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Crimson Snow  作者: mya
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『激闘』

 翌日。


「今日はレイナルド殿からの要望で、午前中は訓練場を使用して彼と打ち合っていただく」


 そうギルベルトから聞かされたシルヴィアは、えらく驚いた表情を浮かべた。


「どうかされたか?」


「本当に久し振りなもので。クリストフ陛下とレイナルドには、私が騎士団長になるまではずっと稽古をつけていただいたのですが、それ以降はあまりそういった機会もなかったのです」


「そうなのか?」


「はい。彼は……レイナルドは現在団員ではありませんので」


 言われてみればそうだった。彼は団を離れ、現在は一人の貴族に過ぎない。裏の顔としては、表立って動くことの出来ないクリストフの代行者なのだろうが。


 アルヴァナの騎士がシルヴィアと打ち合うと聞いて、見学を申し入れたノイエンドルフ騎士団員は、あまりにも多過ぎた。見学に取れるスペースにはとても収まりきらないので、許された百人の枠を巡ってまたまたジャンケン大会が開かれたわけだが、負けても場内が見える場所から覗く者が多数いて、ギルベルトを呆れさせた。

当然このような機会を逃してなるものかとエーレンフリートも見学にやってきている。


「シルヴィア様―!俺、勝ちました!頑張ってください!」


「ルディ殿。ありがとう」


 笑顔で頭を下げられ、ルディは満面の笑みで手を振り返した。それを見た他の複数の騎士も口々に「シルヴィア様―!」と声をあげる。


「おいおい。人気者だな、シルヴィア」


「人気者かどうかは分からんが、皆さん良くしてくださっている。ありがたいと思う」


「そうか。そう聞けばクリストフも安心するだろう」


 訓練場の中央で、シルヴィアとレイナルドはそれだけ言葉を交わすと、すぐに距離をとった。レイナルドは本来槍と弓が得意武器ではあるが、一応素性を隠している身であるので、この場では剣を持っている。

 二人が位置に着くと、訓練場が異様な緊張感に包まれた。シルヴィアの表情が今までと明らかに違う。戦場とも、皆と打ち合った訓練の時とも、ロニーとテオドールを相手にした時とも。何と形容すればよいのか……精神が研ぎ澄まされている時は、こういった顔になるものなのかと思わされる。対するレイナルドは、この国の誰もその戦いぶりを見たことがない。

 ギルベルトだけは彼がレイモン・マクファーレンであり、クリストフに匹敵する実力の持ち主だと知っており、なおかつそのクリストフの力も見たが、実際のところはシルヴィアとどの程度の差があるのか分からない。そう思っていたが。


 何の合図もなく、二人は目を合わせた瞬間同時に動いた……はずだった。が、だんっ!と音を立てて足を踏み出したレイナルドの剣が一瞬早くシルヴィアに届いた。


「遅いぞ、シルヴィア!」


 レイナルドの剣を間一髪剣で受けたシルヴィアは、それでも後方に弾き飛ばされた。と思ったのも束の間、後方に下がった反動を利用して足を蹴り出し、加速してレイナルドの懐に飛び込む。居合いの形で剣が抜かれ、レイナルドの脇腹に打ち込まれると思ったが、抜いた瞬間にその剣は払われる。払われた流れそのままに、シルヴィアは今度は回し蹴りを試みたが、避けられてしまった。

 瞬く間に展開された攻防の凄まじさに、ノイエンドルフ騎士団の面々は呆気に取られていた。

 シルヴィアの攻撃は決して甘いものではなかった。「遅い」とレイナルドに言われた最初の打ち込みも、スピードのみで言えばギルベルトを凌ぐものだっただろう。その後の攻撃も多くは目で追えないレベルのものであったのに、あの大男は大きく動く事なく簡単にいなしていた。何より、ただ立っているだけで威圧感が尋常ではなく、気の弱い者なら身動きひとつ取れなくなりそうだ。


「あの加速後の打ち込みを剣で払ったやつ、お前は出来るか?」


エーレンフリートがギルベルトにそう聞いた。


「……どうでしょうか。少しでも反応が遅れると払えるものではありませんから。もしかすると払いきれずに押されるかもしれません」


「俺もそうだな。シルヴィアと打ち合い慣れているのだろうが、だからといって簡単に出来る事じゃないよなあ」


「レイナルド殿の本来の武器は剣ではないそうですよ」


「剣使いじゃない?で、あれか。凄まじいな」


 恐らくあれでも手加減しているだろうとギルベルトは思った。処刑場でのクリストフの強さを見て、あれに匹敵する実力があるのだと思えば、まだまだこんなものではないと。

  一呼吸置いて再度動き出すと、今度はレイナルドの方から攻撃を仕掛けた。バックステップで避けたシルヴィアだったが、完全には避け切れなかったようで、切れないはずの訓練用の剣でありながら服がスパッと横に裂けた。あんなものを食らえば軽いケガでは済まないだろう威力に、皆が息を呑む。それに怯まずシルヴィアは踏み込んで剣を振ったが、その剣を上へ弾き飛ばされ、丸腰になったシルヴィアにレイナルドの剣が振り下ろされた。が、それはシルヴィアが白刃どりの形で止め、捻って武器を奪い取った。それと同時に落ちてきたシルヴィアの剣をレイナルドが受け止め、そのまま振るうと、今度はシルヴィアもしっかりと奪い取った剣で受け止めた。

