アーケインデバイス免許
レクリエーション合宿から1ヶ月。
あれから、業魔もディザイアも、これといった大きなアクションを起こしてくることはなかった。
業魔の生態であればこれまでの知識やゲームのデータからなんとなく予測がつくが、イレギュラーであるディザイアの存在については、俺の知る原作知識が全く通用しない。
そもそも現在すでに所有者がいるのか、それともまだ見ぬ世界のどこかで息を潜めているのかすら判断がつかない状態だ。
そんな俺の内心の葛藤や警戒をよそに、学園を取り巻く状況は、急速な激変へと突入しようとしていた。
「――アーケインデバイスを一般生徒へ貸与することが決まった」
「えぇっ⁉」
平穏なはずのホームルームの最中、担任の智慧先生から淡々と告げられたその伝達事項に、普段は徹底してモブに徹している俺でさえ、思わず席から転げ落ちそうになるほど大きな声を上げてしまった。
『モブ……一体誰が……?』
俺だよ! 見ろ、この完全無欠のモブオーラを!
『回答は差し控えていただきます』
相変わらず脳内で冷たくあしらってくる相棒に心の中で軽く舌打ちしつつ、俺は慌てて先生の言葉へと意識を切り替える。
教壇に立つ智慧先生は、どこか疲労の色が滲む顔で静まり返ったクラスメイトたちを見回した。
「あぁ、驚くのも無理はない。しかし、数ヶ月前の大規模異界化、そして今回の合宿で発生した予報外の異界ダンジョン化……MAHOとしてもこの事態を重く見ており、生徒の安全確保と自衛戦力の拡大の観点から、アーケインデバイスの貸与へと踏み切ることになった」
この学校は、超常脅威対策機構――通称『MAHO』と極めて密接な関係にある。
東西に一つずつ存在する指定校の卒業生の大半は、そのままMAHOの正規職員や戦闘員へと就職していく。いわば、未来の防衛の要を育てるための特別機関だ。
だからこそ、今回の決定は「学生自身に自衛の手段を持たせる」という重大な意味を持っていた。
クラスの端に目をやれば、久遠くんやみろくちゃんたち、MAHOの事情に通じているはずのメンバーも、あらかじめ知らされていなかったのか、一様に驚きの表情を浮かべていた。
――そういえば、合宿以降、彼らは以前にも増してボロボロになるまで訓練を重ね、心なしかやつれているようにも見える。
業魔との戦いで苦戦している様子はないのに、なぜそこまで自分を追い詰めているのか。
以前それとなく尋ねた時は「心配ないから」とはぐらかされてしまったが、何かが起きているのは確実だった。
「元々、非常時の防衛策として国家規模で構想はあったものの、安全性の懸念から途中で凍結されていた計画があった。今回の件を受け、その凍結を解除し、前倒しで導入を進めることとなったんだ」
アーケインデバイスは、本来は魔力適性の高い少女、すなわち魔法少女しか本来の性能を引き出せないはずの専用兵器だ。
一応、男性であっても、あらかじめ魔法がセットされた簡易型のデバイスであれば行使可能であり、久遠くんが持っているのもそのタイプだったはずだ。
しかし、そのデバイス技術はMAHOの専売特許であり、国家機密の塊である。
いくらこの学校がMAHOの指定校とはいえ、一般の学生にまでそれを配るなど、これまでの常識ではあり得ない。
……くそっ、これも俺が原作の軌道から外れた行動を取っちまったせいか。
元より、自分の介入によって原作通りの未来が崩壊する覚悟はしていた。
だが、こうして現実で想定外の狂いが生じるのを見るたびに、胃のあたりが重く締め付けられるような感覚に襲われる。
何とか必死に吐血しそうになるのを喉の奥へと押し戻して事なきを得たが。
「ちょっと待ってください! それじゃあ、男でも……俺たちみたいな一般の生徒でも、魔法が使えるようになるってことですか!?」
別の男子生徒が、興奮と期待に満ちた目を爛々と輝かせながら大声を上げる。
これまで一部の選ばれた少女だけの特権だった《《魔法》》の力が、自分たちの手に届くかもしれないと聞けば、年頃の男子が色めき立つのも無理はなかった。
「半分正解で、半分は違う」
沸き立つ喧噪を制するように、智慧先生は低い声でピシャリと言い放った。
「確かに、アーケインデバイスの生徒への貸与は許可される。だが、勘違いするな。アーケインデバイスは夢を叶えるための玩具ではない。《《れっきとした武器であり、一歩間違えれば凶器》》だ。無条件でバラ撒くわけにはいかない」
それは当然の理だった。
一介の学生に強力な超常兵器を無検査で渡せば、裏社会への流出や、力を得た人間の暴走による大混乱が起きることは火を見るより明らかだ。
MAHOとて、そんな不確定なリスクを好んで犯すはずがない。
ではなぜ今、そんな危険を冒すのか――答えは一つしかなかった。
度重なる予報外の異界化、そしてディザイアや四天魔といった《《予想を超える脅威》》の出現により、もはやプロの魔法少女だけでは日本全土の治安と人命を守りきれなくなっているのだ。
つまり今回の決定は、この学校をテストケースとした国家レベルの切実な実験に他ならなかった。
「なので、デバイスの貸与を希望する者には、厳正な使用許可試験を受けてもらう。内容は――筆記、適性実技、そして面接だ」
「それを受かれば、全員もらえるんですか?」
「ああ。ただし、自由に使えるなどと甘い幻想を抱かないことだ。厳格な制約やペナルティも課される。そもそも、単なる興味本位や不純な動機でデバイスを手に入れようとする輩は、面接の時点で容赦なく落とされる。MAHOがこの決断を下したのは、あくまで《《自衛のための最低限の盾》》を国民に持たせるためだ。その重みをしっかりと肝に銘じてもらいたい」
先生の真剣な眼差しから、今回の決定がどれほど差し迫った状況下での苦渋の決断であるかが痛いほど伝わってくる。
もっとも、人格面に重大な問題さえなければ、戦力確保のために極端な超難関にせず受け入れる方針のようだが、それでも学生にとっては十分に高いハードルだった。
「もちろん、強制ではない。受けるも受けないも個人の自由だ」
ふむ……。
とりあえず、試験自体は受けておくべきか。
俺の隣にはすでにマキナがいるため、個人的にデバイスが喉から手が出るほど欲しいわけではない。
だが、今後どこかで裏の手段として使えるかもしれないし、持っておいて損はないはずだ。
――この状況の変化が、今後の物語の歯車をどう狂わせていくのか。
不安と期待の入り混じった胸騒ぎを覚えながら、俺は静かに息を吐くのだった。




