第十五話 『装備操作』解説
「それで? また突然呼び出してオレもあまり暇ではないのだがな」
「そうなのか?」
「ああ。今度聖都のほうに行く用事があるからな」
「そりゃすげぇなっ。って本当に迷惑だったか?」
いつもの店で、レイスを呼んでの夕食。
今日に関してはフィフィについて話すというわけではない。
自分のスキルが発現したことを彼に伝えたかったのだ。
自慢、に近いだろう。
その効果も、彼と会うまでに色々と試している。
彼に聞かれても答えられるほどに、クラードは自分のスキルを把握していた。
レイスは頬をかきながら、首を振った。
「いや、まあ、少しくらいなら付き合っても問題ないさ。それで、クラード、何かフィフィのことでもわかったのか?」
「いや違うんだ」
「それじゃあなんだ?」
「……ふっふっふっ。それはな」
もったいぶって黙っていると、レイスの眉間が寄せられる。
あまり焦らしていても仕方ない。
何より、これ以上黙っていられなかった。
「俺な、スキルが発現したんだよ」
レイス以外には聞こえない程度に伝える。
レイスが口につけた水を置いて、それから顎に手をやる。
「……熱でもあるのか? 最近、フィフィの面倒を見て疲れているんじゃ――」
「ちげぇよっ! ほら、これだ!」
証拠を彼に見せつける。
ステータス画面を開き、そこに表示されたスキルの場所を彼に示すと、レイスは目を見開いた。
「……まさか今更発現するなんてな」
「まあな。まあ、今更って感じではあるけどさ。これから強くなって、冒険者で有名になれるだろ?」
「まあ、できないことはないが……それにしても、スキルの発現か」
ちらとレイスはフィフィを見る。
レイスの視線に、クラードは首をひねる。
「どうかしたのか?」
「……いや、スキルの発現のタイミングからして、フィフィが何か関係しているのかもと思ってな」
「フィフィ、か。そういえば、フィフィに関しても話したいことがあるんだけど……とりあえずは俺のスキルについて話してもいいか?」
フィフィが関係していることで心当たりがあるのは、戦闘への意識が変わったことだ。
今までは守られながら、必死に強くなろうとしていた。
今は逆に、フィフィを守りながら、強くなることを意識している。
大きな変化はそのくらいだ。なんにせよ、フィフィには感謝しかなかった。
「話したいんだろう? オレも同時に話されるよりはそっちのほうがいい」
レイスが「どうぞ」と片手を向けてくる。
クラードは装備操作に関して、調べたことを伝えていく。
「まず、俺の装備操作スキルの最大の特徴は、装備制限の操作だな」
「……装備制限の操作だと?」
レイスが首をひねる。
「俺たちってステータスに反映される装備が三つまでだろ? それの限界を突破させられるんだ。たぶん、何かをいじくって、誤魔化しているんだと思う」
装備できるのは三つまでだが、いくつも武器を持ち歩くことは可能だ。
例えば、装備していない武器も、普通の武器として扱うことはできる。装備していない分に関しては、恩恵が得られない。
竜神の加護であるステータスを持つ人々は、それぞれ三つまで、装備品の恩恵を受けられるというのが常識だが、クラードはそれを操作できる。
「……それって、つまり、装備しまくればそれだけステータスがあがるってわけだろ?」
「まあな。けど、装備はアイテムボックスに入っていたらダメみたいなんだよ」
「それでも、アクセサリをじゃらじゃらつけたりすればできるってことだろ?」
「まあな」
「……滅茶苦茶だな」
レイスの一言が、このスキルのすべてをあらわしている。
そして、このスキルはこれが一つだけではない。
「そんでさ、まだあるんだよこのスキル」
「……なんだと? その一つだけでも、たぶんだがS級スキルの扱いだぞ?」
S級で有名なのは、勇者スキルだ。
レイスの驚きにクラードは笑みを濃くする。
「そうなんだよな。あとはステータスさえあれば、もっと強かったと思うんだけど……まあそれはいいや」
ステータスがなくても、装備品で強化すればどうにでもなるかもしれない。
ランクの差はあれど、今後良い装備品を大量に獲得できれば、それだけで十分渡り合えるようになるだろう。
たとえ、相手がラニラーアでも――。
そこが一つの目標でもある。
ステータスを授かる前のように、彼女の横に、前に行きたい。
お互いに、毎日訓練を行い、勝ち負けをわけあったあの日々。
「クラード?」
「あ、ああ。あれだ。次の能力なんだけど、他人の装備操作もできるんだよ」
「……それはつまり、オレの制限も突破可能なのか?」
「……それは試してなかったんだよなぁ。ちょっとやってみていいか?」
「……ああ」
レイスは珍しく緊張した様子だ。
もしもできれば、人間は神の与えたステータスを超えることになるからだ。
クラードは片手を彼に向ける。
発動条件は、相手を見ることだ。
それだけで可能ではあるが、手をかざしたほうがそれっぽい。
そんな子供っぽい理由で、クラードは片手を向ける。
装備制限突破――。
小さく心中で祈るように言う。
彼の装備三つの限界を超えるように放つ。
レイスはしばらくステータス画面を開いていたようだが、その眉間に皺が刻まれる。
「……ダメだな。オレには影響ない」
「そっか。そんじゃ、解説ついでに」
装備解除――。
同じように、イメージを行う。
彼の身に着けている両脇にさした二つの刀。
その二つの解除を行う。レイスの目が驚いたように見開く。
「……他人の、装備を奪うこともできるのか」
「まあな。解除するだけだから、そんなに強くはないけど……」
