違法デート
「でね、このフリル部分が――、ここのリボンの――!」
俺は今、さっちゃんと共に彼女の行きつけの店であるゴスロリ専門のセレクトショップにやってきていた。
さっちゃんは、共通の趣味……というか、熱く語れる相手ができて嬉しいのか、先ほどからイキイキとした表情でゴスロリ衣装の魅力について熱弁を振るっている。
『魔法少女を語っている時のお前と同じ顔をしているな。もっとも、サリエの方がお前よりもだいぶ可愛らしいがな』
「まぁ、さっちゃんは美少女だしな」
マキナの皮肉混じりの言葉に俺がそう答えると、『そういうことではないんだがな……』と、なぜか呆れたように小さく呟くマキナ。
まったく、相変わらずよく分からない奴だ。
「ちょっと、聞いてるの?」
「あぁ、聞いてるよ。和食派だから今まで食べた食パンの枚数は3枚なんだっけ?」
「何の話よ⁉」
ムキーッと両手を握りしめて地団太を踏むさっちゃんに、俺は思わず吹き出す。
「ごめんごめん、冗談だって。ちゃんと聞いてるよ。あ、いたっ、いたたたっ! やめて、グランで叩かないで、マジで痛い!」
話を聞いていなかった罰だと言わばかりに、ピコピコハンマー形態のグランでポコポコと頭を叩かれる。
おもちゃの見た目をしているくせに、ビシビシと響くしっかりめの痛さだ。
『自業自得だろうが、馬鹿が』
助けを求める俺に対し、マキナは冷めた声でさっさと突き放す。
まったく、マスターが理不尽な暴力を受けているというのに何て冷血な奴だ。親の顔が見てみたいぜ!
「次ふざけたら、《《こう》》だからね?」
「き、肝に銘じます……」
さっちゃんがグランで叩き割るようなジェスチャーを見せたので、俺は冷や汗を流しながら真面目に頷いた。
「そ、それで、お目当ての新作衣装とやらは見つけたの?」
「あ、それならあっちに……」
フゥフゥと息を荒くしていたさっちゃんは、俺の問いかけにハッと気を取り直すと、気を取り直して目的のコーナーへと目線を向ける。
そこには新作入荷と札の掲げられた一角があり、漆黒のレースや繊細なチュールがふんだんに使われた様々なゴスロリ衣装が美しくディスプレイされていた。
……さっちゃんには申し訳ないが、俺の目にはどれも同じにしか映らない。だが、その界隈に身を置く人間には、違いがはっきりと分かるのだろう。
彼女のためにも、いつか俺もこちらの世界の造詣を深く学ばなくてはならないかもしれない。
でないと、せっかく熱心に語ってくれた彼女に申し訳が立たないからな。
『驚いたな、お前にもそんな殊勝な心が備わっていたとは』
あるわボケ。俺を何だと思っているんだ。
『……人間の心がない狂信者?』
よーし、その喧嘩、喜んで買ってやる。
「げっ」
俺とマキナで一触即発の戦争が勃発しかけたその時、少し離れたところからさっちゃんの困惑した声が聞こえてきて、俺たちは戦争を中断する。
「どうした、さっちゃん」
彼女の背中へと近寄り、視線の先を覗き込む。そこには、お目当ての新作衣装の値札が下がっていた。さっちゃんは、その数字を見て見事に固まっている。
「そ、それが……アタシの思っていた予算よりも、ちょっとだけ高くて……」
ゴスロリ衣装の相場自体は詳しくないが、値札を確認すれば確かに高校生や中学生のお小遣いとしては、やや背伸びをした価格設定であることが伺える。
アルバイトも認められていない中学生の身であれば、この出費は確かに痛いどころの騒ぎではないだろう。
――ていうか、よく考えたら。
さっちゃんは中学生で、俺は高校生だ。
しかも、俺の中身は前世の記憶もあるわけで、年齢差はさらに広がる。
これは……ひょっとしなくても、現代社会においてはいわゆる事案――違法デートではなかろうか?
い、いや、待て!
まだセーフだ! 見た目は健全な交流の範疇だ! 問題ない、セーフ!
