ってる。1週間に1回くらい朝帰り過ぎて、昼がえりをするので、もはやこのやり取りは定番だった。キッズたちは無邪気に大人の失敗を笑ってる。

 かたや俺はグレースのスカートが覗けないかと試行錯誤してた。無理だった。まぁ、こいつの下着なんざ洗濯のときにアホほど見てるしな。うん、負け惜しみ。履いてるところがみたい。

しらっと部屋を見渡す。いつ見てもハリポタを思い出す内装をしてる。黒板をみるに算数を教えていたのだろう。

「ケイ!いつまでそうしてん!スカート覗こうとしてんなよ」

 女子とはどうしてこうも男子の視線を心得てるのだろう。

「ほら、みんなに謝り」

まだ酒の抜けきっていない重たい身体を起き上がらせる。広い部屋―-教室には今日も今日とてたくさんの子供がいた。種族はばらばら。でも、似たようなぼろきれみたいな服を着た子供たちはニコニコ「あれをやってほしい」と期待を孕んだ目で俺を見てる。そりゃもうやるしかないですやん。

「昼飯遅れて~ごめんそ~れ。ちゃんちゃちゃちゃちゃん」

 謝罪と沖縄の方言を組み合せ、さらにリズムにのって踊るというヒビノケイ渾身のギャグは大うけ。満点大笑い。小6のお楽しみ会でまったく出し物を準備しておらず即興でやって今でも夢にみるほど鬼すべりしたギャグも報われるというもの。あんだけ怒ってたグレイスも笑いを堪えきれてない。

「な、なんやねん、そのリズムっ。ぶふっ!」

 そこ?

ツボのよくわからない令嬢だった。



 グレイスの教え子たちに昼飯というか給食を作る。家政婦というか給食のおばちゃん。おばちゃんというか給食のお兄さん。それが与えられた仕事の一つだった。異世界にきてあがったスキルは魔法でも体力でもなく、料理スキル。異世界どころかそこいらのお料理教室でいい。でも、まぁ、美味しそうに食べてるキッズたちをみるのは悪い気分じゃなかった。

「バイバイ。アリガト、ゴザイマシタ」

「ばいばい。また明日な。気を付けて帰りや」

「帰りやー」

 日暮れ前にグレイスと一緒にキッズたちを見送る。カタコトながら日に日にうまくなってる。子供の吸収力はすごい。俺はこっちの言葉を覚えるのに2年かかったっていうのに。

 関心してると、うしろからツンツンされた。

「ゴメンソーレ。ちゃんちゃちゃちゃちゃん」

 いつも一番まえの席に座ってるキッズだった。悪くない。だが、まだ甘いな。

「さよなららばい。ぴーひゃららら」

 ララバイがそんな音なのか知らんけど、出来立てホヤホヤのギャグをキッズは歯の抜けた顔で笑ってくれた。ついでにグレイスも失笑。「だからなんやねん。そのリズムっ。ぎゃはっ」たぶん、こいつは平成のエンタとかみたら笑い死ぬと思う。

「真似してるだけじゃだめよ。オリジナリティがないと。あと恥ずかしがらない。ギャガ―としてはそれが大事だ」

 キッズはきょとんとしてグレイスのほうを見た。涙を拭ってグレイスが通訳した。キッズはこっちをみて親指を立てた。それも俺が教えたジェスチャーだった。俺も親指をたてて返した。

「バイバイ、グレイスセンセイ。ケイセンセイ」

 キッズが手を振る。「ケイ先生やってさ」グレイスが茶化してくるので、「ふっ」とクールに笑ってみたけど、正直めっちゃ良い。先生って良き。



 掃除、洗濯、お庭の手入れ。家政婦としての一通りの仕事を終えて夕食の時間。このお屋敷にもドラマで目にするような食堂がある。あのバカみたい長い机とか、銀の燭台とかが置いてあるようなやつ。でも、二人しか住んでいないのわざわざ机の端と端に座るのは華麗なる一族すぎる。いつもグレイスが俺が下宿にしてる部屋にきて一緒に夕飯を食べてる。

「で、なにがあったん?」

 話に前後はない。俺がキッチンから運んできたパスタを狭いテーブルに置くなり、聞いてきた。

「なにってなによ」

 知らんふりして、グレイスの向かいに座る。くるくるパスタを巻く。

「なんかあったやろ」

「なんも。あぁ、いやでも女の子逃がしちゃったなぁ」

 思いのほか大きくなったパスタの束を口に運ぶ。あまり美味しくない。少し味が薄いかもしれない。

「ケイは嘘をつくとき、いつも女の子の話をするんよ」

 さすが雇い主様。よくわかっていらっしゃる。女の子とのそういう話をするとグレイスは赤くなって黙るからって癖になっていたらしい。

「うちに嘘はつけんよ」

 知ってる。あのときだって俺が遠くから来たことを当てた。偽名だって見破られた。俺のようなしょうもないチートではなく、グレイスは勘が鋭い。

彼女はまだパスタに手をつけてなかった。冷めてしまってはもったいない。

「グレイスはさ、魔王のことを恨んでる?」

 グレイスは少し驚いた顔をした。グレイスの両親は魔王に殺された。知ってるのはそれだけだし、それ以上のことを知ろうとも思わなかった。さて、それではなぜ今そんなことを聞いたのか。自分でもわからない。彼女の答えを聞いたら、わかるかもしれない。

「べつに恨んでへん。っていうのおかしいか。目の前でやられたらアレやけど、出先でのことやったし遺体も残ってへん。悲しかったけど、許せないみたいなんはないな。魔王の顔も知らんし」

 たぶん、グレイスは嘘を吐いていない。その答えを聞いて安心した。

「なに、アンタ倒してくれるん?」

「まさか。一目散に逃げるね。グレイスも一緒に来る?」

「口説かれとる?行かんよ。子供たちもおるし。でも、もし逃げるんなら――」

 グレイスは窓の向こうをみた。ガラスに写る彼女は諦めたように笑っていた。

「南に行きたい」

「なんじゃそりゃ」

「地面から落ちちゃうくらいずっと南の果てにな、楽園がある言われとんねん。そこにいけば罪も、生まれも、病気もぜんぶ真っ白に洗われて新しい人生を歩めるんやって」

「それって死んでね?」

「アンタってほんまロマンないな」

「楽園には連れてってあげられませんがね、お嬢様。どうすか週末。街へ行きませんか?いい感じの飯屋見つけたんだよね」

「よくってよ。ついでに買い物にも行きたいですわ」

 グレイスはパスタの巻き方に品があった。口に運ぶ所作にさえ育ちを感じる。「うまいな、これ」と言うから、俺ももう一口食べてみる。言われれば美味い気がした。


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