 こんな調子で最初は軽くいなされていたシルヴィアだが、時間が経つにつれ動きのキレが良くなり、次第にレイナルドに攻撃が届くようになっていった。その頃になると、シルヴィアは終始笑んでいた。エーレンフリートと打ち合った時のような楽しそうな笑みではなく、戦場での不敵な笑みでもなく、狂気をはらんだ笑み。爛々と光る紅い瞳が、目の前にいるレイナルドではなく別のものを見ているように、エーレンフリートの目には映る。服はあちこち破れ、血が滲んでいる箇所があるにもかかわらず、今はそんな事も、疲れも何も感じていないのだろう。体勢を崩されてからの立て直し、そして攻撃に移るまでの速さが異常だ。


(これがあいつのアルヴァナでの通常訓練なのか?明らかに実戦レベルだろ。戦場で見たあいつと同じくらいか、それ以上の動きだ。それにレイナルド。あの波状攻撃に一切体勢が崩れない。体格差があるとはいえ、あそこまで崩れないものか)


 二人共に、特にレイナルドはノイエンドルフ騎士団とはレベルが違いすぎる。あれほど桁外れの戦闘力を持つ騎士が、何故現場にいながらマドラルの戦いに参加していなかったのかと疑問に思うと同時に、参加されなくて良かったと思う。それほどに圧倒的な差だった。

 ギルベルトは今何を思っているのかと隣を見ると、強張った表情のまま、ただただ二人の打ち合いを見ていた。


「止まれ、シルヴィア!ここまでにするぞ」


 場内に響くレイナルドの制止の声で、シルヴィアは動きをピタッと止めた。そして大きく息を吐き出すと、


「ありがとうございました」


 と頭を下げ、そのまま前のめりに倒れそうになる。レイナルドはシルヴィアを抱き止めてギルベルトを振り返った。


「すまないがギルベルト卿。そこの、俺の上着を取ってくれないか?」


 訓練を始める前に脱いで置かれていた上着を、ギルベルトはレイナルドに手渡した。見ると服のあちこちが破れ、肌も露出している。出血も一箇所や二箇所ではない。にもかかわらず、気を失っているシルヴィアは満足そうに微笑んでいる。そんな彼女の体を自分の上着で覆い、レイナルドはそのまま抱き上げた。


「……やりすぎではないのか?」


 ギルベルトが苦々しげな表情を浮かべて言う。


「これが俺たちのやり方だ」


 まだ訓練の余韻が残っているのか、レイナルドは冷たい表情でギルベルトを見下ろした。が、すぐにハッとして自嘲したように笑う。


「シルヴィアを休ませたい。部屋に案内してもらえるか?」


「分かった」


 案内しようと動き出した二人の目に、見学に来ていた団員たちの様子が映った。みな絶句して、中には青ざめている者もいる。無理もないが、自信喪失してどうするのかと、ギルベルトがたしなめようとしたところ、レイナルドが苦笑しながら言った。


「おいおい、あんたら。何しょぼくれてんだ。ノイエンドルフとアルヴァナは不可侵条約を結んだんだぜ。俺らが戦う事はないんだから、んな怖がらなくてもいいって」


「しかしレイナルド殿。我々は他国の訓練を初めて見たのです。他は皆このような訓練をしているのかと思うと……」


 こう言ったのは副団長のアヒムだ。周りの騎士達も同じ考えのようで、みんな俯いてしまっている。


「そんなワケはないだろう。俺はクリストフ王お抱えの傭兵で、騎士団の訓練には加わっていない。シルヴィア相手にここまで出来るのは、クリストフ王と俺だけだ」


 その言葉に、ギルベルトに随伴してマドラルへ行き、処刑場でのクリストフを見た騎士達が、あの場面を思い出してゾッとした表情を浮かべる。確かにあの王なら、シルヴィアを相手にしても押される事はないだろうと思う。

 誰もがレイナルドの言葉を「シルヴィアを上回る力を持っている」と捉えた中、エーレンフリートだけは違う意味に受け取っていた。シルヴィア相手にここまで出来る。つまりクリストフとレイナルドの二人だけが、容赦なく彼女を鍛えているという事かと。

 確かにシルヴィアとギルベルトで打ち合っていた時、ギルベルトは微妙に力を抑えていたように見えた。手加減をしていたのではなく、どこかで相手が女性だという意識があり、全力が出せなかったのだろう。シルヴィアを殺そうとしたロニーとテオドール以外は、皆どこかでそういう意識はあったのかもしれない。とはいえ全力で殺そうとしてもシルヴィアには全く敵わなかったのだから、彼女が性別関係なく並外れて強い事に変わりはないが。


(……ああ、そういう事か)


 ここで気付く。シルヴィアがエーレンフリートと打ち合っていて楽しそうなのは、エーレンフリートが彼女の性別など気にせずに、ただ強い相手として向き合うからだ。レイナルドとの訓練を見ていて分かったが、彼女は相手が強ければ強いほど実力が出せる。皆が、シルヴィアが女性だからと全力が出しにくいように、シルヴィアもまた、レイナルドレベルの相手でなければ本来の力が出せない。だからレイナルドは言ったのだ。シルヴィア相手にここまで出来るのはクリストフと自分だけだと。

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり、レイノルドとシルヴィア、クリストフは脳筋ということか。女性に怪我負わせてよく平気だよね。信じられない。
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