同居、そして訓練
「一粒万倍、マンバイマン! 覚悟しろ、スッカラカン!」
「かーきくーけこー! 人間どもの財布をすっからかんにしてやるぜぇ!」
花子ちゃんと同居を始めてから数日が経った、ある日曜日の朝――。
リビングルームのテレビ画面では、子供向けの人気アニメ『マンバイマン』が放送されており、花子ちゃんはそれを夢中で見入っていた。
ラッキー能力を駆使して人々を救うヒーローが、人々の財布を狙う悪役――スッカラカンと毎回対峙するという、実にシンプルで王道な勧善懲悪ものである。
彼女は可愛らしいクッションをぎゅっと抱きしめながら、少しぽかんと開いた口をそのままに画面を凝視している。
今でこそすっかりテレビのある生活にも馴染んできたが、ここに連れてきた当初はそれはもう大変だった。
箱の中で人間が小さく動いているのを見て目を丸くし、蛇口をひねれば勝手にお湯が出てくるのには驚き、まるで大昔の時代からタイムスリップしてきたかのような反応を見せるのだった。
その一方で、なぜかおばあちゃんの知恵袋的な生活の知恵はやたらと豊富で、コップを割ってしまった時には「食パンで拭くと細かい破片まで綺麗に取れるよ」、靴下のニオイが気になる時には「10円玉を入れておくと消臭できるんだよ」などと、妙に渋い知識を次々と披露してくれた。
あまりにも浮世離れした世間知らずな一面があるかと思えば、妙に生活力のある部分が混ざっているため、本当にどこかの物騒な組織の地下施設で世間を知らずに育てられた実験体なのでは……という疑念がどうしても拭えない。
「で、マキナ。何か見つかったのか?」
『いや、まだだ。ネットの裏社会から行方不明者リストまで、広範囲にしらみつぶしに網を広げているのだが、一向にデータが見つからん』
と、あのマキナの能力をもってしても素性が一切判明しないとなると、余計に彼女の正体に対する怪しさが際立ってしまう。
とはいえ、だからといって怪しいからと放り出すのも罪悪感があるし、今のところ実害どころか無害な少女としてアニメに夢中になっているのだから、油断はしない程度に保護しておけばいいだろう。
……まぁ、時折「やはり、人間という生き物は愚か……」などと、どこか不穏な独り言が聞こえてくることもあるが、きっと年頃特有の背伸びしたい時期なのだろう、うん。そう思っておこう。
「ふんふん、ふーん……♪」
アニメの楽しげなエンディングテーマが流れると、花子ちゃんはご機嫌に体を小さく揺らしながら、マンバイマンの主題歌を鼻歌で口ずさんでいる。
――できることなら、あまり疑いたくはないんだけどね。
やがてアニメが終わり、俺たちは揃って簡単な朝食をとることにする。
これまでは男の一人暮らしだったので適当な総菜や冷凍食品で済ませていたが、今は育ち盛りの女の子が居るのだから、それなりに栄養バランスを考えた食事を作らなければならない。
一応、前世でも自炊の経験はあるので料理の腕はそれなりにある方だ。
もっとも、メニュー自体はベーコンと焼いた目玉焼きに、インスタントの味噌汁、千切りキャベツといったTHE・男の一人暮らしなありきたりなものだが、花子ちゃんはそれを「いただきます」と両手を合わせて嬉しそうに口に運んでいる。
なんというか、その一生懸命な姿は小動物のようで実に微笑ましくて可愛らしい。
前世では一人っ子だったが、もし自分にこんな妹がいたら、きっとこんな感じだったろうな。
「あの、お兄ちゃん」
朝食を食べ終えると、花子ちゃんはふと気になったように首を傾げて話しかけてくる。
「お兄ちゃんは男の人なのに、どうして魔法少女みたいな力で戦えるの?」
――おっと、いつかはこの質問が来るだろうとは思っていたが、ついにその時がやってきたか。
「あー、それはね。男のままの身体では魔力の出力に限界があって直接使えないから、マキナの特殊な力を借りて一時的にその……少女の姿になってるのさ。男のままで使えるのは、それこそ《《選ばれた人間》》だけさ」
俺は、あくまで例外なのは原作主人公である久遠くん一人だけなのだと、それとなく暗に強調しておく。
「へぇ……じゃあ、マキナってすごいんだね」
『ふははは、当然だ! もっと崇め奉ってもよいのだぞ、人間の小娘よ! このクソバカマスターは日頃から我の偉大さを全く理解せず、雑に扱ってばかりなのだからな!』
いざ褒められると、ここぞとばかりに調子に乗り始める相棒に向かって、俺は心の中で冷ややかな視線を送る。
頼りにはしているが、だからといって崇める理由には微塵もならないんだよなぁ。
どう考えてもその正体はロクでもないものだろうし、厄ネタの匂いしかしない。
まあ、便利で役立つからこうして利用しているだけなのだが。
「マキナって、すごく高性能なAIなんだね。本当に自分の意思を持っているみたいにスムーズに喋るし……最近のアーケインデバイスって、みんなこうなの?」
……ああっ、そういえば同居を始めた初期の頃に、マキナの正体をごまかすために「最新型のAIが搭載された特殊なデバイスなんだよ」と説明してしまったんだった。
『アーケインデバイスだと……? ふん、この私をあんなのと一緒にするな。我はでぃざぐぇっ⁉』
うっかり自分がディザイアであるという不都合な真実を口走りかけたので、俺は慌ててマキナを地面に叩きつけて黙らせる。
ディザイアという存在そのものがこの原作には本来存在しない以上、その秘密はできるだけ隠しておきたいところなのだ。
花子ちゃんがペラペラ喋るとは思えないが、どこで誰の耳に入るか分かったものではないからな。
『何をする!」』
「何をするじゃないだろ、お前はれっきとした『最新式のアーケインデバイス』なんだよ。いいな?」
猛抗議してくるマキナに対し、俺が有無を言わせぬプレッシャーを込めると、マキナは「ぐぬぬ……」と悔しそうに唸りつつも渋々沈黙した。
どうやら、うっかり正体をバラさないようにと以前から言い含めていた約束を思い出したらしい。
こいつ自身、他のアーケインデバイスを嫌っている節があるから心配なんだよな。
「お兄ちゃん?」
「い、いや何でもないよ! こいつは特注のプロトタイプで、俺は動作テストを任されてるテスターなんだよ。どういう挙動を示すか日々のデータを取らなきゃいけないお仕事でさ」
きょとんとした顔でこちらを見つめる花子ちゃんに対し、俺は苦し紛れの笑顔を作りながらそう説明する。
我ながらその場しのぎの苦しい言い訳だとは思うが――。
「ふーん……。じゃあ、なんでお兄ちゃんは、アーケインデバイスの使用免許試験の勉強なんかしてるの?」
――あッ……!
