第十六話 もっと頑張る
レイスがゆっくりと目を開ける。
彼は心底驚いたという顔をしている。
ここまでレイスの表情がころころ変わったのを久しぶりに見た。
「クラード……おまえのスキルに関しては、もうわかった。納得した、そういうもんだと思うことにした」
「そっか」
その納得の仕方が、一番マシだろう。
クラードも、自分のスキルの能力の使いやすさに驚きはあったが、「そういうもん」と思えば深く悩む必要はない。
あとは、自分にとってもっとも使いやすい方法を考えるだけだ。
「クラード……だけど、フィフィとラピス迷宮に関しては別だ」
彼は声を潜める。
周りに聞こえてはまずい、とばかりの様子にクラードもこくりと頷く。
ラピス迷宮が開く条件ははっきりとはしていないが、フィフィが関係しているのは確かだ。
「ラピス迷宮が開いたのは、恐らくフィフィが関係しているだろう。何か心当たりはあるのか?」
「フィフィのお腹には……ラピスの紋章と同じものがあるんだ」
「……ラピスの紋章、か。フィフィ、おまえは何か自分でわかることはあるか?」
レイスの鋭い目にさらされ、フィフィがびくりと肩をあげる。
それでも、彼女はすぐに首を振った。
「わからない。……わたしのお腹の模様が、いつできたのかも……どうして開くのかも、何もわからない」
「……そうか」
レイスの追及はそこで終わる。
クラードの左手がぎゅっと掴まれる。
フィフィだ。
彼女の手を握る。別に、悪いようにはしないからと、その手にこめるように。
「レイス、その迷宮なんだけど……なんかほかの迷宮と造りが違ったんだ」
「……どこがだ?」
「中に、機械の魔物がいたんだ……機獣っていうやつみたいなんだけど」
「……機獣だと? それは、ずっと昔にこの世界を崩壊へと向かわせた魔物と同じだぞ?」
「あ、あれー? そうだったっけか? 昔にいたってのは知っているけど……」
クラードが頬をかきながら口元をひくつかせる。
呆れたレイスの視線が痛いのだ。
「おまえは……歴史の点数はいくつだったんだ?」
「う、うるさいな。ラニラーアよりかはよかったよ」
「……どっちも赤点だっただろう。軽く、歴史について教えるとしようか」
フィフィも「わからないだろうしな」、とレイスが視線が向ける。
しかし、相変わらずの鋭い視線に、フィフィは怯えている。
「もうちょっとおまえははっきり気持ちを伝えてくれればいいんだけどなぁ」
クラードが呟くと、レイスの眉間の皺が増えた。
「オレはこういう人間なんだ。それじゃあ、簡単に話をするぞ」
レイスがそういってから一度間を置く。
「今この四つの精霊の都と、一つの聖都ができる前のことを少し話そう」
「うっし、そんじゃ俺はごはんを――」
「理解していないおまえのためにも話すんだ、ちゃんと聞いておけ」
「……わかったよぉ」
「……はぁ。この四つの国ができる前までは、一つの大きな国しかなかった。そこでは、機械兵の力を使った戦闘が主だったのは……さすがにわかるよな?」
「あ、ああ……わかる」
「その機械兵たちが、ある力によって使えなくなった。それから、世界が大きく変わった。人間たちは、機獣に追い込められて、死にかけた」
授業で聞いたことはある。
自分で説明をしろと言われれば難しいが。
「それで、なんだかんだあって、世界は今の四つの都になったんだろ?」
「そう、だな。竜神様と四の精霊……それらが人間にステータスという力を与えた。それから、機獣のすべてが封印され、世界は平和になっていった」
「うんうん、聞いたことはあるなぁ。ありがとなレイス先生!」
「……それで終わりじゃないぞ。やがて、世界には迷宮が出現し始める。もともとは、人間が過ごしやすくするためのものというものだったが、真実は定かではないな」
「そりゃあ、まあなんでもいいけどな」
「よくはないだろう。ここで、今おまえたちがいった迷宮があがってくる」
レイスの言葉に首をひねる。
確かに、あの迷宮は人間のためのもの、ではないだろう。
現に、封印されていたのだ。それが、フィフィの登場で開かれた。
「迷宮は、人間がより豊かな生活を送るために作られた。……だが、そのフィフィとともに入った迷宮はどうだったんだ?」
「……まるで、少し昔の世界を表すみたいな感じ、だったな。崩壊した街があって、それで、機獣も襲ってきた」
「……迷宮の本来の意味とは大きく違うな。それに、昔のこの世界、か」
レイスが顎に手をやる。
自分が思っていたよりもずっと問題だったのかもしれない。
だからといって、クラードがやることは変わらない。
「けど、あの迷宮だってほかの迷宮とそう変わらないとも思うんだよ。確かに構造はちょっと特別だけどさ、きっと宝とかもあるし……」
「ああ、そうかもしれないな。ただ、封印されていたのが気になる。……それに単純に、昔の街が見られるのなら、ちょっと行ってみたいな」
