颯爽と立ち去りまして
獅子型業魔が消滅すると、今度こそ全滅したのか異界化が解除され、ぐにゃりと景色が歪んで元の世界へと戻る。
異界化している空間の空気は、なんというか魔素――業魔の放つ粘着質な瘴気の影響か、息苦しくて実に嫌なんだよね。
普通の人間としてあの空間に居れば、あっという間にめまいや頭痛に襲われて体調不良になってしまう。
改訂者の姿になっている間は平気なのだが、それでも肌にまとわりつくような不快感は残ってしまうのだ。
「あ、あの……貴女は一体……?」
娑婆の美味しい空気を存分に堪能していると、みろくちゃんがおずおずとした様子で話しかけてくる。
ダメだよぉ、みろくちゃん。知らない人に不用意に話しかける時は、もっと警戒を怠らないようにしないと。
相手がどういう思想や危険性を持っているか分からないんだからね。
声をかけるにしても、武器の構えは解かずに一定の距離を保ちながら……というのが鉄則だ。
まぁ、まだ戦い慣れていない新人魔法少女であるみろくちゃんにそれを求めるのは、少し酷というものかもしれないけれど。
『さすがは不審者筆頭。説得力が違うな』
へへ、よせやい。褒めても何も出ねぇよ。
『別に褒めては……いや、もういいわ。貴様と話すと疲れる』
何故か脳内で心底げんなりしているマキナに内心で首を傾げつつ、俺は目の前のみろくちゃんたちにどう答えるべきか迷う。
普通に「君たちの味方だよ」と優しく伝えてもいいのだが、なんというかそれはリライターとしてのキャラじゃない。
最初は己の痛々しいセリフ回しに悶絶したものだが、いざ演じてみるとこの手の怪しい第三者ムーブは最高に楽しいのは事実。
せっかくなのだから、徹底的にリライターっぽく振舞いたい。
ほら、コスプレをすると、自然とそのキャラになりきってポーズを決めたくなるあの心理と同じだ。
「ボクは改訂者……この世界を見守る存在さ」
「っ! リ、改訂者……! 貴女が、そうなの⁉」
俺が思わせぶりに名乗ると、みろくちゃんは口元に手を当てて目を見張り、驚いた表情を浮かべる。
いいねぇ、いいリアクションだ。
「妙覚、あいつを知っているのか?」
魔法少女界隈の専門用語や裏事情にはまだ詳しくないであろう久遠くんが、頭の上にハテナを浮かべながらみろくちゃんに尋ねる。
「えっと、彼女はMAHOでも話題になっていて……いわゆる民間――コーポレートでもない違法少女なんです」
あ、俺って今そういう立ち位置の扱いになってるの?
まぁ、MAHOのデータベースに登録されていない非合法な魔法少女なんだから、定義上はイリーガルになるのは間違いないけれど。
ちなみに、民間の警備会社や芸能プロダクション等に所属する魔法少女を指す正式名称はコーポレートだが、一般市民の間では《《民》》間の魔《《法》》少女ということで『民法』と呼ばれていたりする。
対してMAHO所属の正規組はオフィシャルだが、こちらは国家公務員の魔法少女だから『国法』だ。
ファンの間では日常的に「今日の民法がさぁ」「噂の違法が~」なんて会話が飛び交うのだが、カルマレイドという作品を知らない一般人からすれば、ただの法律マニアが専門用語で熱弁しているようにしか見えないのが、個人的にあまりにも面白くて好きなポイントである。
「イリーガルって確か、非合法の犯罪魔法少女……」
魔法少女業界に疎い久遠くんでも、流石にイリーガルという単語の危険性は知っているのか、鋭い警戒の表情でこちらを睨みつけてくる。
そしてさりげなく、みろくちゃんを庇うように一歩前へ出て立ち位置を調整しているのが非常にグッドだ。
素晴らしい主人公的ムーブ。グリ〇ィンドールに5点あげちゃう。
『貴様はア〇カバン行きだな』
だまらっしゃい。
「ふふ、そう警戒しなくてもいい。確かにボクは正規の魔法少女ではないよ」
そもそも少女どころか男なんだが、まぁそれは今は置いておこう。
「だが、君たちの敵ではないつもりだ。今は……ね」
「貴女の目的は何ですか……!」
ゆくゆくは頼れる謎の協力者として、要所要所で一緒に共闘することも視野に入れております。
マキナと出会う前なら、ただの背景モブとして静かに一生を終えるつもりだった。けれど、こうして思いがけず強大な力を手に入れてしまったからには、推したちと一緒に戦ってみたくなるのがオタクの悲しい性というものだ。
とはいえ、出しゃばり過ぎて原作の尊い展開を邪魔しないよう、あくまで要所要所で手伝えたらいいなという所存でございます。
「時が来たら話すよ。それじゃあ、ボクはこれにて失礼させてもらおう」
いくらリライターの姿に変身しているとはいえ、これ以上長い時間、推したちと至近距離で会話を続けていては、限界オタクとしての精神が爆発しかねない。
ここらが引き際だ。
「あ、待っ――」
「そうだ。軍荼利 焔華くんは元気かい?」
みろくちゃんが何かを引き留めようと伸ばした手を遮り、俺は一番気になっていた質問を投げかける。
「――はい、元気に今日も業魔を倒しています」
みろくちゃんは少し拍子抜けしたように、どこか憮然とした様子でそう答えてくれた。
うんうん、その言葉が聞きたかったんだよ。
とりあえず最推しの生存と健勝ぶりが確認できて大満足した俺は、それ以上何も言わず、風のようにその場から立ち去る。
「ん……?」
空間を跳び、現場を離脱する直前。
チラリと、みろくちゃん以外の魔法少女の気配が近くに迫ったような気がしたのだが、追う間もなくすぐにその気配は霧散してしまった。
嫌だなぁ。俺の高性能魔法少女センサーも、ちょっと精度が鈍ってきたのだろうか?
