『安心できる場所』
シルヴィアを部屋へと連れて行くと、傷の手当てと着替えと、体を拭くよう誰かに頼んでくれと言い、レイナルドは「シャワーを借りる」と一度出ていった。それらをビアンカが済ませるまで廊下に出たエーレンフリートとギルベルトは、すぐに中からビアンカの悲鳴を聞く事になる。
「どうした、ビアンカ?」
「あ、あの…………」
「シルヴィア殿の具合が良くないのか?ハッキリ言ってくれ」
「違い……ます。その、想像以上にお怪我をされているので驚いてしまって……」
なるほどなと、エーレンフリートもギルベルトも思った。戦場で顔を合わせた自分達ですら、シルヴィアがこれほどの傷を負っている所を見たことがないのだ。男ならともかく、女であるシルヴィアが訓練で傷だらけになるのは想像していなかったのだろう。
「もう入っていただいて結構です」
ビアンカの声がして二人が中に入って見ると、すでにシルヴィアは気が付いていて立ち上がっていた。
「シルヴィア殿、怪我は大丈夫か?」
「見苦しい所をお見せしてしまいました。この程度の怪我は訓練の中で日常的にしているので、大した事はありません。それに久し振りという事もあって、レイナルドは手加減をしてくれていましたし」
「手加減……?あの内容で?」
「はい。我が王もレイナルドも非常にやり難いでしょうに、いつもこのように思いきり稽古をつけてくださいます。有難いことです」
「有難い……ですか?」
「ああ。これは仕方ない事なのだが、私が女なので、訓練では皆全力を出しきれないんだ。打ち込む時に一瞬の躊躇がある。恐らくノイエンドルフ騎士団の皆さんも。しかし女だからと手加減される訓練しか積んでいないようでは、私は戦場で生き残れない。だから我が王とレイナルドは私の為に、いつも指導しつつ遠慮なく打ち込んでくださる。全ては騎士として生きていくと決めた私の意思を尊重してくださってのこと。感謝の思いしかない」
確かに自分には出来そうもないと、ギルベルトは思った。そもそもせっかく助けた少女を、いくら本人が望んでも騎士になどしない。ましてや少女にとっては仇である騎士団に入れるなど。
ともかく疲れているはずのシルヴィアに、座るようギルベルトが促そうとしたところで、レイナルドが戻ってきた。
「なんだ?シーンとして」
「ちょうど今、会話が途切れただけだ」
「ふ〜ん。まあ、いいか。おい、シルヴィア」
「なんだ?」
シルヴィアが返事をするかしないかの所で、レイナルドがシルヴィアの手を引き、エーレンフリートの前に立った。
「陛下。シルヴィアを休ませたいと思いますので、失礼ながら私とシルヴィアの二人だけにしていただけますか?」
「レイナルド。私は大丈夫だ。それに今日はここの騎士団の皆さんと会食の予定がある」
「それは何時からだ?」
「夕食時に」
「なら、なおさらだ。今から休んで体調を万全にしておけ。そういうわけで、準備をする時間になったら起こしに来ていただけるとありがたい」
「起こしに?レイナルド様もシルヴィア様と一緒にお休みになるという事ですか?」
クリストフやレイナルドがシルヴィアと添い寝していたと知らないビアンカが、当然のように驚いて聞いた。それに対してレイナルドは何食わぬ顔をして答える。
「ああ。そういう事だ。では陛下、失礼します。寝るぞ、シルヴィア」
「あっ……おい、レイナルド!」
レイナルドはそのままシルヴィアの手を引いてベッドへ連れて行き、彼女を先に寝かせると、自分もその隣に横になった。
ギルベルトはレイナルドから聞いて事情を知っていたし、エーレンフリートはシルヴィアがろくに寝ていないと気付いていたので、レイナルドの行動の意味を察した。
「そうしてもらえると助かる。俺たちにはどうしようもないから困っていた。ゆっくり休んでくれ」
そう言って、顔中真っ赤にしているビアンカを引っ張って部屋を出た。
「『レイモン様』、どういうおつもりですか?」
三人が出て行った後、シルヴィアが横になったまま小声でレイナルドに抗議した。
シルヴィアは、それがクリストフであっても、他に人がいる時にはレイモンを『レイナルド』と呼び、口調も他の団員達と話す時と同様にしているが、本当に二人きりになった時には、今でも本名の『レイモン様』と呼び、このような話し方をする。もちろん、それに慣れきっているレイナルドは違和感などおぼえない。
「これくらい強引にしないと、お前は休もうとしないだろ」
「ですがエーレンフリート陛下に失礼ではありませんか」
