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山田花子という少女

「こ、これは一体……」


 業魔を倒した際に救助した少女――足元まで伸びる長い黒髪と、まるでフランス人形のように整った美しい外見を持つ彼女は、漆黒のゴシックドレスに身を包んだまま、自身の姿に困惑していた。

 なぜ彼女がそんな服を着ているのかといえば、救助した際になぜか全裸だったため、さっちゃんにSOSを出して持ってきてもらったからである。


「アタシの予備の服よ。ちょっと大きめだけど、全裸よりはマシでしょ」


 さっちゃんは腰に両手を当てながら、フンと誇らしげに鼻を鳴らす。


「いや、本当に助かったよ。あのまま放置していたら、間違いなく俺が変質者として社会的に抹殺されるところだったから」


 現在、俺たちはそれぞれの変身を解き、俺の自宅に集まっていた。

 さすがにあの場所にいつまでもとどまるわけにはいかなかったからだ。

 こういう時、両親が不在の一人暮らしというのは身軽で大いに助かる。


 変身を解除して男の姿に戻った俺を見て、花子ちゃんは最初は驚いたものだが、こういうものなんだと適当に説明したら、あっさりと納得してくれた。

 ふっ、ちょろくて助かったぜ。


「まったく、肝を冷やしたわよ。宵が『緊急事態だ』って言うから慌てて駆けつけたら、全裸の女の子と一緒にいるんだもの。危うくグランで頭をかち割るところだったわ」

「その節は本当にご迷惑をおかけしました……」


 あの時、駆けつけてきたさっちゃんの慌てぶりと殺気はすさまじかった。俺を見る目が完全に性犯罪者を見るそれだったからね。

 

「まぁ、無事だったからいいけどさ。そ、それにしても、こんな風に私たちを家に連れ込んでよかったの? その、ご両親とか……怒ったりしない?」


 さっちゃんは顔をうっすらと赤らめながら、落ち着かない様子で部屋を見回す。

 ……よく考えたら、一人暮らしの男子高校生の部屋に中学生の女子と、身元不明の少女を連れ込んでいる状況って、客観的に見たらかなりヤバいのでは?

 いや、深く考えるのはやめておこう。これは不可抗力の結果だ、うん。


「あぁ、それなら問題ないよ。両親は居ないし、ずっと1人暮らしだからさ」

「えっ……あ、ご、ごめん……」


 俺の軽い返事を聞いて何かを勘違いしたのか、さっちゃんは申し訳なさそうにサっと顔を青ざめさせる。

 俺は慌てて、彼女を安心させるようにふっと軽く笑ってみせた。


「気にしないでいいよ。それよりもだ、一番肝心なこの子の話をしよう」


 俺は気まずくなった空気を無理やり切り替えるように、いまだに自分の名前以外は曖昧な様子の花子ちゃんに向き直る。


「君のことを少し教えてもらえるかい? お家はどこにあるか覚えている? どうしてあんな危険な場所に1人きりでいたんだ?」


 俺の問いかけに、花子ちゃんは不安そうに眉を寄せた。


「えっ……と、それが、よく分からないの。気づいたらあの場所にいて……自分の名前以外、何も思い出せないの」

「ねぇ、これって……記憶喪失ってやつ?」


 さっちゃんの呟きを聞きながら、俺は腕を組んで思案する。


「もしかしたら、あの業魔に襲われたショックで一時的に脳に障害でも起きているのかもしれないな。このまま身元も分からないままにしておくわけにもいかないし、やっぱり一度警察に――」


