経験は裏切らない
兵舎を出た俺たちは、そのまま要塞の訓練場へと向かった。
外に出た瞬間、眩しい朝日が目に入ってきた。空は青く、要塞の上には帝国の旗が風に揺れていた。
まだ壊れていない壁。燃えていない建物。笑いながら歩く兵士たち。どれも・・・俺の記憶では見慣れない光景だった。
いや・・・数十年前に見たことがあるはずだけど、もう戦争の記憶が長すぎて、平和だった頃のことなんて、ほとんど忘れてしまっていただけだ。
「おーい、シオン! 置いてくぞ!」
「今行く!」
カイルたちの後を追い、訓練場へと入っていった。そこには俺たち以外にも、昨日この要塞へ配属されたばかりの新兵たちが集められていた。その数はおおよそ三十二人。
対する古参側は・・・たった八人。
「なんだよ。随分と舐められてるな」
古参兵の数を見たカイルが、小さく笑った。
「こっちは三十二人だぞ? 一人で四人も相手にできると思ってんのか?」
「できるからこそ、この人数なんでしょ」
カレンが冷めた声でそう言った。まさしくその通りだ。前の時も、俺たちは同じように人数差を見て勝てると思っていた。
だが、その結果は惨敗。開始から十五分も持たず、三十二人全員が地面に転がされた。
「全員、整列!」
エレナの声が訓練場に響いた。新兵たちが慌てて横一列に並び、俺たちもその端に加わった。
目の前に立つエレナを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。
若い・・・そして、あのシンボルとなる傷がまだない。
俺の知っているエレナの顔には、額から右目にかけて大きな傷跡があった。その傷を負ったのは、確かこの要塞が襲撃された時だ。
「貴様らには、これから我々と模擬戦を行ってもらう!」
エレナは俺たちを見渡しながら説明を始めた。
「使用するのはゴム弾だ。当たっても死にはしないが・・・痛みは実弾とほとんど変わらない。死ぬつもりで戦え!」
その言葉を聞いて、新兵たちの顔が一気に引きつった。
「勝利条件は二つ。敵部隊を全滅させるか、敵側の指揮官を倒すこと。制限時間は三十分だ」
今回、古参側の指揮官を務めるのはエレナ本人だ。つまり・・・彼女に一発で弾を当てれば俺たちの勝ちとなる。
「なお、負けた側には要塞の外周を装備したまま十周してもらう」
「はぁ!? 十周!?」
カイルが思わず声を上げる。
「不満か? なら二十周にしてやろう」
「い、いえ! 十周で大丈夫です!」
「そうか。残念だ」
エレナは僅かに笑うと、古参たちを連れて訓練場の奥へ向かった。模擬戦の開始まで、あと十分。俺たちはすぐに集まり、作戦を話し始める。
「相手はたった八人だ! 全員で一気に突っ込めば勝てる!」
「左右から半分ずつ攻めた方がいい!」
「指揮官だけを狙えばいいんだろ!?」
どれも・・・昔と同じだ。そして全部、あのエレナには通用しない。
「正面から行けば負けるぞ」
俺が口を挟むと、新兵たちが一斉にこちらを見た。
「なんだお前?」
「相手は俺たちが人数差を使って、一斉に攻めてくると思っている。正面と左右の三方向には、最初から射線が作られているはずだ」
「見てもいないのに、なんで分かるんだよ」
「俺が相手なら、そうするからだ」
もちろん嘘だ。
俺は知っている。前の模擬戦で、どこから撃たれたのか。誰がどこに隠れていたのか。微かにだが・・・覚えている。以外と楽しかったのかもな。
「じゃあ、どうすんだ?」
カイルが聞いてきた。
「正面から攻める」
「おい! 今、正面から行ったら負けるって言っただろ!」
「全員では行かない。お前たち三人が正面から攻めて、敵の注意を引く」
「俺たち三人が!?」
カイルが自分を指差した。
「カイルは重機関銃で敵を壁から出させるな。レオンは、こっちを狙う兵士を見つけた順に撃て。カレンは二人の援護と、煙幕を頼む」
「で・・・あんたは?」
カレンが疑うような目で俺を見る。
「俺は一人で裏から回って、エレナ少尉を倒す」
三人はしばらく何も言わなかった。
「無理でしょ」
最初に口を開いたのはカレンだった。
「相手は手慣れよ。それも、この要塞の地形を知り尽くしてる。どうやって裏に回るのよ?」
「訓練場の西側に、今は使われていない排水路がある」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「昨日、要塞に入る時に見えた」
