09.遭遇未遂
「いやー、まさか本当に悪役令嬢だったとは」
帰宅後、愉快そうに笑う雪斗を私はじろりと睨む。
「あんた、絶対、途中から面白がって引っ掻き回したわよね?」
「いやいや、俺の立ち回りが完璧だったから、スムーズに話が聞けたんじゃないっすか」
心外だとでも言わんばかりの表情。
確かに自分だけであれば、陽炎からあそこまで話を聞き出せなかった可能性は高いと思い直すが、雪斗の功績を認めるのは癪なので言葉にはしない。
「まぁ、でもこれで、なんとなく掴めましたかね」
「そうね。とりあえず、魔獣が誰かと契約を結ぶ前に倒してしまえばなんとかなりそう」
「一応、訊いておきますけど」
「何よ?」
「本当にまだ魔獣と契約してないっすよね?」
「してないし、する予定もないわよ」
顔を覗き込んで訊いてきた雪斗にぴしゃりと伝える。
陽炎によると私は幼い頃に魔獣と出会って契約を結んでいるストーリーだったらしいが、今の私には当然ながら身に覚えがない。
「ほんとっすかー? 俺は椿様が魔獣と契約してても、味方ですから言ってくださいよ」
「うわ、胡散臭い。すぐ裏切りそうなんだけど」
「えっ、そんなわけ……」
「わざとらしく言い淀むんじゃないわよ!」
そんなやり取りを交わしながら、私は記憶の糸を手繰っていた。
(六歳っていったら、前世の記憶が蘇ってわりとすぐね……)
あの頃はまだ雪斗が転生者であることを知らなかったし、突然戻ってきた前世の記憶に翻弄され、混乱していた時期だ。でもさすがに魔獣と出会うようなことがあれば、忘れるなんて――
(……ん? あれ? ひょっとしてあの時?)
ふと思い出したのは、誰かに呼ばれたような気がしてひとりで向かった敷地内の森。母屋から離れたその森の前までやってきてはみたものの、結局、中には入らずに引き返した記憶。後ろ髪を引かれるような奇妙な感覚はあったけれど、鬱蒼と木が繁るその空間に入ることを前世の私が強く拒否したのだ。
(いや、虫とか絶対無理だし! って思って帰ったのよね)
冬野宮 椿としてよりも、前世の私として生きている感覚がまだ強かったあの頃。多分、記憶が戻っていなかったら無邪気に自分を呼ぶ声に応じていた気がする。
「危なっ!」
思わず、声が漏れた。どうやら、私は記憶を取り戻したタイミングが良かったお陰で魔獣と契約せずに生きてこられたようだ。
(確証はないけど、あの森を調べてみる価値はあるわね)
蘇った記憶に興奮しながら、部屋から出ていこうとしていた雪斗を呼び止める。
「雪斗! とりあえずの手がかりがあったかも。いくわよ!」
「えー、それ、明日じゃだめっすか? 俺、まだ他の仕事が残っててですね」
「だめに決まってるでしょ。この世界が滅んでもいいの?」
「はぁ、まぁ、俺は別にいいっすけど」
気のない返事をする雪斗をひきつれて、私はいそいそと森へ向かうのだった。