俺は首をかしげながら、影に潜んで我が家へと戻るのだった。
◇
――翌日。
俺は昨夜の出来事などおくびにも出さず、何食わぬ顔をしてモブ生徒として魔学に登校していた。
この学校には寮もあるのだが、俺は自宅が徒歩圏内にあるので普通に自宅通学だ。
やっぱり家から通う方が、何かと自由も効いて都合がいいしね。
……ちなみに余談だが、俺には両親が居ない。
幼少期に事故で死んだとか生き別れたとかではなく、文字通り最初から《《居ない》》のだ。
自我が芽生え、自覚した時にはすでに小学生であり、明星 宵という存在としてこの世に生を受けていた。
手元にあるのは、俺以外に誰も住んでいない一軒家の鍵と、一生かかっても使いきれないような口座に入った大金。
誰が何の目的で俺をこんな歪な状況に置いたのかはさっぱり分からないが、俺はそれをごく《《当たり前》》の前提として受け入れていた。
不気味なことに周囲の人間も、俺に両親が居ないことに何の疑問も持たず、中学や高校の受験などもごく普通に通過することができた。
本来であれば異常――あまりにも異常すぎるホラーのような状況なのだが、俺自身はそれに対して何の違和も恐怖も感じていない。
マキナが俺の精神構造をおかしいと評していたが、ある意味でその指摘は的を射ていると言えよう。
そんな訳で、俺としては寮に入るより自宅から通っていた方が何かとやりやすいのだ。
「宵~、おは~……」
後ろから、あくび混じりのだるそうな声が聞こえてきて振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。
制服の上からダボダボのネイビーのパーカーを羽織り、肩の上で無造作に跳ねたアッシュグレーの短い髪の間から、眠たげなジト目がチラリとこちらを捉える。
長すぎるパーカーの袖から指先だけをちょこんと覗かせ、彼女はめんどくさそうにあくびを噛み殺した。
全身から「一歩たりとも無駄に動きたくない」という省エネオーラを隠そうともしない。
彼女の名前は無界リア。俺の幼馴染である。
見ての通り、非常にダウナーで脱力感あふれる少女だ。
『ちょっと、誰よその女! 我という相棒がありながら!』
幼馴染だって言ってるだろスカタン。
家が近所で、小学生のころから毎日のように遊んでいたという《《記憶》》だけは確かに存在している。
学区の関係で中学こそ別々だったが、高校でこうして再び同じ学校に通うことになったのだ。
「宵~聞いたー? 昨日も業魔が出たんだってぇ? 恐いよねぇ~」
とても恐いというふうには見えない雰囲気で話すリア。
俺の記憶では、昔から彼女はこんな感じで感情の起伏が乏しいのである。
感情が全くないわけではないのだが。
「……まぁ、宵はいつも暇さえあればわざわざ業魔を見に行ってるから知ってるか。どうせ、昨日も行ってたんでしょ」
「業魔じゃなくて魔法少女を見に行ってるんだってば。ちゃんと異界の中には入らないようにしてるし」
嘘である。
本当はリライターになって異界の中でばっちり見てました。
言わないけど。
「ふーん……ま、あんまり無理しないでよね」
「善処するよ」
俺はそう答え、一緒に校舎へと入るのだった。




