『再訪』
レイナルドはギルベルトを名指しで、完全人払いをした上で話があるという。ならばギルベルトの部屋でという事になり、あらかじめメイドが飲み物を運んでくるのも断っておいた。そこまでの徹底ぶりに、その『話』とやらが何やら不穏な内容である事をうかがわせた。
「シルヴィア殿には、もう会ってこられたか」
「いや。それは後でいい。それより悪いな。急に来た上に一も二もなく話があるなどと、まあ普通に考えれば失礼極まりないのだろうが、急ぎなもんでね」
「もしやシルヴィア殿に関する事で?」
「無関係とは言わないが、どちらかといえばこの国だ」
「この国?」
レイナルドによると、十五年前のアルヴァナの事件、マドラルの元国王暗殺事件等で暗躍したと思われる男が、恐らくは現在この国にいるらしい。マドラルでクリストフ達がロワイエと話した後、再度詳しく男の特徴等訊いたところ、やはりアルヴァナの件の男と多くは一致したと。そこで近隣諸国を調査すると、マドラル以降で変わった出来事は起きていないという。起きたのは……
「……我が国の、先の内乱か」
「そう。で、悪いがここも城下の人達に話を聞かせてもらった。幸か不幸か、この国は他国の人間の出入りが少ないからな。『あの男』らしき奴を見かけたという証言が数人から得られた。割と最近も見たらしいぜ。あの男も普段から黒ずくめでいるわけではないだろうから、他の国では気付かれにくいだろうが、この国では異国の人間そのものが珍しいから目立ったんだろうな」
「最近も……?」
「ああ。それで現在もここにいると判断した。が、クリストフに言わせると、ノイエンドルフでは異国の人間は目立つと分かっていながら、ことさら目撃させるようにウロウロしているのはおかしい。また近々何かやらかす気じゃねえかと疑っているって事だ」
「確かに。もしやここは囮で……つまり、その男は単独で動いているのではないという事か」
「クリストフもそうにらんでいる。とはいえ、そこまで推察されるのも容易に想像できるはずだからな。ここを囮と見せかけて、やはりノイエンドルフで再び何か起こそうとしている可能性もある。何しろここは内乱の傷が癒えていない。人心も不安定で、ヤツが事を起こすのも非常に容易ってこった」
「しかし人心など急激に変えようもない。それを防ぐには……」
「一刻でも早くヤツを見つけて殺すしかないな」
「……なるほど」
レイナルドが人払いをした理由が分かった。誰かに聞かれて噂が広まろうものなら、内乱から立ち直っていないこの国では誰もが疑心暗鬼になるだろう。城内は特に深刻だ。シルヴィアが妙な疑いをかけられる事すらあり得る。自分がレイナルドの立場だったとしても、やはり話す相手は慎重に選んだ一人にしたはずだ。
「レイナルド殿。そのような事情なら、シルヴィア殿を連れて帰られてはいかがか。あの方を巻き込むのは本意ではないのだ」
言いながらギルベルトは、シルヴィアがここからいなくなるのかと考え、暗澹たる気持ちになっている事に気付く。しかしレイナルドは首を横に振った。
「いや。事情を話しても話さなくても、あいつは帰らねえよ。話した場合はここの人達を放ってはいけないと言うだろうし、話さなかったら突然帰らせようとする以上何かあるのだろうと疑われて、結局は事情を話せって事になる」
「クリストフ王の命令だと言ってはどうか」
「信じねえよ。クリストフが、シルヴィアがそう望まないと知っていて、そんな命令を出すはずがない、とな」
「しかし、ここにいては危険だろう」
「かもしれないな。あんたがどうしても連れ帰ってほしいと言うのなら、俺が無理矢理にでもそうするが。ノイエンドルフにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないからな。そう言えばあいつも納得するだろう」
「シルヴィア殿がノイエンドルフにとって迷惑と?」
「あの頑固者を動かすなら、それが事実だろうと事実でなかろうと、そう言うのが一番だ」
彼女の性格上、確かにそう言えば納得するとは思う。が、同時に悲しむのではないか?
シルヴィアの事だ。恐らく迷惑だから帰れなどと急に言ったら、何か理由があるのだと察しはするだろう。察しながら、クリストフ王から託された親善大使としての役割を果たせなかったと、己を責めるような気がする。
(違う。迷っているのは私が怖いからだ。彼女をここに置いて我が国の混乱に巻き込むのも、彼女を悲しませるのも。そして何より、今なら強引に彼女と離れてしまえば、これ以上惹かれなくて済むと考えているから……なのに離れがたいとも思っている。なんという矛盾と偽善か)
そうギルベルトが心の中で逡巡していると、レイナルドが「まあ……」と言葉を続けた。
「本音を言えばクリストフも俺も、シルヴィアを連れ帰りたくて仕方がないんだ。が、クリストフも同意した事だからな。今更引っ張って帰るのは、貴国に対してもシルヴィアに対しても何やってんだって話になる。あいつの望みは『死』以外なら全て叶えてやりたい……それがクリストフと俺の誓いだ。だから俺の口から連れ帰るとは言わない。そこでノイエンドルフ側の本音を聞きたい。あいつがいては困るか?」
「……最初は何故マドラル戦後間もない今なのかと思わないでもなかった。反発があるのは想像に難くなかったのでな。しかし、あの晩餐会での騒動や翌日の訓練を見て、彼女の影響力の大きさを知った。内乱で生き残り増長している者、国の方針に内心では不満の残っている者、様々な問題点があった我が騎士団員に変化を与えていただいている。今はありがたいと思っている」
「そうか。なら期間いっぱいはここに置いていただこう。それはあいつの望みでもあるだろうからな」
「ありがたい」の言葉に、レイナルドは軽く嬉しそうに笑んだ。クリストフ王ほどに顕著ではないが、シルヴィアに対する深い愛情がうかがえる。
知りたい。クリストフやレイナルドがランズウィックの惨劇後、シルヴィアをアルヴァナへ連れて行った理由、彼女とどう接したのか、何故彼女は騎士を志したのか。そう思い、口を開きかけた時、先にレイナルドが言葉を発した。
「さしあたり、こちらの持っているヤツの情報は提供させていただく。それと、これはあんたとエーレンフリート王のみで止めておいてもらいたい話だが、すでに我が国の密偵が忍び込んでいる。ヤツの所在が知れ次第あんたにも伝えるよう言ってあるから、知り置いてくれ」
「分かった。情報提供感謝する」
そうして何も聞けないまま、ひとまずこの場での話は終わった。今回レイナルドは三日滞在するとの事で、また聞く機会はあるだろうと。
その後、シルヴィアの部屋に案内されたレイナルドは、二人で積もる話もあるだろうと出て行こうとするギルベルトを引き留め、いつも通りに過ごすよう言った。シルヴィアもレイナルドの顔を見て「陛下のご様子はお変わりないか?」と聞いただけで、それ以上は何も言わずにいる。その言葉の少なさに、かえって信頼関係の深さを感じた。
とはいえレイナルドはシルヴィアの顔を見て何か感じたらしく、ギルベルトに
「明日の午前中、少し訓練場を借りていいか?」
と聞いてきた。シルヴィアと久々に打ち合いたいと。
ギルベルトは許可を出すと同時にノイエンドルフ騎士団員の見学について打診をしたところ、レイナルドは快く受け入れてくれた。あのクリストフと互角の力を持つレイナルドとシルヴィアの打ち合いだ。一体どれ程のものになるのか……ギルベルト自身に興味があったのだ。団員の刺激にもなるだろう。あまりのレベルの違いに、刺激を通り越して萎縮してしまう可能性もあるが。