「宵? どうかしたの、そんなに難しい顔をして」
「あ、い、いや、何でもないよ!」
危うい思考の沼にハマりかけていたところを、さっちゃんの不思議そうな声で現実へと引き戻される。
「それよりもさ、もしよかったら……これ、俺が買ってあげようか?」
財布の中身には余裕がある(なぜか大量の金が口座に入っている)ので、これくらいの買い物は何ともない。
「えぇ⁉ い、いや、それは駄目よ! こういう服は、自分でお金を貯めて、お迎えするからこそ意味があるの!」
俺の唐突な提案に対し、さっちゃんは顔を真っ赤にして激しく首を横に振る。
中学生なのに、自分のポリシーをしっかり持っているあたり、実にえらい。
俺が中学生の頃なんて、ゲームの課金欲に負けて親に泣きついていた記憶しか無いぞ。
――こんなに良い子なのに、ディザイアのせいであんなに荒れてたと考えると、やはりディザイアはいつかぶっ壊した方がいいんじゃないかと実感する。
『お、おい、今また物騒なこと考えなかったか?』
俺の纏う不穏な空気を敏感に察知したのか、グランが小声で恐る恐る尋ねてくる。
「……いやぁ、別にぃ? 気のせいだろぉ?」
『ヒエッ』
俺が敵意のない笑みを浮かべて否定すると、グランはまるで化け物でも目撃したかのような情けない悲鳴を上げる。
まったく、化け物じみでるのはお前らだろうに。
「まぁ、グランのことは一旦無視するとして、さっちゃんがそこまで言うなら無理強いはしないでおくよ」
「うん、さすがに買ってもらうわけにはいかないし……気遣いは嬉しい、ありがとう」
とはいえ、せっかくこうして一緒にショップに足を運んだのだから、何か記念になる手頃なものをプレゼントしたい気分ではある。
店内のディスプレイに目を走らせると、アンティーク調のガラスケースの中に飾られた、鮮やかな青いバラをあしらった上品な髪飾りを見つける。
さっちゃんのトレードマークである鮮やかな赤髪に、深い青色のアクセントは映えるはずだ。
それに、青いバラというモチーフも何となくゴスロリの雰囲気にマッチしている(ド偏見)。
お値段も無理のない範囲で、プレゼントにはちょうどいい塩梅だった。
「じゃあ、この髪飾りはどう? これならお値段も手頃だし、ゴスロリについて教えてくれたお礼ってことでさ」
「え……そんな、そこまで気を遣わなくてもいいのに」
「俺が個人的にプレゼントしたいんだよ。もし迷惑じゃなければ、受け取ってほしい」
「……迷惑なんてこと、ないわよ。……ありがと」
俺の真っ直ぐな言葉に、さっちゃんは恥ずかしそうに頬を染め、小さくこくんと頷いた。
その後、無事にその髪飾りを購入した俺たちは、並びにある落ち着いた雰囲気の喫茶店へと移動し、窓際の席に腰を下ろして軽くお茶をすることにした。
注文したブレンドティーが運ばれてきたところで、俺は直近の悩みの種である現状――アーケインデバイスの使用免許試験の件について軽く共有しておくことにする。
「アーケインデバイスの使用免許、かぁ。でも、宵はほら……アレがあるから大丈夫なんじゃないの?」
紅茶のカップに口をつけながら、さっちゃんが周囲に聞こえない程度の小さな声でそう尋ねてくる。
店内には他の客もいるため、ディザイアやリライターといった具体的なワードは避けているようだ。
「まぁ、実戦経験自体はあるから何とかなると思うんだけどさ、問題は筆記試験なんだよ。とにかくひっかけ問題が多くて厄介でさぁ。あれを作った人間は、絶対に性格が悪いよ」
「あはは、まぁ、世の中の資格試験って大体意地悪なものだって聞くし、そんなものなんじゃない?」
事故やパニックを防ぐためのルールなのは頭では理解できるが、それにしても絶妙に引っかかりやすい文章の作りをしているあたり、やはり納得がいかない。
「――でも、アタシも応援してるから。試験で合格できるように頑張ってね」
「うん、ありがとう。……マキナ抜きでどこまでやれるか不安だけど、とりあえずやれるところまでは自力で突っ走ってみるよ」
相棒であるマキナの助けを借りず、純粋な自分の知識だけでどこまで合格点に届くか少しばかり心配ではあるが、きっとなんとかなるだろう。
さっちゃんと他愛のない雑談を交わしながら、俺はのんびりとそう楽観的に構えるのであった。




