02.令嬢と王太子
自分が悪役令嬢なのでは? という疑念が湧いてからはや一ヶ月。今のところ、私の周囲に変わったことはない。
それでも、ただの妄想と笑って忘れることができず、掴みきれないのに消えない不安が私を苛立たせた。
(巫女について書かれた文献を読んでも、目新しい情報はなかったわね。当然といえば当然だけど……)
歴史や伝承の知識はこの国の貴族に必要な教養だ。前世からしたらファンタジー要素盛りだくさんのこの国のことを知るのは楽しく、積極的に勉強してきていた私にとって、いまさら新たな発見などそうそうあるはずもない。
(そもそも、学術的な本でも巫女に関してはおとぎ話に毛が生えた程度のことしか書かれてないし)
これ以上の情報を求めるなら、簡単には読むことのできない国管理の蔵書や禁書の類くらいしかないだろう。ただ、さすがにそちらは「何か嫌な予感がするので」なんていう理由で閲覧できるはずもなく、どうしたものかと唸っていると、不意に穏やかな声が私の思考を遮った。
「何か悩み事かな」
声が聞こえた入口側に視線を向けると、金髪、金眼の美男子が、落ち着いた足取りでこちらに向かってきていた。
龍臣――王太子である私の婚約者。私は彼とお茶を飲むために定期的に王城を訪れている。このお茶会は、婚約が決まってから始まった親睦を深めるためのふたりの時間で、婚約して約四年経った今も途切れることなく続いていた。
「あら、殿下。いつの間にいらしてたんですの?」
「ちょうど今だよ。待たせてしまって悪かった」
「いえ、どうか気にしないでくださいな。こうして待つ時間も楽しいものですし」
ゆっくりと微笑んで、私はお茶の器をそっとテーブルに戻した。
身についた習慣で誰に見られても恥ずかしくない完璧な姿勢を保ってはいたが、彼が部屋に入ってきたことに気づかないくらいに考え事に集中してしまったのは、我ながら不覚である。
「退屈させていなかったのなら良かった。それにしても珍しいね。椿が気づかないなんて」
「そうですか?」
「うん。なにやら真剣な顔をしていたけど、困ったことでもあった?」
私の顔を心配そうに覗き込んだ龍臣が問いを重ねてくる。
まさか、自分は悪役令嬢かもしれないなどと突飛なことを言うわけにもいかず、私は首をふった。
「いいえ、もうすぐ提出しなければならない課題が遅れ気味なので、そのことを考えていただけですわ。お恥ずかしながら、寝不足なのもあって少しぼーっとしてしまったみたいです」
「……そうか。あまり無理しないようにね」
「ありがとうございます。ご心配をおかけし申し訳ございません」
私の嘘には気づいているだろうに、彼はそれ以上追及せず優しく微笑んだ。彼の髪や瞳の色と相まり本当に輝いているようなその笑顔には誰もが魅了される。
(うーん、今日もきらきらしてるわー)
そう、龍臣は絵に描いたような理想の王子様。文武両道のイケメンかつ努力家。王族としての責任感も強く、自分より他人を優先できる好青年だ。
仮に私が悪役令嬢だったとしても、この人がぽっと出のヒロインに心を奪われたり、私を邪険に扱い始めるなど全く想像ができない。恋仲というわけではないが、婚約者として大切にしてくれているのは間違いないし、大切に思っているという点では私も同じである。
貴族というだけでもめんどくさいことが多いこの生活の中、王妃なんて冗談じゃないと本当に嫌々の婚約だったのだが、龍臣のひととなりに触れるにつれてこの人を支えるなら、まぁいいかと覚悟を決めた。
唯一の欠点は、完璧過ぎて、私の好みじゃなかったことだけ。
そういえば、いつか雪斗にそのことをこぼしたら、心底憐れんだ目で見られたことがあったっけ。曰く「絶対幸せになれない相手にしか惚れない女が一定数いるの、なんなんですかね」だそうだ。
龍臣に恋愛感情を抱けないだけで、人をダメ男好きみたいに言わないで欲しいと反論したら「だいたい自覚ないし」と雑な感想を貰って終わった気がする。
(前世の雪斗なんて、幸せになれない相手の代表格みたいなくせして!)
そんなどうでもいい過去を思い出して憤慨しかけた私を、またしても龍臣の声が現実に引き戻す。彼は手際よく動く侍女にその柔らかな視線を向けて言葉を交わしていた。
「ありがとう。下がっていいよ」
「かしこまりました。それでは何かございましたら、お呼びください」
僅かな時間で準備を終えた侍女が退室していく。私の分の茶器もいつの間にか新しいものに取り替えられていて、龍臣とのお茶会が、いつもどおりゆったりと始まった。




