疑惑のルーキー
「貴様、何者だ?」
エレナは俺を睨みつけたまま、もう一度同じ質問をしてきた。
「シオン・グレイ二等兵です」
「名前を聞いているんじゃない」
「・・・ただの新兵です」
「ただの新兵が、どうしてあの排水路を知っている?」
やはり・・・そこを聞いてきたか。
「昨日、要塞に入る時に偶然見つけました」
「嘘をつけ。あの排水路は外から見えない。訓練場と繋がっていることも、ここに長くいる兵士しか知らないはずだ」
「それは・・・」
「それだけじゃない。我々の配置を最初から知っていたような動き。銃の扱い。そして最後の格闘術もだ。訓練所を出たばかりの者にできる動きではない」
返す言葉がなかった。この数十年間、戦場で生きてきた。ある程度できて当然になっている。と思っていたが、今の俺はただの兵だ。そのことを・・・少し忘れていたかもしれない・・・
「訓練所で習いました」
「貴様の通っていた訓練所では、上官の顔に砂を投げろと教えているのか?」
「それは習ってません」
「なら、誰に習った?」
「・・・自分なりのアドリブです」
エレナは何も言わず、俺の目を見続けていた。この人に下手な嘘は通じない。だけど・・・本当のことを言えることもできない。
数十年後から死に戻ってきたなんて言ったところで、信じてもらえるわけがない。もしかしたら、情報を掴んでるスパイとして拘束され、皇女に近づくこともできなくなるかもしれない。
「少尉!」
そこへ、先ほど俺が倒した兵士の一人が駆け寄ってきた。
「模擬戦の終了を確認しました。新兵側の勝利です」
「見れば分かる」
「それと・・・負けた側は外周十周とのことですが」
「そうだったな」
エレナが自分の腹についた青い塗料を見下ろした。
「我々総員、装備を持って走るぞ」
「えぇ!?少尉もですか?」
「私だけ逃げるとでも思ったのか?」
「い、いえ!」
エレナは本当に真面目な人だった。自分で決めたことなら、必ず守る。
昔から・・・こういう人だった。
「シオン・グレイ」
「はい」
「この話はまだ終わっていない。訓練後、私の執務室へ来い」
「・・・分かりました」
「それと始末書だ」
「始末書?」
「上官の顔に砂を投げた」
「あれは模擬戦では・・・」
「返事は?」
「は、はい・・・」
勝ったはずなのに、なぜか俺まで罰を受けることになった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やったな、シオン!」
エレナが離れた瞬間、カイルが俺の背中を強く叩いてきた。
「本当に勝ちやがった! お前、いつからあんなに強くなったんだよ!」
「訓練所にいた時からだ」
「嘘つけ! 訓練所では俺と同じくらいだっただろ!」
「俺は一人倒した」
レオンが銃を抱えながら、急に会話へ入ってきた。
「分かってるよ! お前はさっきからそればっかりだな!」
「事実だからな」
「私だって煙幕を投げたわよ」
カレンも自分の仕事を主張してきた。軍服の腹と肩には青い塗料がついている。
「その直後に撃たれてたけどな」
「うるさい! あんたなんて一人も倒してないでしょ!」
「俺が撃ち続けたから、レオンが狙えたんだぞ!」
三人が、みんな誰の手柄なのかと言い合っている。昔も・・・よくこんなことがあった気がする。
あの時の俺たちは負けて、全員でエレナの悪口を言いながら走っていた。結局カイルが途中で倒れ、俺とレオンで兵舎まで運んだんだ。
「そういえばカイル、お前・・・」
「なんだ?」
「今回は股間に弾が当たらなくて良かったな」
「はぁ!? なんで股間なんだよ!」
「いや・・・なんとなく」
「お前、朝から本当におかしいぞ!」
カイルとカレンが笑い、レオンも僅かに口元を緩めていた。また・・・四人で笑うことができた。
この時間を失いたくない。絶対に・・・今度こそ守る。
「ところでシオン」
カレンが俺の顔を覗き込んできた。
「エレナ少尉に呼び出されてたけど、大丈夫なの?」
「始末書を書かされるだけだろ」
「いや、あの顔は絶対それだけじゃないぞ」
カイルが、遠くで外周を走り始めたエレナを見た。
「お前・・・殺されるんじゃないか?」
「模擬戦で勝っただけで殺されてたまるか」
「でも顔に砂をぶつけたし」
「腹も撃ったわね」
「二人とも・・・縁起でもないことを言うな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
訓練が終わったあと、俺は言われた通りエレナの執務室へ向かった。扉の前に立ち、二度ノックした。
「シオン・グレイ二等兵です」
「入れ」
「失礼します」
中へ入ると、エレナは机の上に何枚もの書類を広げていた。どうやら俺に関する資料みたいだ。
名前。年齢。家族構成。訓練所での成績まで書かれている。呼び出すまでの短い時間で、俺のことを全部調べたらしい。
「そこに座れ」
「はい」
「貴様の経歴を確認した。射撃、格闘、戦術判断・・・どれも平均程度だ」
「そうですね」
「では、今日の動きは何だ?」
「たまたま調子が良かったんだと思います」
「調子が良ければ、我々を相手に指揮官を撃てるのか?」
「・・・たまたまです」
「排水路を見つけたのも?」
「たまたまです」
「私の顔に砂を投げたのもか?」
「それは・・・すみませんでした」
エレナは小さく息を吐くと、俺の書類を机へ置いた。
「まあいい。今はそういうことにしておいてやる」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い」
エレナは別の紙を一枚取り出し、俺の前へ置いた。国境付近の地図と、偵察に参加する兵士の名前が書かれている。
「明日の早朝、国境の森へ偵察に出る」
「偵察・・・ですか?」
「一人、負傷して参加できなくなった。代わりに貴様が来い」
「どうして俺なんですか?」
「貴様の実力が本物なのか、私が直接確認する」
国境の森。その言葉を聞いて、俺はかつての記憶を思い出した。確か・・・この数日後だったはずだ。
セルディキア王国の部隊が、ノルヴェイン要塞へ奇襲を仕掛けてきたのは。以前は誰も攻撃に気づかず、大勢が死んだ。俺たち四人も、要塞から逃げるだけで精一杯だった。
だが今なら・・・奇襲が来ることを知っている。そして、敵が兵器や物資を隠していた場所も覚えている。
「分かりました。参加します」
「随分と嬉しそうだな」
「そう見えますか?」
「ああ。普通の新兵なら、敵と遭遇する可能性のある偵察任務を怖がるものだ」
「・・・怖くないわけではありません」
嘘だ。今さら偵察任務くらいで怖がることなんてない。
むしろ・・・ようやく機会が来た。
未来を変える、最初の機会が。
皆様こんにちは!新作です!行き当たりばったりで書き進めていくタイプの話になります。
この作品は、とにかく毎日投稿することを目的に書いていきます。
思いついた日は三千文字くらいになるかもしれませんし、どうしても書けない日は千五百文字くらいになることもあると思います。
話数ごとの文字数は安定しないかもしれませんが、毎日投稿だけは続けます!
よければ、シオンたちの物語に最後までお付き合いください!