もちろん、これも嘘。本当は未来で、この訓練場の跡地で何度も戦ったからこそ知っている。
「信じてくれ」
「・・・失敗したら?」
「みんなで仲良く十周だな」
「ふざけんな! 絶対成功させろよ!」
カイルが俺の背中を叩いた。レオンも何も言わず、銃のスコープを確認している。
カレンは最後まで納得していない顔だったが・・・小さくため息を吐いた。
「分かったわよ。でも、無茶だけはしないで」
「ああ」
昔と同じだ。こいつらは、俺を信じてくれる。
だからこそ・・・今度は絶対に死なせない。
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開始を知らせる銃声が鳴った。次の瞬間、訓練場のあちこちで銃声が響き始める。
「突っ込めぇ!」
他の新兵たちが、正面と左右に分かれて走り出した。その直後だった。
「ぐあっ!」
「どこから撃ってきた!?」
「右だ! いや、左にもいる!」
物陰から飛んできた弾が、新兵たちを次々に撃ち抜いていく。一発当たれば、その場で失格。
開始から僅か一分で、すでに十人近くが地面に転がっていた。
「今だ! 撃て!」
「任せろ!」
カイルの銃が火を噴く。無数の弾が古参兵たちの隠れる壁へと叩き込まれ、相手の射撃が一瞬だけ止まった。
「右の二階・・・一人」
レオンが引き金を引く。
建物の窓からこちらを狙っていた兵士の胸に、青い塗料が弾けた。
「命中!」
「本当に当てた・・・」
カレンが驚く中、俺は三人から離れて西側へ走った。崩れかけた壁の裏に、雑草で隠された排水路がある。
記憶通りだ。
「よし・・・」
俺は排水路の中へ入り、暗闇の中を進んでいく。狭い。臭い。おまけに何年も使われていないせいで、泥と虫だらけだ。だが、戦場の塹壕に比べれば何でもない。
しばらくしたら、排水路の出口へと辿り着いた。鉄格子の隙間から外の様子を確認した。
エレナがいる。
二人の兵士と共に、少し離れた場所から戦場全体を見ていた。
「新兵十九名を撃破。こちらの損害は一名です」
「一名・・・あの狙撃兵か」
エレナは正面で戦うレオンたちを見ている。
「あの重火器を使う新兵も悪くない。だが、指揮している者が見当たらないな」
・・・気づかれている。
俺の存在を探しているんだ。さすがだな、エレナ。
「一人、排水路へ向かった新兵がいたという報告があります」
「排水路だと?」
エレナの表情が変わった。
「まさか・・・後ろか!」
俺は鉄格子を蹴り飛ばし、排水路から飛び出した。エレナのそばにいた二人の兵士がこちらへと銃を向けてきた。
だがもう遅い。一人目の胸に一発。二人目が引き金を引くより先に、銃を横から蹴り飛ばし、腹へと弾を撃ち込んだ。
「なっ・・・!?」
エレナが腰の銃へ手を伸ばす。俺はその腕をつかみ、身体を引き寄せた。
だが・・・思っていたより重い。未来の身体なら簡単に止められたはずなのに、十九歳の俺の腕には力が足りていない。
エレナはすぐに体勢を立て直し、俺の足を払った。
「ぐっ!」
地面に倒され、銃口を向けられる。
「終わりだ、新兵」
引き金が引かれる寸前・・・俺は地面の砂をつかみ、エレナの顔へ投げつけた。
「なっ!」
その一瞬で十分だった。銃口を横へ逸らし、エレナの懐へ潜り込む。そして、自分の銃を彼女の腹へ押しつけた。
「俺の勝ちです・・・少尉」
引き金を引く。乾いた音と共に、エレナの軍服へ青い塗料が広がった。そして、しばらくして訓練場に終了を知らせる鐘が鳴り響いた。
新兵たちの歓声が遠くから聞こえてきた。だが、目の前のエレナは俺から視線を外さなかった。
驚いている・・・いや、疑っている目だ。
「貴様・・・名前は?」
「シオン・グレイ二等兵です」
「シオン・グレイ・・・」
エレナは俺の名前を繰り返すと、青い塗料がついた自分の腹を見た。
「貴様、何者だ?」
その問いに、俺は何も答えることができなかった。
皆様こんにちは!新作です!行き当たりばったりで書き進めていくタイプの話になります。
この作品は、とにかく毎日投稿することを目的に書いていきます。
思いついた日は三千文字くらいになるかもしれませんし、どうしても書けない日は千五百文字くらいになることもあると思います。
話数ごとの文字数は安定しないかもしれませんが、毎日投稿だけは続けます!
よければ、シオンたちの物語に最後までお付き合いください!




