01.何かの始まり
「もしかして、私って悪役令嬢だったりしない?」
「は?」
この国を支える四家の一角、冬野宮家の屋敷。
自室で勉強をしながら、ふと思い浮かんだ疑念をそのまま口に出すと、すぐ近くでお茶を淹れていた雪斗が訝しげにこちらを見る。
「椿様が悪役令嬢⋯⋯?」
手を止めてまじまじと私を見た雪斗は、私の言葉をつぶやきで復唱したかと思ったら、次の瞬間には爆笑していた。
「ぶははっ! 悪役令嬢って! 突然どうしたんすか?」
私はこの冬野宮家の娘で、彼は私の世話係。主人に対する敬意が微塵も感じられない態度ではあったが、いつものことなので、気にせずに私は続けた。
「だーかーらー、最近流行ってるでしょ。悪役令嬢モノ! んで、私のこのポジションってヒロインではなさそうじゃない?」
「いやー、流行りとか俺はよく知らないっすけど。もう結構、記憶も薄れてますし。それに最近ってもう向こうで死んでから、だいぶ経ってませんか?」
「それはそうだけど。でもほぼ同時期に死んだはずの私と雪斗でこれだけ年齢差あるんだから、時間経過とかはあんまり関係ないでしょ」
「まぁ、それは一理ありますね」
何故か少し偉そうに頷く雪斗。
そう、私達はこの世界への転生者仲間なのだ。私の前世は平凡な会社員。雪斗はホストだった⋯⋯らしい。私が七歳のときに、とあるきっかけでお互い転生者だと知って以来、雪斗の態度は一気にくだけたものになった。もちろん、二人きりのときだけではあるが。
「もしかして、何かこの世界のこと思い出したんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。ほら、最近、巫女だっていう女の子が現れたでしょ」
「ああ、春原家預かりになったっていう」
「転生じゃなくて異世界から迷い込んできた子らしいんだけどさ。なんか、設定的にヒロインっぽいなーって」
「設定て。まぁ、確かに椿様はヒロインって感じではないですけどね」
そういってまたもや爆笑する雪斗。
(うん、さすがにちょっと痛い目みせよう)
お茶をそっと指先で操り、雪斗が口を開けた瞬間を狙い撃ちする。
「⋯⋯! っちょ! げほっ、ごほっ!」
「笑いすぎ」
不意打ちのお茶にむせた雪斗は涙目でこっちを見た。
「悪役だ⋯⋯間違いなく悪役⋯⋯」
「あのねぇ、ご主人様にそんな口きいて、本当だったらこんなもんで済んでないんだからね。私の寛大さに感謝して欲しいわ」
「俺と椿様の仲なのに」
どんな仲だよとつっこみたいところだけど、転生者同士というある意味唯一無二の仲ではあるし、そんな話がしたいわけでもないのでそこはいったんスルーする。
「とにかく、自分で言うのもなんだけど、今の私って完璧な美少女で、トップクラスの能力を持ってて、しかも王太子の婚約者でしょ? もし原作があるとしたらモブではないと思うのよね。そしてヒロインでもなさそう」
「謙虚さは前世においてきたんですか?」
「自分で言うのもなんだけどって言ってるじゃない」
「謙虚とは――いや、なんでもないっす」
こちらの指先の動きを察知した雪斗が慌てて口を噤んだのを確認して、私は続けた。
「もし仮にここが何かの物語の世界だとしたら、私の今のポジションってよくあるヒロインの敵役じゃない?」
「んー、でも悪役令嬢転生だったら別にいいんじゃないんすか? あれでしょ、大抵なんかヒロインのほうが悪役っぽくなるやつでしょ。ざまぁっていうんですっけ?」
「知らないって言ってたわりには詳しいじゃない」
「まぁ、職業柄いろんな話題を仕入れてたので。浅く広くですけどね」
少し遠い目をしながら、雪斗は私の前に改めて淹れたお茶を置く。この世界で生きた年数がすでに前世を上回っている雪斗にとっては、もう前世は他人の物語のようなものなのかもしれない。
そもそも、あまり良い人生とは言えなかったみたいだし、忘れたい記憶なのかも――と、お茶を啜りながらちょっと感傷的になりかけたところを次の一言がぶち壊した。
「いやー、前世で俺に会ってたら絶対惚れてますよ? 一晩で百万は使わせる自信あります!」
「⋯⋯どの口が謙虚さとか言ってたのかしら。大体、それで刺されて死んでんでしょ。あんた」
「地獄行きかと思ったら、転生できるんだから人生って意外となんとかなりますよね」
「それって、なんとかなったうちに入るの?」
「俺的にはありよりのありです」
やっぱり、こいつは転生なんてさせずにさくっと地獄へ送っておくべきだったのでは?
笑顔でぐっと親指を立てる雪斗を半眼で見やり、私は深くため息をついた。




