03.陽炎の能力
「さて、これで椿も納得できただろうし、話を最初に戻すわね」
ひとつ手を叩いて宣言した陽炎に視線が集まる。そのままおろした手を机の上で組むようにしながら彼は続けた。
「手紙にも書いた通り、ここを拠点にして週一回は集まって貰おうと思ってるから。このメンツで集まるならどちらかの家とかよりも王都のほうが都合いいでしょ」
「それはそうね」
確かに王都であれば、それぞれの家から直接移動することのできるゲートがつながっているので、行き来が楽だし、私やめぐみは学園の帰りによることもできる。今までのようにたまにであれば、冬野宮か春原のどちらかの屋敷でも良いが、週一回の頻度ともなると迎える準備も大変だ。
「でも、ここちょっと埃っぽいし、暗くないですか~? 王都ならお城のお部屋借りるとかどうでしょう?」
部屋を見回してそんな提案をするめぐみに、陽炎は渋い顔をした。
「嫌よ。王城なんて窮屈な。それに雪斗がすぐには入れないじゃない」
「え? そうなんですか?」
きょとんとするめぐみ。どうやら巫女という自分の立場が特別だということをまだ認識できていないらしい。彼女は殆ど顔パス状態の王城も、本来はそう簡単に入れる場所ではないのだ。
私や陽炎はその立場から比較的容易に入城できるが、雪斗は奥まで入ることはできず、入口付近の控えの間で待つことになる。
「まぁ、私の従者として手続きすれば、絶対に入れないってこともないんだけどね」
「あー、でもそれ、毎回やんのはダルすぎっす」
私の後に言葉を続けた雪斗が、顔の前に上げた手でバツ印を作って見せた。それを見ためぐみは大きな瞳をくりっと動かし、あっさりと頷く。
「それじゃ、しょうがないですねっ。メイドさんの出してくれるお茶とお菓子が美味しいから、集まるにはちょうどいいと思ったんですけど~」
「うわー、俺には絶対ない感覚」
「いや、王城を喫茶店のノリで使うなんて私でもないわよ」
めぐみの発言に完全に引いている雪斗に、私はすかさず訂正を入れた。
そして彼女が「陽炎さんちでお世話になってますけど、お城にもたまに遊びに行きますよ~」などとのたまわっていたことを思い出す。その時は深く考えず流していたが、この様子だと本当に遊びに行ってそうでちょっと怖い。めぐみにとっては恐れ多いという感覚はなくて当たり前なのだろう。同じ異分子でも転生者としてこの世界で今まで生きてきた私たちとはやはり根本が違う。
そんな私の内心を察してか、陽炎がひとつ咳払いして続けた。
「ま、めぐみの意見はともかく、ここは資料も揃っててちょうどいいのよ」
その言葉に、先ほど見た書棚の中身を思い出す。軽く見て回っただけで、読みたい書物がいくつも見つかり、宝の山を見つけたような気分になった。閉架書庫はやっぱり期待通りで、だからこそもっと早く来たかったとも思う。
「さすが国の重要文書を集めた書庫よね。普通じゃ絶対見られない文献もたくさんあったわ」
「なんだかんだいいつつ、勉強好きっすよね。椿様は」
はしゃぐ私を嗜めるかのように、声をかけてくる雪斗。隣に立つ彼を少し見上げてみるとその琥珀色の瞳には、からかいの笑みが浮かんでいる。その煽りを受けて私は首をかしげてみせた。
「勉強じゃなくて知らないことを知るのが好きなだけ。特にこの世界のことなんてすごくワクワクするじゃない?」
「そうっすか? 俺は生きるのに必要なことだけ知ってれば、それでいいっすけどねー」
「なに、悟ったようなこと言ってんのよ」
「いや、ほら、人生二周目なんで」
「それは私もなんだけど?」
「ふーん。椿がそこまで興味を示すなんて思わなかったわ。ま、さすがに奥の禁書庫は見せてあげられないけどね。私でさえ許可取るの大変だったし」
私と雪斗のいつも通りの会話の応酬を陽炎の笑いを含んだ声が遮った。その言葉に私は少しがっかりする。
(やっぱり禁書までは難しいのね……)
通常では入ることの出来ない閉架書庫の奥深くにある禁書庫。さすがにそちらにまで入れると思っていたわけではないが、まったく期待していなかったかというと嘘になる。でも、この閉架書庫を管理する春原家の一員である陽炎ですら、簡単には入れないというのだから、自分にはもしかしたらという可能性もないのだとはっきりと分かってしまった。
立てた人差し指で自分の頭を示した陽炎が、そのまま続ける。
「そっちはそんな量も多くないし、事前に私が一通り確認して、内容を頭に入れておいたから情報としては問題ないわ」
「ほえー、さすが陽炎さん。暗記とか私、絶対無理です」
無邪気に感心するめぐみに同調しようとして、ふと気づいた。この別館の最奥にある禁書庫、たとえ入れなくても建物の構造や間取りくらいは知っている。
「確か禁書庫もこの部屋と同じくらいの大きさはあるわよね? 収納されてる禁書ってそんなに少ないもの?」
「んー、魔獣と巫女関連に絞れば、百冊ちょっとしかないわよ」
「百冊!?」
それを誇るような響きもなく、あっさりと答えた陽炎にめぐみが驚愕の声を上げて、私は半ば呆れ気味に問いかけた。
「それを覚えた? この短期間で?」
「短期間ってほど短くもないでしょ。一週間くらいはかかったかしら」
一週間だって驚異的だ。そもそも目を通すだけでも精一杯になりそうなのに、それをすべて暗記しているだなんて。
(そういえば、陽炎の前世ってお医者さんだったのよね。そこに春原の血筋が加わってチート級の記憶力を手に入れたってことなのかも)
ぼんやりとそんなことを考えていた私の隣で雪斗がしみじみと頷く。それから彼は真剣な眼差しで陽炎を見て、おもむろに口を開いた。
「陽炎様……ゲーム知識マウントだけが取り柄じゃなかったんですね」
感動したとでも言いたげなトーンだが、もちろんそれは喜ばせるための言葉ではない。
「はぁ? 雪斗、あんた、ちょっと表出なさいよ」
「あ、暴力反対です」
静かな部屋に陽炎の怒りの声が響き、完全におちょくる体勢に入った雪斗が真面目な顔を崩さないまま、両手を胸の前で掲げた静止のポーズをみせる。
(原作知識にチート級能力、なんか陽炎ってこれぞ転生者って感じね。……ま、別に今の自分に不満があるわけじゃないけど)
「あ~、もう、また~。ふたりとも喧嘩はダメですよ~」
言うほど本気で止める気もなさそうなめぐみの声を聞きながら、私はそんなことを考えていた。




