プロローグが始まりまして
「こ、この力は……⁉ あなた、魔法少女の力が使えるの⁉」
「分からない。ただ、頭の中に力の使い方が流れてくるんだ。この力を使えば、アイツにもたぶん勝てる……っ!」
蝙蝠型の業魔を前に、黒髪の少年と桃色のロングヘアの少女が切迫した声を交わしている。
彼らこそがこの世界『カルマレイド』のメインキャラ、主人公の久遠実成くんとメインヒロインの妙覚みろくちゃんだ。
俺は現在、念願かなって主人公が覚醒する名シーンを特等席で見届けていた。
久遠くんとの初邂逅以降は彼を避けつつ動向を探り、魔法少女推し活動にいそしみながら徹底的にモブとして過ごしてきたが、ついに運命の時がやってきたのだ。
同じクラスだったので、耐えるのが非常にしんどかった。
ちなみに、俺はいつもの姿ではなく、女体化した改訂者の姿になっている。
基本的に業魔が発生すれば一定範囲内は一般人の立ち入りが禁止されるし、近くで観戦する場合、戦いの余波でケガをする危険性が高い。
リライターの姿であれば、いざという時に対処できるうえ、正体を隠したまま推しを拝めるという完璧な布陣なのだ。
「はぁ、てぇてぇ……てぇてぇなぁ!」
『うるさいぞ魔法少女オタク』
あまりの尊さに口から限界オタク成分が漏れだすと、脳内でマキナが心底嫌そうに文句を垂れてくる。
「いやだって考えてもみろよ。あの久遠くんとみろくちゃんの出会いのシーンだぜ。新人魔法少女のみろくちゃんが業魔相手に苦戦しているところへ、本来はデバイスを持たないはずの久遠くんがなぜか支援魔法を扱えることが判明する激熱イベントだぞ! そしてヒロインと共闘し業魔を打ち倒す! 使い古されたベタな展開ではあるけれど……ベタ、つまり王道だからこそ絶対にハズレがなくて……」
『わかったわかった! 貴様の溢れんばかりの愛については重々分かったからもういいわ! 全く……魔法少女が絡むと途端に早口になるんだから手に負えん』
話がまだ途中だというのに、マキナは聞きたくないとばかりにブルリと震える。
まったく、何度説明しても理解してくれないとは。相変わらず魔法少女への愛が足りん奴だ。
「……む?」
『どうした?』
マキナへの不満を募らせながらも目の前の原作シーンに癒されていると、不意に何かの気配を感じた。
「いや、なんかどっかで魔法少女の気配を感じたような」
『あそこのピンク女ではなくてか?』
「みろくちゃんじゃなくて……別の魔法少女の気配なんだけど……普通の魔法少女ともまたちょっと違うような……? っていうか、ピンク女って言うな。訂正しろ、ぶっ壊すぞ貴様」
『アッス、すんませんっす、勘弁してつかぁさい』
なんだろう。うまく言語化できないが、確かに魔法少女ではあるものの、俺の知っている雰囲気と少し違う。
『だから貴様は魔法少女が絡むと情緒不安定で怖いんだって……。で、気配とやらだが、我は特にそんな気配は感じないが。気のせいではないか?』
「いや、姿は見えないが確実に居る。俺の魔法少女センサーは半径100m以内の魔法少女を高精度で感知するんだよ」
『何それきもちわるっ。え? 人間ってそんなセンサー持ってるのか? 我知らんのだけど』
馬鹿野郎。そんなもん、極まったオタクなら標準装備に決まってるだろうが。
基本的に業魔の出現は予測不可能。
一応、業魔の出現地を予測する異界予報なるものはあるが、それでも確実ではない。
故に、魔法少女もいつどこに現れるかわからない。
なので、魔法少女センサーを常に稼働し、現れたら即座に現場へ急行し、立ち入り禁止エリア外から雄姿を眺めるのだ。
だからこそ、俺は現在の状況に首を傾げた。
原作の展開上の都合といえばそれまでだが、たまたまあの業魔が出たエリアの近くにはみろくちゃん以外がおらず、彼女が単独で戦う羽目になる。
そして、業魔の強さがみろくちゃんを上回るため苦戦し、主人公の力を借りて撃破するのだ。
なので、俺のセンサーが反応する範囲内に別の魔法少女が居るというのは、本来であれば考えられないのだが……。
「GURUOOOOOOOOO!」
「なっ!?」
俺が原作との違いに首をひねっていると、ソレは突然現れた。
全長は3mほど。獅子の頭に人の体、しっぽは蛇というキメラのような業魔。
人型に近くはあるが、人語を解するほどの知能は無く行動原理も獣そのものなのでカテゴリー的には業魔となる。
だが、俺はソレに見覚えがあった。
「あれって中盤以降に出てくる業魔じゃねーか!」