 俺がそう言いかけた瞬間、花子ちゃんは青ざめた顔でブルブルと首を振り、俺の袖を必死に引っ張ってきた。


「警察はダメ……! 絶対に行きたくない!」

「えぇ……?」


 あまりにも切羽詰まった、怯えるような様子に俺は思わず言葉を失う。

 記憶はないのに「警察だけは絶対に嫌だ」と言い張るのは、どう考えても厄介事の匂いしかしない。

 例えば、どこかの怪しい秘密組織から脱走してきた実験体とか、実は権力闘争に巻き込まれたどこぞの深窓のご令嬢とか……。

 なんてな、フィクションじゃあるまいし――いや、魔法少女やディザイアが存在するこの世界自体がすでにフィクションの具現化みたいなものだったわ。


「そう言われても、君の家族や関係者が心配して探しているかもしれないし……」

「やだ……! 帰りたくない、警察の人にも会いたくないの……!」


 俺がなだめるように説得しようとしても、彼女は過剰なまでに拒絶反応を示すばかりだ。


「うーんんんん……困ったな……!」


 俺は再び腕を組んで唸り声をあげる。


「ねぇ、どうしても嫌なら……アタシが引き取ってあげようか?」

「いや、さっちゃんにはちゃんとご両親がいるだろう? いきなり身元不明の女の子連れて帰って、どう言い訳するつもりだ」


 普通の倫理観があれば、身元不明の少女を自宅にしれっと連れ込むなんて真似はできない。下手すれば親経由で児童相談所か警察沙汰になるのは確実だ。

 その現実に気づいたのか、さっちゃんも「うっ……」と言葉を詰まらせて黙り込んでしまった。


 本音を言えば、俺だってさっさと警察に保護してもらうのが一番安全だと分かっている。

 だが、これだけ拒絶している子を無理やり突き放すのも、どうにも良心が咎めるというものだ。


『ならば、ここに住まわせればよいのではないか?』


 と、ここまでずっと沈黙を保っていたマキナが、唐突に脳内ではなく音声として部屋に響く声で割り込んできた。

 突然武器から声が聞こえてきたものだから、花子ちゃんは目を丸くしてびくりと肩を跳ね上げる。


「それ、喋るの?」

「あ、ああ……その、ちょっと特殊なAIが組み込まれていてね。最近の技術ってすごいでしょ?」

「えーあい……」


 俺の苦し紛れの弁明に対し、花子ちゃんは釈然としない顔をしながらも、とりあえず納得したようにこくりと頷いた。


「で、マキナ。どういう風の吹き回しだ」

『文字通りだ。ここに匿ってやればいい。幸い、貴様はこの家で優雅に一人暮らしをしている。余っている部屋の一つや二つあるだろう』


 理屈としては確かにその通りだが……。

 俺が渋っていると、今度はすかさずマキナの冷徹な声が脳内に直接滑り込んできた。


『それに、私としてもいくつか気になる点がある。この少女の素性や、背後にいる組織の有無などについてな。警察より先に、私がネットの裏社会から公的機関のデータベースまでハッキングして調べておいてやろう』


 おいおい、サラッと恐ろしいことを口走るな。


『安心しろ、痕跡は一切残さん。警察署だろうがアメリカ国防総省(ペンタゴン)の機密サーバーだろうが、我にかかれば侵入など朝飯前だ』


 どこか得意げなドヤ顔が脳裏に浮かぶような声色で言い放つ相棒に、俺は心の中で深くため息をつく。

 頼むから世界を敵に回すような犯罪だけは起こさないでくれよ?


『とにかく、奴の身元や捜索願が出ているかどうかを我が裏で調査し終えるまでの間、ここに置いて様子を見るのが得策だ』


 うーん、褒められた選択肢ではないが――花子ちゃんが頑なに警察へ行くのを拒んでいる以上、現時点ではそれ以外の解決策が思いつかないのも事実だった。


「はあ……わかったよ。自分の記憶を取り戻すか、あるいは君を探している安全な手がかりが見つかるまでの間は、この部屋に居てもいい」

「本当……? ここにいていいの……?」


 俺の許可が出た瞬間、花子ちゃんはパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに小さく両手を合わせる。

 ――なんでこの子はこんなにも俺に懐いているんだろうか?

 もしかして、あの業魔から救助されたことで、吊り橋効果的な刷り込みでも発動しているのだろうか。


「ちょっ、ちょっと待ってよ! いくら何でも、こんな女の子といきなり同居するなんて!」


 俺と花子ちゃんのやり取りをハラハラしながら聞いていたさっちゃんが、たまらず間に割って入ってくる。

 まったくその通りです。


「じゃあ、それならアタシも今日からここに引っ越して一緒に暮らすわ!」

「いや、それは絶対ダメでしょ。 君にはちゃんと帰るべき家があるだろ」


 そんな真似をしたら、翌日にはさっちゃんの親御さんから通報されて俺が連行されてしまう。

 さっちゃん自身は家庭環境に思うところがあって家から離れたいのかもしれないが、高校生男子の部屋に中学生の女子が居座るのを公認するわけにはいかない。


「じゃ、じゃあ、遊びに来る!」


 うーん、まあ、それくらいなら?

 高校生男子の自宅に女子中学生が入り浸るという図も大概どうなんだというツッコミが入りそうだが、そもそも両親が不在なのに大金を持って一人暮らしをしている高校生が存在していて気にされない時点で、この世界の常識はすでにだいぶバグっているのだ。それを今さら気にするのは野暮というものだろう(超楽観的思考)。


「うーーーーーん……まあ、それなら別に構わないけどさ」


 散々頭を悩ませた末に、俺は折れるようにしてその条件を呑む。


「ほんと⁉ やった、決まりね!」


 さっちゃんはパッと表情を明るくさせ、勝ち誇ったような、それでいてどこか嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 なんだろう、この自宅、少女を惹きつける謎のフェロモンでも垂れ流しているのだろうか。


「えっと……じゃあ、結局のところ、私はここにいてもいいの……かな?」


 なおも不安そうに大きな瞳をパチクリさせながら見上げてくる花子ちゃんに、俺はふっと肩の力を抜いて優しく微笑みかける。


「あぁ、もちろんいいとも。安心してここにいなよ」


 そして、俺は改めて彼女に向かって手を差し出す。


「改めて、俺は明星 宵(みょうじょう よい)」

「アタシは滅城《めぎ》 サリエよ。よろしくね、花子」


 俺とさっちゃんがそれぞれの名前を告げると、花子ちゃんは緊張が解けたように柔らかく微笑み、嬉しそうに頷いた。


「うん、よろしくね、宵お兄ちゃん、サリエお姉ちゃん!」


 こうして、謎の少女・山田花子を迎えた奇妙な共同生活が、幕を開けるのだった。

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