「……いや十分強いだろう。どれだけ優秀なステータスを持った冒険者でも、いきなり装備品がはずれたら体に変化がでるからな」
「まあそうだな」
「……よかったな。良いスキルじゃないか。……ランク差もひっくり返すほどのな」
レイスが柔らかく微笑んだ。
普段は憎まれ口をたたく彼にしては、珍しい言葉だ。
「なんだ、心配していてくれたのか?」
「……それはそうだ。でなければ、おまえにわざわざあれこれアドバイスはしていなかった」
「結果的に、従わなくてよかったけどな」
「……はあ。そうだな。……スキル発現は、もしかしたらフィフィと一緒にいたのがよかったのかもしれないな」
「かもな」
「わたしが?」
不思議そうにフィフィが首をかしげる。
レイスが、フィフィに柔らかい笑みを浮かべる。
「スキル獲得は、その人間の状態も関わる。フィフィの面倒をみるうちに、クラードの心にいい影響があったのかもしれないな」
「……そうだったら、いいな。クラードが強くなれるなら、わたしも手伝いたい」
今までは追いつかなければ、せめて人並みにならなければ……といった感情ばかりが先行していた。
フィフィを守らなければ。
最近はこういったことばかりを考えていた。
それが、スキル発現に何か影響を与えていた可能性もある。
ランクGのままでは、絶対にしない思考だ。
だとすれば、竜神は意地悪だ。
「それじゃあ次のスキル解説な」
「ま、まだあるのか? ……万能なスキルだな」
「だよな。次の能力なんだけど、この武器が関係するんだよ」
クラードはロングソードをテーブルに置く。
「とりあえず、この剣のステータスを見せるな」
「……ああ」
クラードはロングソードのステータス画面を表示する。
ロングソード
筋力10 防御5 速度5 魔法力0
人が持つステータスと同じで、武器にもこのようにステータスがある。
このステータスの分だけ、装備者のステータスに加算される。
それが、竜神の作り出したこの世界の能力の基本だ。
「俺はこのステータスを弄ることができるんだ。ロングソードだと、合計20あるだろ? だから、例えば、この20すべてを、魔法力に変えることもできる」
「……それは、オレのもできるのか?」
「ああ、できるぜ」
クラードはレイスのもつ刀の一つを見る。
彼の刀――雷刀へと視線を向ける。
確か、彼はこの刀を、偶然迷宮内の宝箱から入手したらしい。
合計ステータスの値は120とかなり高めだ。
それのすべてを、魔法力にわける。
さらに、雷刀には、スキル『雷撃B』がついている。
Bは、ランクBの雷撃が使用できるということだ。
そのスキルを、ロングソードにうつす。
「……お、おいおいっ」
さすがにこれにはレイスも慌てたようだった。
久しぶりにレイスを驚かせることができた。
わずかな優越感に、腕を組む。
「ふふん、どうだ。凄いだろっ」
「凄いどころの話じゃないぞっ。……おまえ、これっていっておくが、S級スキルなんてもんじゃねぇよ」
「それは知らないけどさ。とにかく、このスキル、結構使えるってわかったからな。今日はその話がしたくて呼んだってわけだ」
レイスににやりと笑ってみせると、彼は呆れた様子で嘆息をつく。
それから、こくりと頷いた。
「……なるほどな。このスキルはかなり使い勝手がいいな。それに、ランクの差を覆すだけの力もある」
レイスのいう通りだ。
レイスの持つ刀のように、高ステータスの装備品で身を固めることができれば、ランク一つ分くらいは余裕で覆すことができる。
「……以上で、終わりか?」
「あとはまあ……魔物が装備している武器をはがしたら、そのまま奪えるってのと、武器の限界突破が可能って感じだな」
「奪えるってのは、まあ理解できないが、理解した。限界突破というのはなんだ?」
「一時的に、ステータス以上の能力を装備に与えられるんだ。ちょーっと実験したんだけどな。投げナイフを購入して使用してみたんだよ。投げナイフの能力を限界突破してな」
「……例えばだが、筋力10のものを、一時的に20にしたりって感じか?」
「その認識で正解だな。ただ、使った後は装備が壊れるみたいなんだ。だから、いらない装備のときに使うくらいだな」
レイスは顎に手をやり、それから声を出す。
「だが、例えば魔物の武器を奪って、それを限界突破して使えば問題ないってことだろ?」
「そうだな……。で、この剣を盗んでみたんだ」
立ち上がり、機獣の大剣を取り出す。
レイスがその剣を見て、首をひねる。
「……機械の、剣か? 普通の剣じゃないな」
「やっぱり機械であってるんだな。フィフィと一緒に入った迷宮……あー、竜神ラピスの紋章がついた迷宮で手に入ったんだ。で、これがもう一つ伝えたい情報な」
さらっといったが、レイスが今日一番の驚きを示した。
「待て待てっ! いきなりなんだっ。なんでおまえはそれを全部、当たり前のように受けいれているんだ! さっきから、おまえは異常なことばっかりなんだぞっ!?」
「深く考えたって仕方ないだろ? わかんないことはわかんないんだしな」
行きついた答えはそれだ。
わからないことを考えてもどうしようもないため、レイスに任せようと思ったのだ。
機獣の大剣をしまってからレイスの顔をちらと見る。
レイスは、眉間を押さえるようにして考え込んでいる。
レイスに話すには、もっとゆっくりにしたほうが良かったかもしれない。
「……とりあえず、一度整理させてくれ」
レイスが目を閉じて、考える。
料理が運ばれてきて、フィフィが視線を向ける。
「食べていい?」
「ああ、食べていいよ」
クラードが片手を向けると、フィフィは無邪気に食べ始める。
クラードもフィフィも深いことは考えない性格なのだ。