「エーレンフリート王は俺の意図を察していただろ。だからああ言ったんだろうし。純粋な王家の血筋で何不自由なく育ってきただろうに、大らかと言うか大物と言うか……若いのに大したもんだな」
「……少しレイモン様に似た所がおありです」
「俺もそう思う。だから高く評価している」
二人で顔を見合わせて笑う。まだノイエンドルフの誰も見た事がない種類の笑顔だ。
そうしてレイナルドは片方の手で腕枕をし、もう片方の手でシルヴィアを抱き寄せた。
「俺がそばにいる。安心して眠れ」
「はい。ありがとう……ございま……」
言い切らないうちにシルヴィアは眠ってしまった。その安らかな寝顔を見ながら、レイナルドはシルヴィアの髪を撫で額にキスをした。
会食は予定通り行われた。
エーレンフリートはレイナルドも一緒にどうかと誘ったのだが、彼は
「私がいたのでは、シルヴィアとの交流もしにくいでしょう。私の事はどうぞお気になさらず」
と、さっさと城下へ出かけてしまった。
これより前、会食の準備のため、言われた通り起こしに行ったビアンカは、本当にずっと二人一緒にベッドに入って寝ていた事に驚き、慌てて出ていってしまい、ギルベルトに相談しに行って、二人で再度シルヴィアの部屋を訪れた。
シルヴィアはレイナルドがいるお陰で安心しきっているらしく、熟睡していて起きる様子はない。いつもなら少しの物音にも反応して起きるのに。この事に対し、ギルベルトは複雑な思いを抱いたが、ビアンカが嬉しそうに微笑んで呟いた。
「良かった……シルヴィア様がゆっくりお休みになれて」
その言葉を聞いてギルベルトは心の中で反省した。そうだ。まずはシルヴィアが休めたという事が何より重要なのだった。この安心しきった穏やかな寝顔を見ても、いかに彼女がレイナルドを信頼しているかが分かる。ここまでは無理だとしても、せめて彼女が少しでも安心して眠れるようにしなければ。
「ん……なんだ、もう時間か」
話し声が聞こえたらしいレイナルドが先に起きた。
彼はタンクトップ様の服を着ているため肌の露出も多く、ビアンカは思わず目を逸らしたが、一瞬目に入った傷痕の多さにギョッとした。
戦場に駆り出される事も多いアルヴァナ騎士団出身だ。傷痕の一つや二つあっても不思議はないのだが、あのクリストフと同レベルの強さを誇るレイナルドでも、これほどの怪我を負った事があるのかと、正直に言ってギルベルトも驚いた。
「なんだ?何を驚いている?」
「いや。貴公ほどの人物が、そのような傷を負う事があったのかと」
「そりゃそうだろう。今はともかく、未熟だった頃は命にかかわる怪我なんざ当たり前にしていたぜ。でなきゃ今も両目が使えてるだろ」
くいっとアイパッチを引っ張りながら言う。そのアイパッチの下の傷も大きい。
「アルヴァナは前の王があれだったからな。俺やクリストフ、現副団長のグレンなんかは特に嫌われていて、いつも最前線送りでその分怪我も多かったってわけだ……と、まあそんな話はどうでもいい。会食の準備があるんじゃないのか」
「だが、せっかくシルヴィア殿がよくお休みなのだ。今日の会食は見送っても」
「いや。楽しみにしてたんだろ。俺はシルヴィアのガッカリした顔は見たくないぞ」
「それは……確かに。しかしこれほどの話し声がしていても起きられないのだ。起こすのはなかなか大変そうだな」
「大丈夫だ。一発で起こしてやる」
ニヤッと笑いながら言う。ギルベルトとビアンカが顔を見合わせた後、一体どうするのかと見守っている先で、レイナルドはシルヴィアの耳元に口を寄せた。
「シルヴィ。朝だよ。食事にしようか」
「はい、陛下!申し訳……」
文字通り飛び起きたシルヴィアは、レイナルドが隣でニヤニヤと笑っているのを見て状況を把握し、真っ赤になって枕をレイナルドにぶつけた。
「レイナルド!陛下の真似はやめろと、いつも言っているだろう!あまつさえギルバート卿とビアンカの前で……!」
「お前を起こすには、これが一番手っ取り早いだろ。そう怒んなって」
「!……そうか、会食……申し訳ありません!すぐに準備をします!」
少々寝ぼけているのか、いつもキリッとしているイメージのシルヴィアからは想像も出来ない慌てようである。その様子を見て、微笑ましさからギルベルトはつい軽く笑ってしまった。
「まだ時間には余裕があるゆえ、そのように慌てずとも大丈夫だ。では、私は失礼する。また後ほど」
まだ少々笑いを含んだ声で言うものだから、シルヴィアは益々赤くなる。そそっかしいシルヴィアも、こんな風に笑うギルベルトも、ビアンカにとっては意外な姿で、そんな二人を見られた事が嬉しかった。