アレは業魔と天魔の中間あたりの強さを持つ敵だ。こんなプロローグで出てきていい敵ではない。
いや、この世界はあくまでゲームに酷似しているだけの現実だから予期せぬイレギュラーもある、と言ってしまえばそれまでだが、少なくとも今の久遠くん達では到底太刀打ちできる相手ではない。
「な、また業魔だって!?」
「私の後ろに隠れて! あいつは私が!」
俺が驚愕している間にも、久遠くん達は突如現れた強敵に対して決死の戦闘態勢を取る。
「ええいくそ、いくぞマキナ!」
『ひゃっはー! 業魔は滅、てするぞー!』
俺が声をかければ、マキナはまるで三下雑魚敵のようなセリフを嬉々として吐く。
一緒に生活している間、暇つぶしにと漫画やネットを与えていたのが、どうやら変な影響を及ぼしてしまったらしい……。
そんな後悔を抱きつつ、俺はリライターの姿のまま久遠くん達の元へと急行した。
「マキナ! 久遠くん達に障壁!」
『任セロリ』
空を駆けながらマキナに命じると、漆黒の刀身が怪しく光り輝き、業魔と久遠くん達の間に禍々しいオーラを放つ黒の障壁が出現した。それは迫り来る業魔の攻撃を完全に弾き返す。
「おい、なんで障壁があんなに禍々しいんだよ」
『あっちの方がカッコいいと思って……』
「……それは分かる」
脳内でそんなアホなやり取りを交わしながら、俺は業魔の前にふわりと降り立った。
「また新しい奴か⁉ いや、魔法少女……?」
「ね、ねぇ。この障壁ってあなたの? 助けてくれてありがとう。――ちょっと禍々しいけど」
久遠くん達を背にして立ったことで、ひとまず俺を味方と認識したのか、彼らは戸惑いながらも声をかけてくる。
至近距離に久遠くんとみろくちゃんが居ることで、限界オタクの血が騒ぎまた気を失いそうになるが、今の俺はただのオタクではなく、リライターなのだ。
切り替えろ。俺は神出鬼没の演者。
全能なる守護者にして、悲劇を打ち砕く改訂者。
カチリ、と。
俺は自らの意識を反転させ、不敵な笑みを浮かべた。
「勘違いしないでくれたまえ。君たちは脚本に必要な人物だから助けたまでだ。こんなところで死んでもらっては困るのだよ」
なんせ君たちは主人公とメインヒロインだからね!
ここで死んじゃったら原作崩壊だからね! ファンとしては絶対守らなきゃいけないんだよ!
みんなとイチャコラしてラスボスを倒す最高の運命が待っているんだから、俺にはそれを観察する義務があるんだ!
「脚本……? どういうことだ!」
久遠くんが鋭く問いかけてくるが、まともに答えるわけにはいかない。答えられるわけがない。
ここが『カルマレイド』というゲームを元にした世界で、君は主人公なんだよ、なんて口が裂けても言えない。
だから俺は、それっぽく誤魔化すべく意味深に笑ってみせた。
なんかこう、雰囲気でいけるやろ!
なんとかなれー!
「久遠実成、妙覚みろく。君たちが出会ったのは偶然ではない。必然だ。運命といっていいだろう。私は君たちが……」
と、そこまで仰々しく語りかけたところで、獅子業魔が痺れを切らしたように甲高い咆哮を上げ、俺に向かって鋭い爪を振り下ろしてきた。
「まだ話している途中だというのに無粋だねぇ。うん、非常に無粋だ。君たち業魔はいつもそうだ。君は(原作ではまだ登場しないはずだから)このプロローグには必要ない。即刻退場願おうか」
そう冷酷に言い放ちながら、俺は業魔の剛腕をあっさりと弾き飛ばし、マキナに脳内で伝達する。
(マキナ、どうせなら派手にぶちかまそう)
『合点承知の助』
マキナが陽気に答えると同時、俺達と業魔の間に、複雑な歯車やからくり時計のような意匠を凝らした魔法陣が幾重にも重なって出現し、けたたましい駆動音を立てて高速回転し始めた。
いいねぇ、分かってるねぇ!
こういう魔法陣がいくつも多層に重なるエフェクトって、あきらかに高火力感があって最高だよね。
『宵、魔法陣に向かってそのまま我をぶっ刺せ』
(了解っと!)
マキナの指示通り、俺は回転する歯車の魔法陣の中心に向かって、真っ黒な大剣を勢いよく突き刺した。
すると、暴風のようなエネルギーが刀身に纏わりついて豪風の渦と化し、そのまま巨大なドリルのように変形して業魔の巨体を容赦なく貫いた。
「飼い主に言っておくんだね。次はもっとマシなエキストラを用意しておくように、と」
断末魔すら上げられず、サラサラと砂のように崩れ去っていく業魔を尻目に、俺は芝居がかった口調でそうつぶやくのだった。