しまったぁぁぁ!
行き当たりばったりでその場のノリで誤魔化し続けたツケが、最悪のタイミングで返ってきてしまった!
『その場しのぎで適当な嘘ばかり吐くから、こうして墓穴を掘るのだ』
適当になんかしてない!
常に高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に状況に適応しているだけだ!
『……それを世間一般では適当と呼ぶのではないか?』
うるさいなぁ、正論という名の暴力は時に人を深く傷つけるということを学習した方がいいぞ。
「お兄ちゃん……?」
「あ、えーと、そ、そう! これはあくまで極秘のテストだからね! ちゃんと正規の資格免許を持っていないと、いざという時に法的に引っかかっちゃうんだよ!」
うむ、我ながら完璧な言い訳だ。
「……そっか。お兄ちゃんって、すごく勉強熱心なんだねぇ」
花子ちゃんは少しだけ首をかしげながらも、納得したようにこくりと大きく頷いてくれた。
ふいーーっ……あぶねぇ……!
さすがは俺、こんな想定外の不意打ちのピンチにも華麗に回避してみせたぜ。
額をそっと袖で拭いながら安堵していると、タイミングを見計らったかのように、玄関のインターホンが軽快な音を鳴らした。
「きたわよ!」
もはやこちらの返事を待つこともせず、玄関の鍵を開けて勝手知ったるなんとやらで、トレードマークのゴスロリ衣装に身を包んださっちゃんがリビングへとずんずん入ってくる。
頻繁に遊びに来るようになるとは聞いていたが、まさかここまで有言実行で入り浸るようになるとは思わなかった。
「いらっしゃい、さっちゃん」
家の主人がお出迎えるするよりも早くリビングまで直行してくる図太さには少し物申したいところだが、もうすっかりこの流れが日常茶飯事になりつつあるので、まあ許容範囲内だろう。
「それじゃ、そろそろ準備して出かけようか」
「了解、いつでもOKよ」
朝食の食器をサッと片付け、淹れたての麦茶を飲み干して一息つくと、俺はソファから立ち上がる。
今日の最大の目的はもちろん、数日後に迫った実戦の試験に向けた実践的な訓練だ。
さすがに住宅街のど真ん中や自宅の狭いリビングで魔法やデバイスの試運転をするわけにはいかないので、少し離れた人気のない河川敷の広場や、市外の訓練用オープンフィールドへ移動して汗を流すつもりである。
もちろん、マキナを使えば楽勝なのだろうが、今回の試験はあくまで自分の実力だけで合格することに意味がある。
だからこそ、今のうちにマキナの補助なしでの立ち回りに慣れておきたいという狙いがあった。
当然、そんな模擬戦に付き合ってくれる練習相手が必要になるわけで、その事情をすべて把握してくれているさっちゃんに頼みで、訓練の相手をしてもらうというわけだ。
中学生の女の子を連れ出して戦闘訓練の相手をさせるというのは倫理的にどうなんだというツッコミが飛んできそうだが、ほかならぬさっちゃん自身が「宵の試験合格の力になりたいの」と目を輝かせて志願してくれたのだから、その好意はありがたく受け取ることにした。
「お兄ちゃん、あのね……私も、一緒に連れて行ってほしいな。お外でのお出かけ、してみたいの」
食器を片付けていた俺の背中に、トコトコと歩み寄ってきた花子ちゃんが、服の裾をキュッとつまみながら上目遣いでそうおねだりしてくる。
訓練場所はそれなりに物騒なエリアの近くでもあるし、正直あまり連れ回したくはないのだが……。
「うーん、戦いの見学なんて、あんまり面白いものじゃないぞ?」
「ううん、それでもいいの。ずっとお部屋に閉じこもってテレビばかり見てるのも退屈だし、お兄ちゃんたちがカッコいいところ、近くでちゃんと見たいの」
大きな瞳をぱちくりとさせながら真剣にお願いされてしまうと、つい甘やかしてしまいたくなるのが人間の性というものだ。
「まぁ……一人でお留守番をさせるよりは、目の届くところに連れていた方が安心か」
俺がそう考えて彼女の同行を許可すると、花子ちゃんは「やったぁ!」と子供らしい満面の笑みをパァッと咲かせた。
「じゃあ、今日のところは3人で仲良くお出かけするとしようか。ほら、置いていかれないように準備を済ませてこいよ」
「うん! すぐ準備するね!」
花子ちゃんは小走りで自分の部屋へと戻り、いそいそと上着や帽子を身にまとう。
こうして、俺たち3人は、賑やかに戸締まりを済ませると、晴れやかな青空の下へと繰り出していくのだった。




