02.春原への依頼
「どうぞ、お通りください」
王立図書館、その大きな建物と敷地を同じくする別館の入口を私と雪斗はそれぞれのカードを見せて通過した。図書館は一般開放されていて、誰でも入ることができるが別館のほうはそうはいかない。
「へぇ、こんな風になってたのね」
入口を通過して進んだ先には頑丈な扉があり、魔道具でもあるカードをかざすことで開く仕組みになっている。仮に警備を何らかの手段で突破したとしても、そのまま中に入ることはできないようにしているのだろう。
「すごい厳重っすね。しかもここの警備って近衛じゃなくて、春原の私兵なんですよね?」
「書庫の中身は全部、春原家の管理する重要書類や文献だしね。身内で固めときたいってことでしょ」
閉まった扉の向こう側を伺いながら言う雪斗に私は片眉を上げて答えた。
近衛団は王都や王城の警備を主な任務とする組織。そして、その統括を担うのが我が冬野宮家だ。実は昔、なんとか話をつけてここに入れないかと画策したことがあったが、閉架書庫に関しては融通をきかせることが出来ないと分かり諦めた経緯がある。
(絶対、警備はうちの管轄だと思ったのに。まあ、警備をなんとかしてもカードがない限り中には入れないってことが分かったわけだけど)
そんなことを思い浮かべながら静まり返った廊下を進み、陽炎から指定された部屋の前に立つ。すぐそばに誂えられた魔道具の板にカードをかざすと扉の鍵が外れる音がして、開けた扉のその向こうから明るい声が響いた。そしてそれを追いかける気怠げな声。
「あー、雪斗さんお久しぶりです~! 椿ちゃんは昨日ぶり!」
「ちょっと、遅いじゃないの」
待っていた二人――めぐみと陽炎にいったん目だけで応じて、私たちはそのまま部屋の中へと進んだ。
*
「というわけで、魔獣対策本部として今日から動いていくからよろしくね」
机の周りに集まった私たち三人を見回し、話し始めた陽炎に私はすぐさま抗議の声を上げる。
「というわけでって、まだ何も説明されてないんだけど」
「はぁ? 手紙に書いたでしょ。巫女と魔獣について調査するって」
「だから、それだけしか知らないのよ。ちょっとは経緯とか説明してよ」
腕組みをして説明を求めると陽炎は鼻をならしながら、めんどくさそうな視線を投げて寄越した。
「経緯って言っても大した内容じゃないわよ? 単に何かあったときの言い訳作りにうちが駆り出されたってだけで」
「言い訳?」
「そうそう。ほら巫女って魔獣復活の証とか言われてるじゃない」
「ああ、巫女は魔獣が復活したときにできる歪みを通って現れるってやつね」
知識の中にあった本の記述を口にすると、それを聞いためぐみが私の前で瞳を瞬かせた。
「ええー? じゃあ私がこの世界に来ることになったのって、魔獣のせいってことですか?」
「まぁ、そうなるかしらね」
私の肯定にめぐみは少しだけ考えるような仕草をする。ゆるくウェーブのかかった髪がその仕草に合わせて揺れた。
「でも、その魔獣がどこにもいないんですよね~?」
そう、結局私たちは魔獣の手がかり一つ見つけられずに今日まで来ている。めぐみたちと会う前に私が抱いていた嫌な予感のようなものは消えてはいないはずなのに、その予感がまるごと日常に溶け込んでしまって、最初の頃のような焦燥も感じなくなってしまっていた。
「それよ。なんせ巫女の話があまりにも古すぎて、王城の連中の大半は信じてないわけ。巫女が現れた後もずっと平穏が続いてるから、魔獣復活なんて眉唾ものだと思ってるわ」
「普通そうっすよね。魔獣がどこかで復活してるって言われても、その証拠もないですし」
「だから今まで具体的に何かしようって話は出てこなかったのよ。でも、最近めぐみが騎士団の出張所とか王都の病院で巫女の力、使ってるでしょ?」
知っている前提の陽炎の言いっぷりを受けて、雪斗はそのままめぐみを見た。彼の視線を受けてめぐみがふんわりと笑う。
「そうなんすか?」
「です~。たまたま、道で怪我をした人を治したのがきっかけであちこち行くようになって」
「だから、巫女の力は迷信なんかじゃなくて、本物だって上の連中にも認知されてきたのよ」
「あー、なんとなく話が分かってきたわ」
陽炎の補足を聞きながら、こめかみに指を添えぼそりと呟くと、私を見る彼の青い瞳に面白がるような光が宿った。
「巫女の力が本物なら魔獣の件もありえるんじゃ? という懸念が出てきたわけ」
「なるほどね」
「んで、このまま放置して魔獣の被害が出たら、国はなにやってたんだってことになるから困る。でもそんな不確かなことに人員は割けないから、なんとかこのままでも心配ないという根拠が欲しいって官吏がうちに泣きついて来たのよ」
「春原に調査をお願いしたって事実があれば、一応、面目は立つものね」
「結局、中央で意見が揃わなかったらしくて、一部の人間からの非公式依頼だけどさ」
「はぁ、お役人様もなんか色々大変そうっすね」
私たちのやりとりに対して、あまり興味があるようには聞こえない投げやりな感想を呟いた雪斗に陽炎は爽やかに笑ってみせた。
「ま、兄さんに来た依頼なんだけどね。自分でメンバー集めて自由にやるって条件で私が引き取ったのよ」
「……それ、ほんとに朧様、了承してます?」
雪斗の怪しむような問いかけに陽炎の笑みが深くなる。自信に満ちたその顔は悪魔のように見えた。
「当たり前でしょ。兄思いの弟に感動してたわよ」
「あー、それで朧さん、泣いてたんですね!」
言い淀むことなく紡がれた陽炎の言葉を受けて、めぐみが明るく口にした内容に私と雪斗はどちらからともなく顔を見合わせた。
(絶対、強引に奪い取ってきたわね……)
お互いの瞳に宿るのは厄介な弟を持つ朧への同情、ただそれだけだった。