僅かに興奮した様子のレイスに、クラードは首をかしげた。
「そんなに興味があるのか?」
「当たり前だっ。オレは一人の研究者としてだな、神、精霊の存在は大きな謎なんだ。いつ、どこから現れたのか、それについてまったく触れられていないのが、現状の歴史だ。何しろ、崩壊寸前だったときに出現したんだからな、ろくな記録も残っていない」
「そりゃあ、あれじゃねぇか? お空からぱらぱらーって下りてきたんじゃねぇのか?」
「そんなわけあるか。馬鹿か!」
レイスに馬鹿にされて、頬を膨らませる。
「まったく、そうはっきりいうなっての。迷宮に入ってみたらわかるんじゃないか?」
「ラピス迷宮に、か?」
「今度暇なときにでも一緒に行こうぜ。俺も強くなったしな」
「そう、だな……」
レイスがちらとフィフィを見る。
「同行させてもらいたいが……」
フィフィも小さくうなずいた。
「うん……。クラード一人じゃ、大変だと思うし」
「まあな。レイスが手伝ってくれるなら、攻略もスムーズにいくしさ」
今までは実力差があったため、彼を誘いにくいところもあった。
クラードが両手を合わせると、レイスもはにかんだ。
「おまえとまた一緒に迷宮に入るのも悪くないな。都合がついたら、連絡をしよう」
「本当か? やったっ、これで楽に攻略できるぜっ」
正直言って、今日のようなぎりぎりの戦闘を繰り返したくはなかった。
だからといって、今の自分たちに協力してくれる信用できる人間もいなかった。
その条件を満たしてくれる人間の登場に、笑みをこぼす。
気づけば食事が終わっていた。
レイスが席を立ち、彼が食べた分の食事代をテーブルに置いた。
「クラード。このことはあまり周りに話すなよ」
「お、おう……」
「オレも個人的に色々と調べてみる。それまで、フィフィをしっかり守ってやれよ」
「わかってるっての」
レイスの真剣なまなざしに、クラードは頷きを返した。
今のフィフィはもう友達で、仲間だ。
そんな彼女を見捨てるつもりはない。
レイスがわずかに口角を吊り上げる。
「まったく、おまえはそういう決意は早いよな」
「オレには真似できない」とレイスが苦笑する。
真似、という言葉にクラードは首をひねる。
「けど、レイスはいつだって俺よりも凄い提案をしてくれるじゃねぇか」
自分には、レイスのように冷静に物事を見られない。
クラードからすれば、彼のほうが凄いとも思っていた。
「……凄い提案か。まあ、なんでもいい。とりあえず、クラード。都合がつきそうになったら連絡する」
「了解だ。そんじゃあ、またな」
レイスが片手をあげて去っていく。
自分たちの料理もそれからすぐに終わる。
「帰るか、フィフィ」
「うん」
店を出て、アパートへと歩いていく。
外に出ると、涼しい風が肌をなでる。
あの店は男たちが集まっていることもあり温度が異常に高い。
前なら酒でも飲んで程よく涼しい風で体を冷やしていたが、今はそんなこともない。
クラードとフィフィが並んで歩いていると、フィフィがぎゅっと左手を掴んでくる。
「どうしたフィフィ?」
「クラード、わたしもっと強くなる。クラードがもっと楽になれるくらいに」
真剣な顔の彼女に、クラードは首をひねった。
先ほど、レイスを誘って喜んでいたのが、彼女にとっては少し引っ掛かっているのかもしれない。
「もしかして、レイスがいないほうがよかったか?」
「ち、違うそうじゃない」
「本当か?」
「本当……」
そうはいったが、視線はそらされてしまう。
フィフィにしてみれば、自分が足を引っ張っているという感覚なのかもしれない。
ぽんぽんと右手でフィフィの頭を叩いた。
「本来、迷宮ってのは四人から六人で攻略するのが普通なんだよ」
それ以上の人数になると、迷宮内での連携がとりにくくなってくる。
だいたい、どのパーティーもこの数での攻略が基本だ。
そして、これを超えると迷宮が集団と認識し、魔物がわんさか来てしまう。
「……二人だと厳しい?」
「そりゃあよっぽど強ければ問題ねぇよ。例えば、俺とフィフィがどっちも魔法も剣も強いって話ならな」
自分もフィフィも、魔法と剣、片方ずつしか使えない。
それだって、最強ではない。
フィフィの魔法はかなりの腕前だが、それを使うには誰かに守ってもらわなければならない。
今はまだ、敵の数が少ないから問題ないが、今後、集団と戦うときに二人では絶対に難しい。
レイスがこれからずっとパーティーに入ってくれるわけではないが、余裕があるなら人数は増やしたほうが断然いい。
「けど、わたしももっと頑張る」
そこまで聞いて、そう考えてくれるのならクラードも頷くだけだ。
「今日はゆっくり休んで、また明日だな」
「うん」
明日からは、装備操作を使っての自身の強化を行う。
それも、今日のようなものではなく、本格的にだ。




